第5話 スクープ映像
私が麻美さんと付き合い始めると、一か月ほど穏やかな日々が続いた。
その頃には、肋骨の一本にひびが入った焼きとり屋のおじさんも仕事に復帰していた。
焼きとり屋のおじさんは、私と麻美さんが並んで焼きとりを選ぶ姿に目を細めて、
「麻美ちゃん、よか彼氏ができて、ほんなこつよかったな」
と言ってくれた。
あの足場転倒事故が起きる前までは、
(俺の焼きとりの焼き方にまで文句を付ける、この若造め)
と、私のことを顔で笑って心で怒っていたおじさんも、私が倒れた足場からおじさんを助け出したので、おじさんが私を見る目は一変していた。
私が大きなスクープ映像をものにしたのは、麻美さんと付き合い始めて一か月半ほど経った時であった。
麻美さんが、
「競馬って見たことないから、競馬に連れてって」
と言うので、小倉競馬に麻美さんと一緒に出掛けた時であった。
その日の最終レースで、先頭の馬がコーナーを回って直線に入った時であった。
私は彼女と競馬を見に行った記念に、タブレットPCでその最終レースを動画として撮影していた。
コーナーを回った3頭目の馬が他の馬と接触したのかどうかは分からなかったが、3頭目の騎手が落馬した。
その後に続いていた馬もそれに巻き込まれて、何人かの騎手が落馬した。
私は、その一部始終をタブレットPCで撮影していた。
私は、その落馬事故の映像データをすぐに社に送った。
JRAは、もちろんその事故の一部始終を競馬場に設置している数多くのカメラで撮影していた。
しかしながら、落馬の原因がはっきりするまでは、そのレースで何が起きたかということは公表しない。
ましてや『コース内に異物が落ちていた』などということは伏せるものである。
私が社に送ったデータにより、その落馬事故はストップモーションの連続写真として紙面に掲載された。そればかりではなく、その連続写真は、共同通信社の「落馬事故の事実」として世界中に配信されたのである。
そして私は、その写真のお陰で、「スクープカメラマン」と呼ばれるようになったのである。
私がものにした小倉競馬の「落馬事故の事実」とは何だったかというと・・・
先頭を走っていた馬がコース内に落ちていた小型の双眼鏡を蹴り上げ、それが3頭目の騎手の顔を直撃して、事故につながったというものであった。
その事故で騎手一名が死亡し、二名が重傷を負ったのである。
私が落馬事故の録画データを社に送った時、私は双眼鏡には気づかなかった。
しかし、連続写真にすると、それがちゃんと映っていたのである。
JRAも私が録画した映像が公表されていなかったら、『単なる接触による落馬』としてもみ消していたかもしれないが、それができなくなった。
JRAは、そのレースが始まる前から双眼鏡がそこにあったか、それとも、レースが始まってから誰かが投げ込んだのかを詳細に調べることになった。
私は麻美さんと一緒にいた時に起きたその事故をきっかけに、二か月前の交通事故の写真に写り込んでいた麻美さんを見て感じた、「事故星女」のことが頭をもたげてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます