第9話 ルピナス
木々の葉が太陽に反射してキラキラと輝き、今日も明るい。最近、鳥のさえずりで目を覚ますことが増えてきた。しんと静まり返った家の中を、小さな歩幅でとぼとぼとエサ場に向かい、3回ほど水を舌に乗せる。窓の外に目を向けると、いくつかの緑と白の塊が、花と花の間を高速で切り裂いている。ハチドリだろうか。とてもじゃないが、寝ぼけ眼で追う気にはなれない。
私は広場に出て、お気に入りのクッションに体を預けた。
圧迫感。
ひとつ、ふたつ、みっつ… 今日で10個を超えただろうか。ここでも、ママの力作段ボールが、日増しに増えていく。一体、何が起きているのだろうか。
ママとヒゲは、内緒話をすることが多かった。ま、私には全部聞こえてるんだけどね。
タクときーちゃんが巣穴に入ったあと、小さな音量でヒソヒソと始まる。ここ最近は、二人とも笑顔が減り、真剣な様子だった。話が長引くと、ママはいつも「子供たちのことを」と言い、ヒゲは「カイシャ」という呪文をよく唱えた。
「ねぇ、なんとかならないのかな。」
「どうにもならないよ。カイシャも遊びじゃないんだから。一生懸命やってはみたんだけど、この辺が限界だと思うんだよね。」
「あっそ。いつもそうなるよね。」
「負担を強いてしまって申し訳ないと思うけど、また新しい経験も積めると思うしさ。」
「いや、そんなに簡単な話じゃないと思うの。そういう言い方やめてくれる?」
「俺も分かってるって。」
「子どもたちもそんなに小さくないんだから、あの子たちがどう思うかもとても大事だと思うんだよね。」
「子どもたち」というのは、きっとタクときーちゃんのことを意味するのだろう。私の話をするときには「クッキー」と言うし、お城の住人は必ず「ちーちゃん」と呼ばれていた。
「だから、最大限足掻いてみたじゃない。」
「なんで、うちはこうなんだろう。引越しを繰り返して、その度に大変な思いをしてる。準備もその後も大変だし、だいたい子どもたちも毎回大変なことになるんだから。あなた何も知らないでしょ。」
ママの声で私の鼓膜が強く揺れたかと思うと、すぐさま深い息づかいも聞こえた。
「これ以上どうしろっていうの?」
「そもそもさ、不思議な仕組みなのよね。子どもの教育環境や私のキャリアまでカイシャに委ねられちゃってて、その代わりに私たち一体何を得られているんだろう?あなたもそんなに幸せかしら?」
「みんなで不自由なく生活できる給料や福利厚生、私のキャリア、それは色々あるでしょ。だから俺も一生懸命やってるわけだし。」
「給与やカイシャよりも大事なこともあるんじゃない?」
「そうなんだけどさ。」
「けど?」
「んー、そうなんだよね。」
凍てつくようなトーンで二人が交信する様子に、私の心にはどんよりとした雲が広がり、やがてサーサーと雨が降った。
私は、ママとヒゲが好きだった。私を守り、私を愛する者。気づけば私は、トンと勢いよく床を蹴り上げ、二人の間に割って入っていた。
「あれ、クッキー。どうしたの、眠くないの?」
「クッキー、おいで。いい子いい子。クッキー、どうしたらいいのかね。」
あのさ、もっと気ままに生きなよ。周りの目を気にせずにさ。
私は、ただ二人が笑顔を取り戻してくれるのを願って、そばに寄り添った。
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