第14話 誘拐された皇后


――――ここは、どこだ。


パシャンとかけられた水で、ハッとして目を開ければ。


どうやら椅子に座らされて縄でくくりつけられているようだ。

そして私の目の前には、2人の女が立っている。ひとりは……罷免された元女官長!?その女官長よりも貫禄のありそうなこの女性は……一体。


「目が覚めたようね、小娘」

貫禄のある女性が口を開く。


「現帝はかくも愚かな。わたくしの意向を無視し、ワン花姫ホアジーを勝手に処刑した挙げ句、このような異民族の娘を皇后に据えるとは」

現帝に対しての堂々とした悪口。普通そんなことを言えば、現帝からどんな罰を下されるか。そもそも現帝の悪口は……いただけない。そんなものを堂々と述べ、ワン花姫ホアジーの処刑を悲しむ素振りもなく淡々と述べる。

こんなの……考えられるのはひとりしかいないが……でも間違えたら失礼だわ。


「あのー」

「許可もしていないのに、わたくしに口を開く気?なんて不敬な!いいえ……野蛮な」

そんなこと言われたってねぇ。


「いえ、どこのどなたか存じ上げないので、あなたに口を聞くことが不敬だとか言われても困るんですけど」

だって知らないし。予測はできているけれど、国中にその顔が知られている分けでもない。皇族とは高貴な身分である。普段は布面で顔を隠す現帝陛下だってそう言う理由である。

お尋ね者でもなけば、ビラなんて出回らないわよ。


「何ですって!?このわたくしの顔すら知らぬものが皇后などと……!笑わせてくれる!」

いやだってご挨拶したことないし、今まで後宮でこのひとがやって来たことを考えれば、会いたいとも思わない。ルーだって会わせたいとも思わないだろう。今の後宮はもう……彼女の思うがままではない。


「わたくしは先帝陛下の皇后……つまりは皇太后じゃ!」

あー……やっぱりか。あの元女官長が逃げ帰った先だものね。


「あの醜い妾のガキが玉座に座って居られるのももはや時間の問題」

現帝陛下に対して何て言いようなの!?


「異民族でありながら誉れある帝国の皇后の地位を貶めたお前ごと、その玉座から引きずり落としてくれるわ!」

引きずり落として何をする気よ!?言っとくけどあなた自身は皇族の血など一滴も引いてないじゃないの。それともほかの皇子を皇帝の位につける気……?どちらにせよ、ルーに手出しなど許せない!そもそも兄さまもいるのに、この皇太后はどうしてそんなにも勝利を確信しているのだ。

――――まさかとは思うが先ほどの……?


「わたくしはちょうどいい駒を手に入れた。入れ」

皇太后が告げると、開け放たれた扉から入って来たのは……先ほどの馬鹿力の青年だ。


「……※※※……」

うーん……やっぱり分からない。彼は何と言っているのだ?そして恐らくこの皇太后もまた、彼を道具としか見ていない。彼の言葉になど答えずせせら笑う。


「これがあればあの狂犬など敵ではない」

それって明らかにグイ兄さまのことよね。確かにこの男の実力や覇気はグイ兄さま並みである。

けれど確実に違う部分がある。


「これをどうやって造ったか分かるかえ?いいや、お前のような下等民族の娘には分かるはずもない」

いやいや、何て言い方をするのよ。彼だって人間よ?それをモノか何かのように。

それにやっぱりこの皇太后……異様なまでに少数民族を見下してくる。主民族であることが何なのよ。生きてく分には同じでしょう?だいたいそんな少数民族差別なんてしてたら、過酷な環境の北部では生きていけないのよ。


「蠱毒と言うものを知っておるかいや、お前のような無知な娘は知らぬか」

知ってますけど。皇太后の顔よりも知ってますけど。それらの類いは伝承や故事ものがたりによくあるものだ。

例えば蠱毒なら南方の……あれ、南方の……?脳内に何かが引っ掛かった。


「南方には古来狩猟や武芸を競う蛮族がいる。それらを戦わせ、最後に生き残ったものは何になると思う?」

「……」

このババア……人間を使ってそんなことをしたのか……!

