第2話 冤罪

 学園生活はつまらない。だけど例外はある。僕にだって友人がいないわけじゃない。


「昨日は災難だったな!」


 朗らかに話しかけてくるのは友人の中本蒼介だった。


「渡辺もいい加減冠凪のこと諦めた方が良いのにな。いくら防人だっていっても華族の上に金持ちで美人の冠凪とじゃ釣り合いが取れないだろ」


「まあ恋愛は釣り合いとかそういうのを忘れちゃいがちだからね。でも僕をまきこむのはやめて欲しいよほんとに」


「はは。だな。琴葉もそう思うだろ?」


 中本は一人の女子の名を呼んだ。ギャルっぽいその子がこちらへと近づいてくる。彼女の苗字は平林である。


「何の話?うち全然聞いてないんだけど?」


「渡辺じゃ冠凪は無理でしょって話」


「ああ。そういうかんじ?まあ無理そうだけど。てかむしろ何で盈月は仲いいの?」


「幼馴染だから」


「幼馴染ってリアルにいるんだ。ふーん。本当は付き合ってたりとかは?」


「それは渡辺が頑張って結果出すより無理な話だよ」


 母が外国人の僕の法的地位は極めて不安定だ。日本以外の国がなくなってしまったとき、日本政府は日本人とそれ以外をきっちりと分けた。僕は日本人の子供ではあっても、同時にガイジンの子でもある。法的には日本人の枠に入っているが、いつその地位を剥奪されるかなんてわかったもんじゃない。そんな奴と大切な娘を付き合わせる親なんていない。


「そうなんだーふーん」


 平林は何処かそれを聞いて嬉しそうに見えた。


「まあ渡辺の恋愛トークなんてもういいか。放課後は駅前のアイス屋いこうぜ。新フレーバーは一旦だとよマンゴーチンスコウ味だってさ」


 それ美味いのかな?まあとりあえず三人で放課後に遊びに行くことになった。








 駅前のアイス屋の新フレーバーは意外に美味かった。中本が平林にひたすら新フレーバーの名前を言わせようとしていたのはどうかと思ったけど。


「しかしここら辺もガイジンが増えてきたな」


 街の区画整理の一環でフェンスが立っていた。その向こう側にはボロボロの建物と日本人には見えない人々がいた。


「うーん。たしかにそうだね。ちょっとこわいかも」


 二人の感想はもっともだと思った。だけどそれは僕に複雑な感情を抱かせる。難民問題を単純化はできない。だけど一つ言えることはすべての人間が満足に暮らしていけるほどのリソースはこの世界にはないということだ。ここは日本で元から住んでいる人間が優先されるのは当たり前だ。だけど彼岸へと追いやられた人々は何もできず蹲るだけなのだ。結論はでない。だけど僕の半分は彼岸の向こう側にある。他人事には思えないんだ。


「カラオケでも行こうか」


 僕は目の前の理不尽から目を反らしたかった。だから安易な道を選んだ。僕たちは近場のカラオケ屋に入って遊び倒す。


「俺ちょっとトイレ!バラード歌っとけ!」


 中本が部屋から出ていった。平林と僕の二人きりになる。


「中本いないしドンすべり曲入れようかなぁ」


「…ねぇ盈月は本当に冠凪さんと付き合ってないの?」


「そうだって。そんな気もないよ。むこうだってそうさ」


 特別じゃないなんて言ったらうそになる。だけど住む世界が違いすぎる。叶わない想いなら忘れてしまった方が良い。


「じゃあさ…うちじゃだめかな?」


 平林が僕に体を寄せてくる。そして顔に手を添えてきた。


「なんのつもり?」


「鈍い振りはやめてよ。知ってるくせに」


「知ってるから言ってるんだよ。僕を好きになる理由がおんなのこにはないよね」


「いっぱいあるよ。顔いいし、勉強できるし、スポーツできるし、防人で国を守ってる英雄じゃん。好きにならない方が変だよ」


「僕は君たちの嫌いなガイジンさんの子だよ」


「盈月は優しいじゃん。だからいいよ」


 そう言って平林は僕にキスしてきた。両手で顔を抑えてくる。その上がっつり体重を乗せてくる。僕は出来るだけ優しく振りほどこうとした。だけどうまくいかなくてソファーに押し倒すようにしてしまった。


