第40話 復活した管理者

 カニクモロボを行動不能になり、ラクガンの抜け殻と黒色浮遊ロボの金属パイプがくっついて、皆がどうしたものかと悩む。


 カジャクが大きな声で近付いてきた。


「おーい、アワユキ、無事か~!すげぇ操縦だったな!」

「はい、どうにか無事でした」


「それが、ラクガンって奴か。空気入れたら、戻ったりしねぇか?アワユキ、人工呼吸してみたらどうだ?」

「・・・遠慮します。カジャクさん、どうぞ」


「オレには、人工呼吸の知識が無ぇ」


「勝手なこと言うなよ、カジャク!」

「何だよ、カルカン。アワユキはラクガンって奴と込み入った話をしてきて知らない間じゃないんだろ?助ける意味でさ」


 カジャクの率先して自分で動こうとしない意見に、カルカンは不満をあらわにしてカジャクに詰め寄る。


「アワユキは皆が出来ないことをやって、ヘトヘトなんだよ。何を押し付けてんだ!」

「ちょ、ちょっと待て、カルカン。そう怒らなくても」


 カルカンがグイグイとカジャクに接近し、カジャクが数歩後ろに下がった時、カジャクの踵が金属パイプを踏みつけた。


「距離を取れ!」


 サイプレスが叫ぶ。パキッ!と破裂音がして、黒い霧状の気体が地面を這うように広がった。皆は金属パイプから慌てて距離を取り、注視している。ゆったりと広がる黒い霧状の気体はラクガンの抜け殻表面にまとわりつく。やがて、抜け殻の鼻や口から侵入する気流があり、少しずつラクガンの抜け殻が膨らみ、満たされていった。

 その姿を見たアワユキは取り囲む人間たちの後ろへ行き、周囲を見た。他の人影はなく、人参色の浮遊ロボは発掘場の壁際で様子を伺っているようだ。ラクガンの抜け殻から外した紐のついた指輪を両手で覆い、つぶやいた。


「ゼンザイさん、シルコさん、ラクガンさんが元に戻りそう。早く来ないと、我々人間では捕まえられないと思われます。フゥー」


 指輪に息を吹きかける。無意識であったが、おまじないをかけるかのように、管理者たちに届くよう祈りを込めた。


 アワユキがラクガンの様子を見ようと近付くと、皆が下がってきた。隙間から覗くと、仰向けで寝た状態のラクガンが手や足先を動かしている。そして、踵を支点として体がまっすぐ起き上がった。ラクガンは肩や腕の埃を払い、動かなくなったカニクモロボを見る。次に周囲の人間たちをゆっくりと眺め、スーツの襟を正した。


「さて、皆さんごきげんよう。ワシはラクガン、この世界に複数いる管理者の一人。元の姿に戻して頂き、感謝する。おぉ、そこにいるのはアワユキさんだね」


 皆がアワユキの方を一斉に注目した。少したじろぎ、ラクガンに近寄るアワユキ。


「迷惑かけたね」

「ラクガンさん、普通に動けるんですか?」


「まあね。この体も実物でない、借り物の姿。しかし、この世界にいる以上は、この体でないと不都合が起きるからね。助かったよ」

「体が元に戻ったら、帰られるわけですか?」


「いや、そうではない。ワシを取り込んだ浮遊ロボを乗っ取って、少し動いてはみたものの、人間たちに邪魔された。やはり、機械文明にもっと知識欲を分配し、それぞれに活動してもらおうかと考える」

「・・・人間は迷惑な存在ということで?」


「そうなるな」

「勝手に人間をこの世に生み出しておいて、迷惑だとは何を言っているの!アタシたちが何をした!この崖の街を壊して、住人に迷惑かけてそれの何が正しいの!」


「一定数の我が物顔で動く人間がいる以上、均等に人間を減らす必要がある」

「自然環境に任せると言ったでしょう」


「自然は気まぐれ。いつになるか分からんのだよ」

「勝手すぎる」


 ラクガンが右手を挙げると、人参色の浮遊ロボが集まり、人間たちの輪の後ろを取り囲んだ。何か人間たちが動けば、制圧されてしまう。


 ラクガンは再び話し始めた。


「ワシは、それなりに長く生きてきた。高位の存在からの指示通り動いてきたが、効率がよろしくない。自ら動かねば気が済まなくなった」

「それって、自分の欲を管理できなくなったことでしょ、ラクガンさん」


「ほぅ、アワユキさんは、やはり存在が人間とは異なるように思う。我々側にいるべきではないのかね?」

「そんな事は分からないし、知りません。とにかく人間に対して、ラクガンさんの欲を押し付けないでもらえますか?」


「無理な話だ」

「何故、人間たちを急に排除しようとするんです?『人間に細工して、制限をかけた』と話をしてくれましたよね?それじゃダメなんですか?」


「アワユキさん、機械文明の中に警備ロボがいるのは知っているね?」

「えぇ、浮遊ロボが呼ぶのが警備ロボ」


「何をしていると思う?」

「治安を維持している。たまにいる無銭飲食や窃盗等の逮捕じゃないですか?」


「その後は知っているかね?」

「いえ」


「『最近顔見ないな?』と思う人間はおらぬかね。何度も同じ迷惑を繰り返している者、飲み屋街で酒に飲まれ暴れる者、そういったものは排除される。見たことないだろうな、アワユキさんの店には、そういう者が来ないから。警備ロボと浮遊ロボに逮捕された者は、崖の街の場合、各階層にある通気口から自然に還される」

「何を言ってるの?」


「分からんかな。機械文明にとって、迷惑な人間は排除対象。大海原に放ち、自然の養分となるため、還される。機械文明は、そもそも穏やかさを求めている。まぁ、そのように設計しているから」

「・・・その穏やかな生活を機械文明に送らせるため、人間全てを減らすわけか。・・・ふざけるな」


 低く静かに声を発したアワユキは、紐のついた小さな指輪をラクガンに向かって投げた。


 小さく軽い指輪はラクガンには届かず、足元に落ちる。少し歩み寄って、ラクガンはその指輪を拾い上げた。


「なんだね、この指輪は?大人の人間には合わない大きさじゃないか」


 その言葉に対して、小さな指輪から声がした。


「キミを吸い込むには、十分な大きさだ」

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