そもそもこのババアは少数民族たちを人間だとも思ってない。


「生き残ったものはつまりは一番強いもの。閉じ込められ、戦わせられ、殺し合いの中で呪詛と怨念を受けながら完成したこれは……そう、あの狂犬にも及ばん!」

呪詛と怨念て……。それがどこに向くものなのか、皇太后は南方の故事を知らないのか。


それはまるで……。


「……※※※」

そう、それだ。しかし何故。その名に続く言葉は分からない。


「まずはお前で腕試しだ。くれぐれも殺すなよ?これは狂犬を弱体化させるための駒なのだから」

皇太后はそう告げ、元女官長と共にケラケラと嗤いながら部屋を出ていく。そしてその扉の外で、がちゃりと封がされた音がする。


いや、私を人質にしたところで、あの魔王のごとき兄さまは痛くも痒くもないわよ!?むしろ足手まといになったら餌にされるか見捨てられるのが関の山よ……!


「……マエ、ツヨイ……?」

男が漏らす。共通語である。


「殺す……※※※、れる……」

は……?南方の言葉の中に混じる共通語に、青ざめる。いやあなた、さっきの皇太后の言葉、理解してた!?むしろこの男は本当に皇太后の言うことを聞くのだろうか?何かほかの目的でここにいるのでは……?


「シアウ」

まずいまずいまずい!男が棍を構える。当然のように力任せに縄を引きちぎり、その重たい棍を椅子で防ぐ……が、木製の椅子など一発で粉々!


「……、※※※」

だからその後半、何なのよ!


繰り出される重たい棍の攻撃をひらりと躱しながら武器を探す。

いや、何もない!窓すらない!あの扉は……鍵を閉められた上に外に皇太后たちがいるかも!いや皇太后たちは敵ではないが、しかし彼を止める手だてがない。皇太后の言葉を聞くようには思えないし……理解してない!カタコトの共通語はしゃべれるけど、彼の本来の言葉で伝えなきゃいけない気がするのよ。それから先ほどからずっと告げている、その言葉の意味は……?


追い詰められて壁を背にし、間一髪で避けた棍の先端が、ドゴンと壁を穿つ。


「……っ」

うん……?先端が抜けなく……。


「……ひっ!?」

彼は力任せに棍を引き、壁を破壊しながら引き抜いた。あっぶな!咄嗟に横に避けてなかったら大惨事!

しかし……ふと思う。あの壁、もう少しで壊れそうよね……?グイ兄さまなら緻密な計算をするはずだ。壁を狙わず逃がさないようにしながらドS魔鬼ごっこ、わざと壊して誘い、さらに奥の部屋に追い込んで絶望させる、わざと壁を壊して逃がした上で今度は野外ドS魔鬼ごっこ。しかし彼には……そうか。


「こっちよ!」

その言葉が通じているかは分からないが。


私が素早く飛び去った壁際に、彼が勢いを付けて棍を振るう。


それを間一髪で避ければ、その棍は壁を完全に貫通した。


「隙アリ!」

それとグイ兄さまのやり口ならあともうひとつ。


わざと相手が追い詰めていると錯覚させて調子づかせた上で……。


崩れ落ちた壁の欠片を思いっきりぶん投げた……!

しかし寸でのところで、躱された……!?


だが完全には避けきれず彼の頬を掠め、血が滴る。


そして呆然と私をジッと見下ろす彼の眼帯の先の瞳を捉える。……嘘。赤い瞳……?だがしかし、ルーのそれとは微妙に違うような。


「オマエ……」

びくん。不意を付いたつもりが、追い詰められた……!しまった。驚愕しすぎて……やはりグイ兄さまの真似事など、グイ兄さまレベルの相手じゃぁ……っ。


「スキ……!」

「……はい!?」


「オマエ、スキッて……!スキ……!」

た……多分その【好き】じゃないと思うううぅっ!しかし戦意は喪失したと見ていいのよね……?


「あのー……あなた」

「……?」

どうしよう……南方の言葉なんて何も……。そう言えば人物名だけは昔グイ兄さまが現地の発音で……。

だからこそ、分かったのだが。


「ウォン……ル、ン?」

南部の英雄の名。主民族の文字で著せば【黄竜】。


「ルン」


「へ?」


彼がこくこくと頷いている。まさかとは思うが彼の名前……?


「ルンね。私はセナよ。セナ」

自分を指差しそう告げれば。

「セナ?スキ……!」

そ……そっかぁー……一応人妻だから、【すき】の方であって欲しいわね。【すき】だと困る。


「それじゃぁとにかくそこから外に……」

私たちの後ろには拳大の穴が穿たれている。ルンの棍でさらに壊してもらえばここから外に出られるだろう。


しかしその瞬間、ルンが私の身体を抱き寄せて飛びずさる。理由は私にも分かる。穿たれた壁は外から爆発するように粉々に粉砕され、その煙の先から白刃が伸びてくる。


ヒイイイィッ!?あ、あれは……っ!


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