第14話 お昼をご一緒に

 ビル街でアワユキはラクガンに声をかけられ、お昼を一緒に食べることになった。


 アワユキはラクガンの案内でビルの間を通り抜けていく。昨日は通らなかった場所、知らない通り。人間が少なく、ビルの谷間で薄暗く、時折左側に機械文明だけが入る中央の高いビルが見える。しかし、年配な外見の割りには歩くのが速い。え~と、60数万歳だっけ?後から聞いてみるか・・・聞けるのか?あれこれ考えながら、到着したのはビル街らしいツタの絡まる古びた建物。


「ここの3階に品の良い店がある。参ろうか」

「は、はい」


 階段で上がっていくと、黒基調で紫の混ざった重厚な木製の扉と周囲の壁も同様の色で塗装された場所がある。入口には白シャツ黒ネクタイをした2人の男性が立っている。


「ラクガン様、ようこそお越しくださいました」

「今から2名空いているかな?」


「はい、個室がご用意出来ます」

「それでは、案内してくれるかな?」


「かしこまりました」


 アワユキは独特の空気に圧倒されながら、ラクガンと共に店内に入っていった。壁際を通りつつ、店内を見る。綺麗な身なりの人間しかおらず、この店が来る者を選んでいることが伺い知れる。その中を歩くとアワユキの白衣姿が目立ち、視線が痛い。


 深い赤紫色のカーテンを店員が開けると、そこには2人席のテーブルがあった。


「どうぞ、お入りください。メニューをお持ち致します」

「いや、メニューはいらない。いつものコースで頼むよ」


「かしこまりました。ご用意致します」


 ラクガンが注文すると、店員は奥に消えていった。2人は各々席につくと、アワユキが言葉を発した。


「あの、ラクガンさん、アタシ、支払いに余裕ないですよ。こんな格式あるお店って、いくらかかるか分かったもんじゃないです」

「お金は心配しなくてよい、ワシがもちろん支払うから」


「え、あ、いや」

「気にしない。こういう店は初めてかな?」


「ビル街には頻繁に来ないですし、こういう店が存在するのも知りませんし」

「そうだね、ビル街と言っても、ゴミゴミした薄汚れた場所だけではない。ここも店の名前や看板はないが、ちゃんとしたものが出てくるんだよ」


 少し話していると、飲み物や前菜が運ばれてくる。アワユキは初めて見るものばかりで、正直何を食べているのかよく分からなかった。大きな皿に、ほんの少しだけ野菜が盛り付けてあったり、店内風景と同じような色をした肉っぽいもの、食べ物ですぐ分かったのはパンくらいだった。

 また、食事中に話しかけてよいものやら分からず、ラクガンも静かにしていたので、淡々と食し、緊張が続く。


「では、ごゆっくり、おくつろぎください」


 店員が最後の器を下げ、品のある茶器にコーヒーを注ぎ、個室から去っていった。


「どうだったね、料理は?」

「正直、緊張しました」


「はっはっは、こういうのも経験だよ。長く生きていると、いろんなことがあり、もっと知りたいと思う。今日の料理もそのひとつだよ」

「あの~失礼を承知で伺いますが、ラクガンさんはすごく長く生きておられるというのは本当ですか?」


「ん?もしかして、あの2人が話したのかな?」

「はい。シルコさんも同席してましたが、ゼンザイさんがひどく酔っておられながら話されたので、冗談かなと」


 対面にいるラクガンと目があった瞬間、アワユキは個室の空間が壁で区切られ孤立した場所になったように感じ、空気が刺さるような感覚になった。


「今、何しました?他に聞かれたマズイってことですよね?」

「察しが良いね。誰に知られても構わないが、理解不能な人間に説明していくのも骨が折れるというもんだ。限られた人間が我々のような存在を伝える方が、一般に伝播しやすいからね」


「それなら伺いますが、何故、アタシなんです?崖の街という環境で、他にもいたでしょうに」

「ただの偶然。たまたま立ち寄った店が、アワユキさんの店だっただけ。深い意味はない、きっかけというのは、そういうもの」


「そうなんですか。先日、ゼンザイさんが『世界をまとめるのが大変!』って泣きが入ってました。その流れで、年齢の話をされまして」

「増えすぎた世界と滅びゆく世界。何もないところから世界を生み出すのは手間がかかるものだよ。ところで、ワシの事は何か言ってたかね?」


 ラクガンから空気の波が来るのをアワユキは感じた。嘘や誤魔化しが通用しない細工だろうと察した。


「ラクガンさんの事は聞かされてません。ゼンザイさんご本人の苦労だったり、並行や統合世界の話が人間同士で伝承していくことを望むような感じだったと思います」


 ラクガンはアワユキを見ているようで、その後ろにある何かを読み取っている視線だった。


「そうかい。あの2人は指示通りの事を貫いているようだね。ワシの事は聞かされていないというが管理者としての役割も知らぬということかな?」

「えぇ。シルコさんが並行世界、ゼンザイさんが統合世界の管理者、ということまでしか知りません。ラクガンさんも管理者ならば、終わる世界を見届ける~みたいな?」


「世界が終わる、崩壊するならば放っておけば勝手に進む。そういう世界がこれまで多かった。ワシが管理するのは、"欲"。人間がどう動いていくか管理しておる」

「欲と言われると、人間が持つ三大欲求?人口抑制や飢餓対策ってことですか?」


「いや、人口の増減や飢餓というものは、その世界の自然環境が勝手にやってくれる。豊作なら人間も増え、自然が暴れれば、人間は巻き込まれ食料が減り、さらに人間は減る。それで、滅んだ世界もある。ワシが与え、抑制する欲は、知識欲。知りたい・興味を持つこと、それを与えれば文明が生まれ、発展し、人口数が安定する。人口数に対して、土地や食料が不足すれば、奪い合い、争いになる。なので、抑えることを与える。『足るを知る』というやつじゃな。しかし、人間の知能というのは、均等・均一ではない。どうしても差が生じる。よその世界では紛争を抑え、安寧となっても、他世界では通用しない。知識を増やし、その考えに深みを持っても、相手を抑えつける事に知恵を使い、滅ぼす道具を生み出し、相手を根絶やしすることで満足感を得ている。人間というのは環境に影響されやすいため、ワシのような管理者が対応にあたっている」

「・・・アタシがいるこの世界は、すでにラクガンさんの手が加わっているということなんですね?(そういや、ゼンザイさんも似たようなこと言ってたな)」

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