第9話 失われた記録
「具体的に、どう調べるつもりだ?」
マツバの声には、懸念と期待が入り混じっていた。
サカキはモニターに向かって数行のコマンドを打ち込んだ。スクリーンには複雑な暗号化されたファイル群が次々と表示される。
「量子演算装置のログを遡って、プログラムの改変痕跡を追跡します。日向博士の研究記録が消された時期と...」
「待って」
突然、ツバキが前に出た。その表情には、何かを思い出したような切迫感が浮かんでいる。
「量子状態の重ね合わせを利用すれば、データの痕跡を...」
カエデの目が大きく開かれた。
「まさか、量子記憶装置に...?」
「ええ」
ツバキは頷きながら、自分の端末を操作し始めた。
「消去されたデータでも、量子状態には微かな痕跡が残っているはず。それを再構築できれば...」
アヤメが息を呑む。彼女の芸術家としての直感が、今まさに歴史的な瞬間が訪れようとしていることを告げていた。
「でも、それって...」
「危険です」
サカキの声は冷静だが、その奥には確かな決意が秘められていた。
「シミュレーションシステムに干渉する可能性もある。最悪の場合、この世界の安定性にも影響が...」
マツバの拳が、静かにデスクを打った。
「それでも、やるべきだろう」
その声には、長年の重荷を下ろそうとする覚悟が滲んでいた。
カエデは深く息を吐き出した。環境工学者としての彼女の知識が、この選択の重大さを痛いほど理解していた。
「私たちの世界は、真実に耐えられるはず」
アヤメは黙って頷いた。彼女の指先が、投影された地球の輪郭を優しくなぞる。
「この青い光は...偽物じゃない」
サカキとツバキは視線を交わした。二人の専門性が交差する瞬間、そこに新たな可能性が生まれようとしていた。
「始めましょう」
サカキの指が、キーボードに触れる。
スクリーンに、無数のデータの流れが走り始めた。その光の中に、失われた過去の真実が、確かに息づいているはずだった。地球を覆う青い光が、まるで応えるように、静かにその輝きを増していく。
チームの5人は、それぞれの想いを胸に、画面に映し出される真実の断片を見つめていた。この瞬間、彼らは単なる専門家ではなく、新しい世界の可能性を切り開こうとする開拓者となっていた。
真実は、時として残酷かもしれない。しかし、それと向き合う勇気こそが、本当の希望を生み出す——その確信が、静かに彼らの心を満たしていった。
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