「ただまー!特製ドリバーカクテル作ってきたぜ!って…え?」


 中本がドリンクのグラスを床に落とした。その顔は青ざめている。


「いや違うんだ。中本。僕はそんなつもりじゃない」


 僕は必死に言い訳しようとした。だけど中本はその場から走り去ってしまった。彼は平林が好きだった。それを僕は知っていたのに。


「もう言い逃れできないよね」


「知るか!僕は君と付き合う気なんてないんだよ!」


 僕はすぐに部屋から出る。中本を追いかけるつもりはない。だけど平林とこれ以上一緒にいたくもない。そんな中途半端な気持ちだった。


「やっぱり冠凪さんがいいんじゃん…」


 そう背中から聞こえた。だけど僕はそれを無視する。防人の仕事だけでもいっぱいいっぱいなんだ。青春のめんどくささとは無縁でいたいんだ。僕は寮に帰った。









 次の日、教室の空気は一段と冷たかった。女子たちが僕のことを睨んでひそひそ何かを言っている。男子たちも僕をまるで軽蔑するかのような目で見ている。


「おい。ガイジン!てめぇ!ふざけんじぇねぇぞ!聞いたぞ!平林に乱暴しようとしたってな!」


「何言ってんだ…。そんなことしてない」


「じゃあ彼女が嘘をついているっていうのかよ!」


 平林が女子たちに囲まれて涙を流していた。随分と安い涙だ。女が嘘をつくときはこんなにも醜く見えるとは。


「ああ。その子は嘘をついている。僕はそんなことしてない。証拠は?証拠を提示してくれ。証明責任は彼女にある」


「はぁ?お前は女の子が勇気を出して証言したことを無視するのかよ!なんて卑劣なやつなんだ!お前のようなものが防人なんて信じられない!」


 渡辺は例によって僕に殴りかかってくる。だけど僕はそれを軽くいなしてから、彼の足を引っかけて床に倒して首を足で踏みつける。


「ぐほぉげほぉ!」


「今の暴力は自衛隊の防人部隊の規律違反に該当するって自覚あるか?ああ。返事もできないのね。ばかばかしい」


 僕はクラスを見渡す。どいつもこいつも何も見ていないし聞いてもいない。本当に何が起きたのかを知ろうともせず人を裁こうとしている。野蛮人の群れだ。


「俺は見た!お前が平林を押し倒してるところを!」


 中本が声を上げる。その瞳は怒りで燃えている。何を言っても無駄そうだ。だけど反論くらいはしておかないといけないそう思った。その時だった。


「警察だ!すぐに騒ぎを止めろ!」


 二人組のお巡りさんが教室に入ってきた。誰かが通報したようだ。平林はひどく驚いた顔をしているからおそらく違う。中本が憎しみに燃える目で俺を睨んでいた。呼んだのはこの子か。


「女性への乱暴行為があったという通報があった。盈月令了。逮捕する」


 俺は警察に見事逮捕された。そしてそのまま署へと連行された。中本の憎しみの目が喜びに歪んでいるのがちらりと見えた。









 警察での取り調べは最悪だった。カラオケ屋の監視カメラの映像はどう見ても平林からキスして僕が拒絶してもみくちゃして押し倒した姿をばっちり映していた。なのに警察はとんでもないことを言いだすのだ。


「君は防人という特権的地位を用いて女性に自分にキスをさせるように迫って犯行に及んだんだろう!大人しく認めろ!」


「話にならない。どうしてそういうアクロバティックな解釈が成り立つんだよ」


 警官はヒステリックに俺を犯人にしたがっているようだった。机をバシバシ叩いたり怒鳴り散らしたりして、供述書にサインさせようとしていた。そして結局そこで僕は三日も過ごすことになった。


「大丈夫?元気は…なさそうね」


 迎えに来たのはイチルだった。弁護士も彼女が手配してくれたそうだ。結局この事件は書類送検もなくここで証拠不十分で釈放になったそうだ。


「司法の中世っぷりに僕はタイムスリップした気分だったよ」


「変なジョークが言えるだけマシそうね」


「学校の方はどうなのさ?」


「逮捕されてあなたが悪人って噂が独り歩きしてるわ」


「逮捕=即悪人って風潮どう考えても未開人の考え方だと思うの」


 僕は寮に向かって歩く。イチルはその後ろをついてくる。


「なんでついてくるの」


「こんなとき一人でいるのは良くないわよ。だから今日はあたしがそばにいる」


「それも何かを呼び込みそうだけど?」


「その時は二人で戦いましょう。だめ?」


 他の誰も僕の味方にはならなかった。だけどイチルは一緒にいてくれるという。ならお言葉に甘えることにしよう。


「肉じゃが食べたいんだけど」


「わかったわ。まかせて」


 僕たちは共に歩く。この世界が闇しかなくても。

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