序章1:100年後から300年前へ
吹き荒れる嵐の中、彼女の手を引っ張りながら全速力で逃げる。二人を追いかけるのは地表をえぐり続ける黒い渦と地を這い続け、幾重にも手を伸ばし続ける黒い物体だった。
「はぁはぁはぁ、んっ、はぁはぁ、なんなのよ。どれだけ逃げても追いかけてくる。ねぇ、あの黒い手は何!?」
「知るか!!はぁはぁ、もっと速く足を動かせ。追いつかれるぞ!!」
確かに手を伸ばしてくる黒い物体も厄介だが、あれはあくまでも俺たちと同じように逃げているだけだ。一番問題なのはその後ろの黒い渦だ。あの渦、地面だけじゃなくて空間ごと吸い込んでいる。一度でも吸い込まれたら、二度と出られない。
「
「まさか明日翔、こんな土壇場でやるつもりじゃないでしょうね!?」
「そのまさかだ!一か八かに賭ける!唱えるぞ!」
「ああっもう!……分かったわよ!……澄みわたる空と太陽、常闇を照らす満月、私は鏡をかかげ………うそ」
突如、頭上を覆う無数の手。唱える暇すら無く、捕まってしまう。
「くそっ!」
キンッ。
空間を断つ音が響く
同時に頭上を覆う無数の手が霧散する。
「え?なに、今度は何!」
「そのまま全速力で走れ!!」
振り返れば一本の刀を持った男が立っていた。
白銀の髪、銀服を身に纏った彼は黒い人影と一対一で向かい合っていた。
「やっと見つけたぞ。今度こそ完全に消し去る」
百を越える黒い手が迫りかかるが、彼はそれを全て斬り伏せると、一気に人影の足元に踏み込み逆袈裟斬りを仕掛けた。しかし、両断された影はなにもなかったように形を取り戻した。
「効かない? 100年前はそんな能力なかっただろ。なにがあったらそうなるんだ?」
「…………」
背後から新たな黒い手が出てきた。その全ては自分にではなく、後ろの二人に。
「……さっきから一本も黒い手を俺に向けてないな。それに一言も喋らない。意志も思考もほとんど無いはずだ。それでも動く理由はなんだ?」
納刀し、低く構える。迫る無数の手を斬り落とし、二人を守る剣筋を頭の中に構築する。
5度の斬撃。
黒い手は塵となって地面に降り注ぐ。
見下ろせば、呆気にとられる二人。
“……?”
銀髪の男は目を見開いていた。
「何で生きているんだ、お前たちは」
「……は? だって、あなたが今助けてくれたから」
「違う! あの時俺たちは確かに……」
明日翔の声を遮るように叫んだ。
「じゃあ、あの人影に見覚えは?」
「え? ……いやその、見たこともないです」
そう言うと、彼は人影と二人を交互に見ながら、
「あり得ない。お前ら三人は仲間だったはず…………」
「? それは、どういう……!?」
振り替えれば黒い渦は速度をあげて人影に迫っていた。
「二人とも、あの渦はなんだ?」
「分からないです。でもさっきから全て飲み込んで」
地面を飲み込むだけではない。渦から真空刃が飛び交い、岩、森、建物全てを切り刻み続けている。ただ不思議なことが一つ。
“………どうしてあいつより前に真空刃が飛んでこない?”
人影の体横一線より前は先程までと変わらない。全ての真空刃は人影の後ろでのみ起こっている。
“俺たちを守っている?”
考えられる理由は後ろの二人。
「お前たち、名前は?」
「月見鏡」
「日向明日翔」
当たり前のことを確認したように彼は”そうか”と言った。
「二人は逃げろ。あの渦は”俺たち”で必ず食い止める」
その言葉と共に彼は全速力で人影に迫る。地面から30度の脇構え。刀を振り下ろせば、それまでなっていた空気を切る音は霧散した。
その合図と共に二人は
「鏡、今度こそ唱えるぞ」
「うん。……ふぅ、いくよ」
「澄み渡る空と太陽」
「常闇を照らす満月」
「私は数多の時間を示し」
「私は鏡を掲げ」
「「たった一つの時間を映し出そう」」
二人の前に空間が開く。
意を決して踏み出す時、後ろから二本の手が二人の背中を押した。後ろを振り向けば、銀髪の男を貫く渦と消えかかった手しか見えなかった。
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