第26話 もっと、よこせ
昼食を取りつつ、やはり人間が話すことのない内容をラクガンが語り始めた。
アワユキが質問する。
「え~っとですね、アタシは知り合った管理者3名とのやり取りの中で感じたのは、さまざまな世界で見た人間の行動に失望しておられるわけですよね。で、たまたま、アタシにその胸の内を話された。それで、その世界の自然環境に人間の今後を任せる。淘汰されてもしょうがない。そんな感じですよね?」
「ふふっ、本当にアワユキさんは独特で理解が深い。あなたの語りに賛同する者が多ければいいんだがな」
「アワユキ、教祖にでもなるつもり?」
「ヤダ。自分の生活で精一杯」
「やりなよ、教祖。薬草調合して、語り場で配る。『欲しけりゃ、信者になりな。この世の真実が知れるぞ』って」
カルカンの話を聞いて、ラクガンが天井を見上げ、ため息をついた。
「そういう所だよ。人間の発想では、物で釣る。語る内容が重要ではないのかね」
「あの、そういうつもりではなくて、冗談でして・・・」
「ラクガンさん、すみません。お酒も入っているので、カルカンは本意ではないですよ」
「数多く見てきた、長く活動しているからね。その冗談だったことが鵜呑みにする人間が必ず出てくる。良い方向にだけ進まない。だから、もう手を打ったのだよ。そろそろ、お開きにしようか」
「え、あ、あの・・・」
「分かりました」
ラクガンが話を切り上げ、店主に代金を支払った。カルカンはアワユキに小声で話しかける。
「そんなマズい話だったの?」
「人間同士なら、その場だけの流せる会話だろうけど、相手は人間じゃないし、そもそも人間に失望しているから、話をどう受け取られるかって、こっちじゃ分からない。とにかく、言い訳とか、こっちの言い分は言わずに外に出よう」
店を出て、ラクガンの誘導でコンテナ集落から外に出た。
アワユキがラクガンに言った。
「今日もごちそうになり、ありがとうございました」
「いや、構わないよ。カルカンさん、そう気にしないように」
「いえ、申し訳ないです。ジブンの言葉がいけないので」
重い空気なので、この場を離れるきっかけをアワユキが言おうとした時、1体の人参色の浮遊ロボがラクガンの顔の高さに下りてきた。ラクガンの周囲をゆっくり周り、正面で停止する。
「モット欲シイ」
「何をだね?」
「知リタイ 足リナイ」
「一度には入りきらないだろう?」
再び浮遊ロボは上昇した。
アワユキは気になり、ラクガンに声をかける。
「大丈夫ですか?警備ロボ、呼びましょうか?」
「問題ないよ、アワユキさん。あの個体にワシが知恵を与え、それで色が変化した。しかし、浮遊ロボに知恵を与えても、元の色より会話が下手になる」
「え、ラクガンさんが知恵を与えたら、浮遊ロボの色が変わるの?ビル街の抗争は、ラクガンさんのきっかけってこと?」
「そうだよ、カルカンさん。ワシら管理者は人間より機械文明を大事にしている」
「それで機械文明同士が衝突させたら、ダメじゃないですか」
「元々いた浮遊ロボたちは人間に協力的なのに、何やってんの!」
ラクガンは、深い溜息をついた。
「はぁ~。ワシに意見するかね。人間が何を言おうと・・・コラ、やめなさい。話の途中だ」
先程の浮遊ロボが再びラクガンの顔辺りを飛び回っている。
「知リタイ・・・クレ・・・ヨコセ」
人参色の浮遊ロボは、ラクガン頭上に移動し、降下した。浮遊ロボの底面が変化し、ラクガンの頭をすっぽりと覆いかぶさり、高速で横回転。どうしたらいいのか、とアワユキとカルカンはたじろいでいると、ラクガンの体があっという間に薄っぺらの形になって床にふわりと落ちた。
「!!」
声が出ない。驚きのあまり、悲鳴すら出せない。こんな時に限って、周囲に誰もおらず、警備ロボも見ていない。
引き伸ばされた生地のような状態になったラクガンの上で、また高速回転する浮遊ロボ。本体の色が少しずつ変化し、空中で静止した。その姿は、ラクガンの着ていたスーツのような黒色で中央にある四角の溝は白色になっていた。
ゆっくりとアワユキの前に浮遊ロボが近付いてくる。ひどく緊張するアワユキ。
「ソレホド 緊張スルコトハ ナイ」
黒色の浮遊ロボは、どこかへ飛んでいった。
「アアア、アワユキ、これどうしよう。ラクガンさんの抜け殻・・・」
カルカンが震えながらアワユキに言った。
アワユキは周囲を見渡し、誰もいないことを確認した。
「よし、畳んで持って帰ろう」
「ハァッ?何言ってんの!触るの、アレに!」
「置いといても仕方ないし、騒ぎになって、アタシらの説明を誰も理解できないでしょ?それなら、スーツ着たままペラペラ形状になったから、畳んでくるくる巻いちゃって、薬草棚の空き部分に収納しておく」
「あ~、乾燥剤と一緒にね!ってマジかぁ~」
アワユキは手際よくラクガンを折って畳んで、また折って、適度な大きさになった所でくるくる巻き始めた。
「・・・靴までぺらぺらって、何なのよ、管理者って」
「人間じゃないってことしか分かんねぇって事だよ。というか、また熱くなってきた」
巻いたラクガンを嫌がるカルカンに手渡し、アワユキはネックレスを取り外した。
「あ~火傷するかと思ったよ。このちっこい指輪、何の意味があるんだろう」
「何、その指輪。形見?」
「いんや、ゼンザイって管理者が置いていったんだけど、小さすぎて指には入らないから、ひも通してネックレスにしてたんだよ。前にビル街でも熱くなってさ、あの時もラクガンさんに会った後だったな。よし、その巻いたラクガンさんが解けないよう
ひもを巻き付けて、指輪と一緒に置いておこう!」
「なるほど、面倒なものをひとつにまとめておくわけですな。アワユキ、賢いな」
「賢くねぇよ!そろそろ移動しよう、他の浮遊ロボが見てたのなら困ることになる」
「この『巻きラクガン』って、アワユキの白衣ポケットに入る?」
「無理だよ、なかなかの直径だよ」
「アワユキが小脇に抱えて、買い物しましたって顔して運んでちょうだい!」
「アタシなの?」
「だって、ジブンはラクガンさんに嫌われたから、持ってるとベトベトに溶けちゃうかも」
「なるほど。ありえるな」
「やりそうだよね」
妙に納得したアワユキは、巻いたラクガンを脇に挟んで2階へ急ぎ戻っていった。
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