第10話 量子の記憶(前編)


画面の光が瞬く。

サカキの指が、キーボードの上で踊るように動く。ツバキと二人で構築した量子記憶探索プログラムが、失われたデータの痕跡を追いかけていく。


「発見しました」

ツバキの声が、静寂を破る。

「日向博士のデータ、その一部が...」


突如、モニターが激しく明滅を始めた。サカキは反射的にキーボードに手を伸ばすが、マツバが制止の声を上げる。


「待て!システムの防衛機構が反応している」

マツバの声には緊張が滲んでいた。

「このまま進めれば、ファイアウォールが...」


「でも、このチャンスを逃すわけには」

カエデが前に出る。環境工学者としての彼女の直感が、今この瞬間の重要性を訴えていた。


アヤメはデジタルアートで培った感性を研ぎ澄ませ、データの流れを見つめる。

「これは...まるで生命の鼓動のよう」


スクリーンに映し出される量子データの波形が、生命体のリズムのように脈打っている。アヤメの言葉に、全員が息を呑む。


「理論的には可能です」

ツバキが説明を始める。

「量子状態の重ね合わせにより、消去されたはずのデータが、別の次元に痕跡として...」


その時、システムが大きく振動し始めた。

警告音が鳴り響く中、サカキは決断を下す。


「私が直接、量子メモリ層にアクセスします」

その声には、揺るぎない決意が込められていた。


マツバが眉をひそめる。

「危険すぎる。システムが崩壊すれば...」


「この世界の真実を知る最後のチャンスかもしれない」

カエデの言葉が、チームの背中を押す。


サカキは深く息を吸い、特殊なアクセスコードの入力を開始した。指先から伝わる振動が、まるで世界の鼓動のようだった。


スクリーンに映る青い光が、まるで生命を持つかのように蠢き始める。その中に、彼らが追い求めていた真実の欠片が、確かに存在していた。


「見えます」

アヤメの声が震える。

「日向博士が最後に記録した映像が...」


突如、部屋全体が青白い光に包まれる。チームの5人は、息を止めたまま、その瞬間を見つめていた。


スクリーンには、日向博士の最後のメッセージが、静かに、しかし確かな存在感を持って浮かび上がっていく——。


(続く)

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