第3話 昇進

 学園生活は最低になった。僕は女性に乱暴したけど権力で揉み消したクズ扱いになった。教室に入れば机にお花が置いてあり(むかつくので渡辺の口に花をぶっこんでやった)、下駄箱にはごみが入れてあり(ムカついたので中本に掃除させた)、もう散々だった。


『ガイジンは野蛮』『しょせんガイジンは日本のルールを守れない』『ガイジンは頭がおかしい』etcetc。言葉による攻撃が一番堪えた。


「無理しなくてもいいのよ」


 イチルは俺の頭を膝に乗せて優しく髪を撫でてくれた。屋上の二人だけの時間。暖かくて甘いひと時。


「無理なんかじゃないよ。ここで逃げるわけにはいかないんだ」


 この間の冤罪事件は家族にも伝わった。家族が心配したのは俺がやってないのに傷ついたことではなく、防人としての特権を失うことだった。僕は家族にとっては生活を維持するための道具でしかない。それは心のどこかでわかっていたはずだったけど、やっぱりつらかった。


「なあイチル。どこへ行けばいいんだろう僕は」


 その質問にイチルは困ったような顔をする。彼女もわかってるんだ。僕にこの世界の居場所がないってことを。防人でなければ野垂れ死にするしかないんだろう。あるいは闇の世界の使いぱしりか?


「誰もきっといたいと思ったところへはいけないのよ」


「君もそうなの?」


「ええ。あたしもそう。いたいところにいれるわけじゃないの」


 彼女の顔は曇っている。靡く長い黒い髪は彼女の目元を隠す。それだけでもう何を考えているのかわからなくなった。僕らは何処へも行けない。行けないことだけはわかっているんだ。









 怪獣を倒すたびに思う。彼らは一体どこからやってくるのだろうと。観測衛星によると怪獣は突然この世界に現れるらしい。まるでテレポーテーションのようだという。では一体何のためにやってくるのだろうか?人間を滅ぼすため?実際日本以外のすべての国はもはや存在しない。だけどなんで人類なんてわざわざ滅ぼしたりしたがる。きっと放っておいても温暖化だのなんだので自滅していただろうに。でも言えることはある。


「怪獣は僕らと違って真面目なんだよね」


 僕は自衛隊の基地内のシミュレーションコクピット内でそう独り言ちた。滑空しながら画面に映る怪獣にライフルの弾を喰らわせる。そして近づいた瞬間相手のカウンターを回避して袈裟切りで怪獣の胴を真っ二つにする。それでシミュレーションは終わった。評価は「S」だった。


「全演習過程終了。最成績優秀者・盈月令了」


 いつも通り僕の名前が告げられる。だけどそれで何かご褒美がもらえるわけじゃない。相も変わらず周りの防人たちよりも階級は低いし、危険手当とかも最近知ったけど俺の腕がいいもんだから危険じゃないという理由でついていなかったし、舐め腐られている。だけどそれでも続けるしかない。他にできることが僕にはない。


「盈月三尉。基地司令がお呼びだ」


「はい?わかりました。すぐに出頭します」


 僕は基地司令のもとへ向かう。


「呼びつけてすまないね」


「いいえ別に」


「最近君の周りがごたごたしているのを我々は懸念している」


「あれは僕がやったことじゃありません」


「結果的に君が呼び寄せているのは間違いないことだよ。もちろん事情は斟酌している。この国が難民問題を抱えている中で君のようなハーフを防人に抜擢することには反対意見が多かった。それでもひとえに採用されたのは君が優秀な素質を秘めていたからだ。そして結果も出している。だから問題は不問になっているのだ。他の者であればこうはいかない」


 そんな今更わかっていることを言われても困るのが正直なところだ。


「まあ小言はここまでだ。次期主力機の選定を政府が決定したのは聞いてるね」


「ええ。それは聞いています」


「3社からテスト機体が提出された。我が基地にも何体か配備されることが決定された。君にはその次期主力機体のテストの教導官をやってもらいたい」


「教導官?なにするんですかそれ?」


「いわゆるアグレッサー部隊を率いてもらう。おめでとう。階級も上がる。給料もだ」


 それはうれしいが大役にいきなり抜擢されて疑わしい気持ちもある。


「上層部は君に政治的思想故に様々な感情を抱いてはいるが、一致してその能力だけは認めている。それには応えてくれ。以上。さがってよろしい」


「失礼いたします」


 僕は司令の部屋から出た。アグレッサー部隊の隊長に昇進か。これはきっといいことのはず。少しだけ自分の頬が緩むのを感じた。努力が報われた。その結果に嬉しさを感じる。冠凪は喜んでくれるだろうか?彼女に早く知らせたかった。









 冠凪が学校を休んだ。連絡もつかない。せっかく昇進したのにこれではあんまりだ。僕の学園での生活はいよいよ色を無くしたわけだ。そして我らが基地に次期主力機のテスト機がやってきた。機体愛称はギリシア神話のヘラからとられジュノー・レギーナとなった。


「第三世代機の特徴は何と言っても次世代量子エンジンによる高出力高稼働の実現です!今まで見たいなバッテリーを替えて戦うような制限から解き放たれたのです!」


 テスト機と一緒についてきた研究員がブリーフィングで俺に向かって機体特性の説明を熱心にしている。150に満たない小柄な女性で荒城あらき神巫いちこと名乗った。顔もスタイルもいいがJK通り越してなんかろりぃにしか見えない。


「でありますか」


「それだけではなく高出力を生かした様々な武装を一気に使えます!圧倒的な殲滅力を誇るのです!」


「それで怪獣倒せるなら世話ないでしょ。結局のところプーパ・エクテスが怪獣に近づいて初めてあいつらは僕たちの物理法則で観測が出来るようになってダメージが与えられるんだから」


 怪獣はこの世界の物理法則とは異なる法則で存在しているそうだ。プーパ・エクテスが怪獣に近づくことで怪獣はこちらの世界の物理法則の影響を受けるようになる。それでダメージが与えられるようになるのだ。


「とにかくこの機体ジュノーはすごいんですぅ!ほめたたえなさい!」


 この研究員うぜえな。こいつとしばらく仕事上とは言え付き合いがあるのは勘弁したいところだ。そんなときだった。サイレンが鳴りだした。


「む!さいこーのタイミングですね!ジュノーを発進させます!アグレッサーの皆さんは護衛についてください!ジュノーの強さを証明してみせますよ!ふははははは!」


 僕は肩を竦めた。だが命令は命令だ。ジュノーを連れて僕は発進した。



 






 ジュノーを中心に僕たちは編隊を組んで怪獣を迎え撃つ。真後ろはすぐに浜松市なので緊張感が半端ない。新型のテストなんてやめてすぐに殲滅に切り替えて欲しいのが小市民な僕の偽らざる意見だった。


『ジュノーの量子伝達係数上昇。エンジン臨界』


 通信網からはジュノーの開発チームの分析の声も入ってくる。


『ふはははは!ではやってくださいぃぃいい!荒ぶる女神の力をぉ!!』


 ジュノーの目が妖し気に光る。そして怪獣に向かって一気に加速した後、右手を広げた。するときぃいいいんという音と共にジュノーの右手に金色の光が集まりまるで爪を立てたライオンの手の様になった。そしてその手でもってジュノーは怪獣をそのまま切り裂いて殲滅したのだ。


「すげぇ…怪獣の装甲をものともしなかった!?」


 僕だけではない、他のアグレッサーの隊員たちも動揺を隠せなかった。この性能が第三世代機の強さ。政府が力をいれるだけはある。だけど。その攻撃が終わった瞬間ジュノーは糸の切れた人形のように動きを停止して海に向かって落ちていく。


「おいおい何やってんだよ!」


 僕は加速して海に落ちる前にジュノーをキャッチする。接触チャンネルでジュノーのパイロットに呼びかける。


「おい!何やってんだよ!すぐにエンジン吹かせよ!運ぶのだるいんだよ!…あれ?え?」


 声に反応がない。それどころか接触回線から伝わってきたパイロットの心拍は停止状態になっていた。


「こちらアグレッサー1!すぐに救急車!パイロットが息してない!すぐに基地に帰投する!」


 僕たちはすぐに基地へと帰投した。パイロットはジュノーから降ろされてそのまま医師たちによる救命措置が始まるが、すでに手遅れだったようで、医師たちは首を振った。少し驚いたことがあった。ジュノーのパイロットは若い白人の少年だった。


「あちゃー。またぁしんじゃいましたかぁ!まあパイロットなんてフェンスの向こう側から連れてくればいいんですから別に構いませんよね!あはは!」


「お前ぇ!!」


 僕は荒城の胸倉を掴んだ。


「なんですかぁ?ああ。あなた綺麗な顔だと思ってましたけど、外国系だったんですね。テストには犠牲がどうしてもつきものですからね。日本人だと命の値段が高いのでガイジンさんにお願いしてるんですよ。お気に触りました?」


「それが人間のやることか?」


「人間だからやるですよ。それともあれですか?人権気取って日本人のパイロットにやらせて死なせれば納得ですか?」


「ちがう。そうじゃない。そうじゃなくてぇ…」


「まぁまぁ落ち着いてください。怪獣と戦うっていうのは綺麗ごとじゃないんですって。人権なんて忘れた方が健康にいいですよ!」


 荒城はそう言って白衣を翻してジュノーを運ぶトラックに乗り込みハンガーへと帰っていった。僕はただ一人その場で震えることしかできなかった。

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