第6話 シャクナゲ

 ドアの隙間から吹き込む風は、ほのかな甘い香りを運んでくる。窓の外、ミツバチが赤い花から白い花へ飛び移るのを眺めながら、私は広場で円形ロボットの動きを目で追っていた。「チカディー、ディー、ディー」というお馴染みのリズミカルな音に加えて、最近では「チューリー、チューリー」という澄んだ歌声を耳にする機会が増えた。日が長くなり、広場もエサ場も明るさに包まれ、別に特別何かいいことがあったわけでもないのに、私の気持ちも自然と穏やかになることが増えた。

 異常なし。


 心身の充電を完了した私は、あの日の出来事を思い返す。

 カチカチという私に対する警告とも思われるような金属音、超高速の息遣い。本棚の上に君臨したであろう「何か」。

 最悪のケースを想像してみる。私は鳥声の巣穴もろとも木っ端微塵にされるだろうか。それとも、何かが私を見つけた瞬間に狙いを定めて食べ尽くすのだろうか。あるいは、鋭い針のようなもので刺されて、毒に侵されて静かに体力を奪われ、二度と目覚めることがなくなるのだろうか。いや、実は「何か」は私の注意を引くための囮で、そいつの仲間が見えない場所から攻撃してくる可能性があるのでは…


 どれも、まっぴらごめんだ。私は今、ただただこの生活を満喫しているのだ。


 しかし、よくよく考えてみると、「鳥声」はあそこで毎日寝起きしている。今日も元気に生きている。つまり、鳥声に危険はないのだろう。それは鳥声が「何か」よりも強いということだろうか?

 鳥声は、この家の中で私を除いて最も小さく、そしておそらく最も非力である。というのも、私のエサ袋を運べないのは、鳥声だけなのだ。私がミルクをもらう時にも、鳥声だけはミルクタンクを持ち上げた時の動きがよろよろしていて、ビチャビチャとミルクを周りにこぼしていることが多い。


 続いて私は、昨夜の鳥声とのスパーリングを思い出す。

 弱っちい鳥声は、いつの日か私の格好の狩り相手になっている。ごはんを食べ終えて一眠りし、体中に元気が満たされた私は、ふとソファで伸びている鳥声を見つけた。鈴が鳴らぬよう腰を落として体を一直線に保ち、気配を消して一歩ずつ近づく。次は体をギリギリまで地面に近づけ、足の筋肉を弓のようにグッと引き絞る。


 今だ!


 バネが解放され、私は弾丸のように鳥声の脚をめがけて飛ぶ。


「わー!」

 断末魔が響く中、私はすかさず連続蹴りを繰り出す。

「ノー!クッキー、ノー!ダメだよ!」

 私の足の動きは止められ、胸元には鳥声の手が迫る。

「痛いよ!ノー、クッキ!こら!」

 私は再び体を捻り、鳥声との距離を取った。

 今夜も勝利…無敗記録の更新。


 連勝の余韻に浸って手先の毛を整えていると、ヒゲにひょいと持ち上げられ、私は寝室に収監された。ヒゲは、図体がでかくてパワーがあるくせに動きが速い、不思議な生き物だ。こちらは連敗記録更新である。


 私は、鳥声よりも強い。鳥声は、きっと「何か」よりも強い。

 いや、はたして本当にそうなのだろうか。万が一のことがあったらどうしよう。


 考えるのに疲れた私は、眠ることにした。昼寝から覚めた時には、何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。


 空気はしっとりしているが、暖かさを感じる。「サワサワ」という優しい音に包まれてまどろむ中で、私の自信は深まっていく。「何か」と対峙するその日に向けて…

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