第12話 婚約指輪

 私はその日、年休を取って婚約指輪を買いにデパートに行った。

 婚約指輪の相場は、男性の一か月分の給料と同じ額という暗黙の了解があるが、私は小倉競馬のスクープ映像で特別ボーナスをもらったので、それを買うのは、それ程たいへんではなかった。

 

 私はその日、婚約指輪を買った後、非番だった奈々さんと一緒に若松に行くことにしていた。

 

 博多から若松は、車でも電車でも1時間ほどで行けるが、私は年に二度か三度しか若松に帰っていなかった。

 それは北九州には、学生時代の彼女との悲しい思い出があるからだった。


 その思い出とは・・・私が大学を卒業してから麻美さんに出会うまでの5年間、恋ができなかったのは、学生時代の彼女のことを引きずっていたためであった。

 彼女は北九州市立大の同級生でサークルも同じだった。大学に入学してから私とその人はすぐに仲良くなった。

 

 大学の卒業旅行として、親には内緒で二人でグアムに行った時であった。

 海で泳いでいた時、彼女が、

「アイスクリームが食べたくなった」

 と言ったので、私は砂浜に上がった。

 彼女が沖に流されたビーチボールを取りにクロールで泳ぎ始めた時、そこに水上バイクが突っ込んできたのである。


 『死に別れは、生き別れより辛い』と言うが、そのとおりであった。

 その学生時代の彼女を忘れることができたのは、麻美さんと巡り会うことができたからであった。


 私は麻美さんに「事故星」が付いていても、彼女が事故に遭わないために何をすればいいのかを真剣に考え始めたのは、昔の彼女のことがあるからだった。

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