第15話 英雄ウォンルン


迫り来る白刃に、咄嗟にルンが私の身体を放り投げて棍でそれを受け止める……!


「ぎゃあぁっ!?私に当たったらどうするつもりだったのよ!」

その白刃の主を怒鳴り付けるが……相変わらず聞いちゃいない。


その上、ぶつかり合う2人が壊した壁や地板ゆかの破片がこっちに……っ!


思わず目を閉じれば。


「セナ!無事か!」

聞きなれた声と共にハッとして目を明ける。


「ルー!」

そこには双剣の片割れで破片を防いでくれたルーの姿があった。


「もう大丈夫だ。あっちはグイに……」

「いやいや、違うのよ!あの……ルンは……っ」

「ルン……?」

ルーの反応は、単にその名を反芻しただけではない気がした。ひどく……驚いている?


「そこまでだ!」

その時、私の首元に短刀が突き付けられる。


「離れなさい。そして剣を置いてもらおうかしら」

こ……皇太后め……!しかも元女官長までニヤニヤしてその隣に……っ!?

いつの間に……。いやこんなにドンパチやってたらさすがに来るかしら!?


「こんのババア……っ」

ルーの呟きには同意以外の何もない。


「生意気な口を……!この娘がどうなってもいいのかい?」

「……っ」

ルーが剣を下ろし、私から距離を置く。皇太后を強く睨み付けたまま……。


「そこの狂犬もだよ!さぁ、命令しな……!」

「く……っ」

ルーが苦しげに表情を歪ませる。


馬鹿な……。あのグイ兄さまが私が人質にされたくらいでどうこうなるはずがない。たとえルーの命令でも、足手まといになるくらいならあのグイ兄さまは私を見捨てる。


ふと、激しく打ち合うグイ兄さまに目をやる。

え……?目が合った……?そんなはずは。しかしその瞬間。


「ぐぅ……っ」

グイ兄さまのみぞおちに、ルンの棍が容赦なく叩き落とされる。その隙をついてグイ兄さまの剣を叩き落としたのだ。


そん……な。


「あっはははははっ!このザマよ!」

皇太后が嗤い、女官長がクスクスと笑いを漏らす。

しかしそれも束の間。


「ナメた真似をしてくれる……っ!」

ヒイイイィッ!?この場の誰よりも何よりも、剣を落とされたあの魔王が素手状態になったことが恐ろしい……!


咄嗟に皇太后の短刀を握り砕き、皇太后を押し退けてルンの元へ走る。先ほど『へぎゃっ』と言う間抜けな声が響いたが今はそんなことどうでもいい!


「ルー!兄さまを止めて!ルンは……っ」

兄さまの容赦のない拳がルンの顔面に炸裂する。ヒイイイィッ!やっぱり行ったわよあの暴虐兄いいぃっ!

それで顔面が無事なルンもルンだけど!残念ながら眼帯にはヒビが入り、粉々に砕かれその赤い瞳があらわになる。


あの瞳は……ルーは皇帝としてどう取るのか。


「グイ!ルン!※※※……!」

ルーの声に、グイ兄さまとルンが同時に距離を取る。ルー……今の言葉って、まさか南方の……?それならばルンにも、それからグイ兄さまにも通じる。グイ兄さまは昔南方に滞在していたことがあるから。


「くそ……っ、お前たち……!」

そして背後から響いた声にハッとするが……。


「そこまでだ」

更なる増援の声にホッとする。泰武官長率いる近衛武官たちだ。


そして皇太后に剣を突き付け制し、元女官長は容赦なく取り押さえられた。まぁ皇太后は一応皇太后だけど、元女官長に容赦する必要はないわよね。

小さな声で『何でよぉ、私は……皇太后陛下の……』『痛い……痛い、私を、誰だと……』と言ってはいるが、自業自得である。そしてあなたは皇太后の衣を借りないと何もできないのね。本当に呆れたものだ。


「わたくしは皇太后であるぞ!このようなことをしてただで済むと……っ」

「お前こそ、ただで済むと思っているのか」

ルーが冷酷な皇帝の顔を表面に映し出す。そして皇太后に近付けば、威嚇するように睨み付けニィと嗤う。


「お前の息子の最期を思い出しながら、お前も同じ末路を辿るのを楽しみに待つといい」

皇太后の息子って……先帝の皇太子のことよね。皇太子ではあったが不慮の事故で還らぬ身となり、ルーが皇位を継いだのだ。


「お……お前らがわたくしの息子を殺したこと、その時から片時も忘れたことはなかった……!」

え……ルーたちが、殺した?


「その狂犬を得て、いい気になりおって!」

「お前の息子にその資質がなかったと言うだけだろう?グイの前で無様に命乞いをして、自分に付けば一生贅沢ができるとありもしないことを言う。いいか?教えてやる。あの狂犬はな、食い物の怨みは一生忘れねぇんだ」

「な……食べ物?何の話を……っ」


「それから俺も……お前の愚かな息子に受けた仕打ちは一生忘れはしない。お前の目の前に、その首放り投げてやった時の言葉を忘れたか……?『お前もこうなりたくなければ大人しくしていろ』と」

「き……貴様……っ」

皇太后が肩を震わせる。先代の皇太子はルーに一体何をしたのだろう?

まさか先代の皇太子も皇太后のようなことをしていたのか……?


「わ……わたくしを殺せば……っ、民が、貴族が何と言うか……」


「知らんな。血縁も何もない、親の仇。俺に従う気がないものどもはそもそもこの帝国にいらない。さて……そうなった時、もはや死刑確定の罪人のお前と俺、どちらを取るだろうな?」


「……っ」

「少なくともお前は好きにやり過ぎた。俺がただお前の息のかかった後宮を放置していたと思ったら大間違いだ」

それはまるでグイ兄さまの企みのごとく。調子付かせておいた隙に、外堀を埋めて逃げられなくして一気に叩き落とす。

そして後宮で好き勝手し過ぎた皇太后は、国内の貴族たちから顰蹙を買っていた。ルーが後宮の内情にメスを入れて、皇太后側の人員を追い出したら、思いの外多くの後宮仕官者が現れたのもその証拠だろう。


そしてどんなに詭弁を並べても、皇帝に忠誠を尽くす武官たちは耳を貸さない。皇太后は素直にお縄につくしかなかったわけである。


「あぁ、あとその元女官長だが」

ルーが元女官長を見やる。


「お、お助けをぉ……っ、陛下ぁっ!私は……私は皇太后陛下に無理矢理脅されて……!」

「お前、裏切るつもり!?」

元女官長と皇太后の修羅場に突入しそうな空気である。


「そう言えば……グイがお前に会いたがっていたんだよ」

ルーがにっこりと笑む。


「へ……?」

呆ける元女官長だが、その前にグイ兄さまが立つ。しかも叩き落とされた剣をいつの間にかしっかりと握って。

そしてニヤリとほくそ笑む。


「俺が遣いに出ている間に色々と言ってくれたようだねぇ」

「そ……それは……その……」

元女官長がぶるぶると震え上がる。やっぱり兄さまったらどんだけ恐がられてんのよ。


「(言っとくけど、自慢の妹なんでねぇ)」

グイ兄さまが元女官長に向かって何かを言ったのだが、聞き取れない。


「所詮は逆賊、それを活かしておく必要もない」

「そ……そんな……陛下ぁっ!私も……私だって……」


「それはどちらの陛下のことだ?お前を後宮から追い出した時点で、お前には何の価値もねぇよ」

そしてルーがやれとばかりに合図を出せば、絶叫する女官長の悲鳴と共に無情な剣が落とされた。


その断末魔の悲鳴がもたらす静寂を切ったのは、やはりルーである。


「さて……次はお前だな」

「く……っ」

皇太后が恨めしげにルーを見る。


「何故ルンがここにいるのか……」

やっぱりルー、ルンを知ってるの?


「はぁ?何だいそのルェンとやらは」

やはり主民族にはなかなかない音。皇太后の発音は主民族風である。


「いい。お前に聞こうとは思っていない。ルン……※※※」

ルーがルンを呼び、南方の言葉を紡げば、ルンがパタパタと駆けてくる。


「ルー!」

そして嬉しそうにルーを呼ぶのだ。

やっぱりあなたたち……知り合い?それもルーをそう呼ぶのなら、相当親しいはず。


「……※※※」

「……※※※、…………」

ルーの問いかけにルンがルーに何かを語り、ルーの顔が一層険しくなる。

皇太后が私にした話を、ルンが見てきた言葉で聞いているのか。


「……※※※……」

ルーが紡ぐ言葉に、ルンが再びあの言葉を口にする。


「……※※※……※※……」

何て言っているのかしら?


「セナ、お前は※※※を覚えているか?」

「グイ兄さま……?もちろんよ。ウォンルンと※※※の故事でしょ?」


「そうだよ、アレはね」

教えてくれるの?珍しい。そういやその故事を教えてもらった時も同じように思ったっけ。


「『※※※を殺す』」

その※※※とは、蠱毒を作り上げた呪術師だ。それは少数民族たちにとっては外の土地から来た呪術師。考えられるとしたら……主民族。

元々蠱毒と言うもの自体は主民族の古代書に書かれた伝説の呪術である。


その呪術は少数民族たちを奴隷としようと目論む時の権力者によって送り込まれた呪術師によって行われる。


そしてその呪術のために不当に搾取され、弾圧された少数民族のために立ち上がったのが英雄ウォンルンだ。

そして呪術師は邪魔ものの英雄ウォンルンを狙う。ウォンルンは呪術師の卑劣な罠に嵌まって絶体絶命なピンチを迎えるが……突如、蠱毒が産み出した呪詛と怨念が※※※を襲う。


「……※※※」

そしてルーが皇太后を指差して告げる。


「『※※※はあの皇太后だ』」

グイ兄さまはルーの言葉を訳してくれる。それは間違いない。故事になぞらえるのであれば、その蠱毒を作りあげた皇太后こそその呪術師である。


そしてルンがニヤリと嗤う。それはルンが戦意を喪失した時の屈託のない笑みでも、グイ兄さまの含むような笑みでもない。皇太后が産み出した呪詛と怨念の意思そのもののようだ。


「な……何を……!お前を作り上げたのはわたくしだぞ!創造主たるわたくしを……っ」

そうね、その呪詛と怨念の創造種。そしてそれらが無念を晴らすために呪術師を襲い、英雄ウォンルンを助けた。

そして英雄ウォンルンは……。


「※※※」

ルンの棍が皇太后の後頭部を直撃する。その惨状はとても見られたものではないけれど。


「※※※」

ルンが呟いた言葉と共に、何かがルンの身体を抜けるような気がした。

英雄ウォンルンが呪術師を倒すことで、呪詛と怨念は救われる。英雄ウォンルンを助けたことで、少数民族たちが崇める神よりその境遇に情けをかけられ成仏する。


この故事を知っていれば、自分の末路など想像出来ただろうに。いや……少数民族を異様に貶すあなたが、知るはずもない話よね。


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