第15話 断片的な理解

 ラクガンとビル街とは思えぬ格式ある店で昼食をとるアワユキ。


 管理者側から見た世界の仕組みをラクガンが語る。


「この世界は、複数世界の統合が行なわれている。人間も多種の存在が入り込んでいるので、欲の抑制というより知識を取り去っている。例えば、"火薬"と言われて、アワユキさん、何の事か分かるかい?」

「かぁく?きゃーくぅ?もう一度言ってもらえます?」


「か・や・く」

「くぁっく?聞き取れないです。何語なんです?」


「いや、これは何度やっても聞き取り、理解は出来ない。そういう風にワシが細工した。少し説明しようか。今から言うことをしっかり聞いてみなさい。『火薬というのは単に燃えるというより、その原料によって燃える速度が格段に速く、そのため周囲の空気・空間を押しのける威力がある。その現象を利用して、硬いものを火薬によって破壊する利用法がある。しかし、他の世界では、火薬を使って滅んだ』どうかな?」

「部分的には聞き取れるんですが、外国語を聞いている気分です」


「それで良い。もう一つ話そうか。この世界には、車両の運転やロボット操縦が可能。その技術があるのに、電話の無線通信技術がない。持ち運びできる電話があったら便利だと思わないかい?」

「そんなこと可能なんですか?別に持ち歩かなくても、会って話せばいいし、相手の顔見えた方が気持ちが読み取れると思いますよ」


「今、話してくれたような意見・考えというのは人間として大事な要素だが、高度最先端技術の発想を持ち合わせないようにしたから。これからも人間が開発することはないだろう」

「え~、ん~っと」


 アワユキは自らのおでこをコンコンと拳で叩いて、この会話を理解しようとしている。


「アワユキさん、叩いても痛いだけだよ」

「いえ、何か言いたいことが出てきそうで・・・あ、人間が出来ないことを機械文明に与えたってことですか?」


「ほっほっほっほっ、よく捻り出したね、その意見。でも、違うんだ。機械文明というのは、彼らだけが生き残って存在していた世界があったんだよ。元は人間が作り出した機械たちだけど、人間が滅んで、機械たちが自ら考え、何度となく実験を繰り返した結果、今のような形で生きている」

「あらまぁ。昔の人間が作ったから、共存出来ているってわけですね」


「今のところはね。おおっと申し訳ない、次の予定の時間が近づいてきてしまった。話の続きは、また今度ということでいいかな」

「あ、すみません、長い時間ありがとうございました」


 個室カーテンを開けると、他の客は誰もいなかった。店関係者が壁際に並び、お見送りされる。ラクガンが前を歩き、アワユキはついていく。これがこの店のおもてなし?ラクガンだからか?と考えながら、店を出る。扉が閉まる音がしたので振り返ると、気軽に入れる店ではない雰囲気が余計に感じられた。改めて威圧感のある店構えだな、と。


 階段を下り、建物の外に出ると見慣れぬ色をした浮遊ロボがラクガンの横に浮いている。崖の街やビル街でも見かける浮遊ロボと色使いが異なる。多く見かける浮遊ロボは、くすんだ緑色で苔むした姿だが、目の前にいるものは、人参のような色をして中央にある四角の溝は淡い黄色をしている。


 ラクガンは隣りにいる浮遊ロボを下からポンポンと触り、こう言った。


「この辺りは知らないと言っていたので、この浮遊ロボに道案内をさせたい。アワユキさん、よろしいかな?」

「薬問屋ビルまで連れて行ってもらえれば、あとは分かりますので。浮遊ロボちゃんに色違いがあるんですね」


「えぇ、この色は新型で、中身が違う。思考回路も進化しているね。では、送らせよう。それでは、また」

「はい、お食事、ごちそうさまでした。失礼します」


 浮遊ロボは、その場でくるくると横回転した後、薬問屋ビルに向かってアワユキを誘導し始めた。


 ラクガンは少し先のビル内に入り、他のものが入らぬよう空間を制御した。階段を上りながら、つぶやく。


「あのお嬢さんは嘘や誤魔化しがないんだな、それか余計なことを言わないから、ワシの仕掛けが反応しなかったか・・・。まぁ、関係ないか」


 一室に入るとラクガンは、ビル入口を開放し、部屋自体を外から見られぬよう異空間化した。離れた場所から覗かれている気がしたからだ。



 浮遊ロボの案内で、薬問屋ビルまで歩いて移動するアワユキ。歩調を合わせてくれるので、周囲を確認しながら歩ける。散策しているかのよう。


「あのさ、浮遊ロボちゃん。あと、何分くらいかかりそう?」

「・・・」


「この通路って、結構生臭いね。何かやってんのかな?」

「・・・」


 この人参色は軽い返事もしないようだ。もしかすると、人間の言葉を発しないか、あえて言わないか。いろいろ考えたが、何か接点を持つわけでもないので薄汚れた街並みをさっさと通り抜けることにした。


 薬問屋ビルに着くと、アワユキは浮遊ロボに声をかけた。


「ここまで来れば、道は分かるよ。案内、ありがとね」


 浮遊ロボは、くるくると横回転してどこかに去っていった。その姿を見届けた後、胸元が熱く感じたアワユキ。右手を差し込んでみると、ゼンザイからもらった小さすぎる指輪ネックレスが熱を帯びていた。不思議現象に慣れてしまったアワユキは、その指輪部分に言った。


「ゼンザイさん、どこかで覗いているか、聞き耳立ててたでしょ。ラクガンさんは、重要なことしゃべったの?居場所は分からないから、食事した店でも張り込みしたらどうです?アタシは、もう帰りますからね~。慣れない食事で体ガチガチだよ」


 指輪をまた胸元に入れ、アワユキはアクマキ車両整備に戻っていった。


 2階の部屋に上る前に帰宅したことを伝えようと、事務所に顔を出す。


「お疲れ様です~、ただ今戻りました」

「お帰り、アワユキ。どの辺まで行ってみたの?迷わなかった?」


「それがね、カルカン、戻り道は人参色した浮遊ロボに案内してもらったよ~」

「え、どこ行ったの?」


「アタシの店に来たお客さんとバッタリ出会って、お昼ごちそうになって。高級な店だったから、疲れたよ」

「このビル街でも隠れた場所に案外あるって聞くよ高級店。というか、彼氏じゃないの?」


「違う。年が離れすぎてて、知り合いというのも表現がおかしいかな」

「うちの父さんよりも歳上?」


「あ~、化石くらい離れている方というのが正しいかも」

「化石?機械化石より古いのか。へ?機械化石は数百年とか年代測定出来るけど、それ以上に古い存在?何言ってんの?」


「アタシもここ最近起きたことだから、理解が追いついてない」

「アワユキ、変な薬を調合して飲んだでしょ・・・ダメだよ、そういうの」


「いやいやいやいや、妄想幻覚系は作らないよ。お酒で十分」

「『妄想幻覚系は』って何よ、『~は』て!ジブンが試すから、カバンの中身見せなさい!」


 カルカンはニヤニヤしながら2階に駆け上がって行った。アワユキは、怪しい調合物が無いことを思い出しながら2階に上がっていった。

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