第11話 薬問屋ビル
ビル街のアクマキ車両整備事務所内でカジャクの整備の甘さのダメ出しが続く。
社長であるゲタンハが話を続けた。
「それで、崖の街にある支店にウチの娘を送り込むんだわ。あいつが子沢山じゃないんなら放ったらかしにするんだが、仕事が減れば、子供たちが腹すかすことになる。急遽、短期再指導を決めた。あの小型トラックを整備し直させる」
「廃棄処分ではなくて?」
「アワユキさんな~、廃棄は簡単よ。機械文明たちに渡せば、鉄くずとしてお金と交換できる。でも、車両整備会社にいるんだから、その技ってもんで安全に走る車両に蘇らせないといけねぇ」
「そうなんですねぇ」
ゲタンハの隣で、カルカンが大きく頷いている。
「それで、アワユキさんは何日くらい、このビル街に滞在するんだい?」
「薬草の仕入れで2~3日程度って考えてました。車が使えないってなると、バスがいつ来るか確認しないといけないですね」
「もう少し長く滞在って出来ないもんかね?他の車を用意するんだが、もう少し調整が必要でなぁ」
「へへへ、宿代が無くて。とりあえず2泊分ホテル予約はしてるんですけど、仕入れもお金がかかるんです」
「ウチに泊まればいいじゃないですか。ホテルに1泊してもらいますけど、その間に空き部屋を掃除して、寝泊まりできるようにしますよ」
「そうだな、掃除はカルカンに任せて、ウチから薬問屋ビルは歩きでも行けるし、食事は一緒にすればいい」
「は、はぁ。急なことで驚いてますけど、よろしくお願いします?」
「疑問形で聞かないでよ、あはははは」
カジャクの整備不良によって、アワユキのビル街滞在が長くなることが決定した。
カルカンの案内で、アワユキが泊まるホテルへ行く。その道中、カルカンがアクマキ車両整備周辺のことを話してくれた。
「ウチの周辺って、金属加工とか似た業種が集まってます。それで、ウチからみて東側にホテルが数軒あって飲食店が入ったビルの横を通るとアワユキさんが泊まるホテルです」
「たまに仕入れで来るけど、東側ばっかり行ってたから、この辺は新鮮だよ。わりと静か。あ、それと、普通にしゃべってね。多分、歳近いと思うし」
「アワユキさんがお姉さんってのは分かりますけど、構わないなら。父譲りの口の悪さだけど。・・・ん~、カジャクには、昔から知ってるから呼び捨てだし、タメ口だな」
「はははっ、あらまぁ。毒吐かれないように気をつけとくよ」
予約したホテルに到着し、カルカンは小さく手を振って帰っていった。
アワユキはチェックイン等の手続きをして、予約した5階の部屋に入る。ビル街の中では、予算を抑えつつ、清潔なホテル。しかし、質素というか簡素な部屋。日が傾き、薄暗くなるビル群とギラギラした照明が灯りだす光景。アワユキは椅子に腰掛け、眼下に広がる見慣れぬ景色を眺めていた。とても静かな時間にウトウトと眠気がきて、ベッドへ前のめりに、ずぅんと倒れ込む。朝早くから緊張させられ、長い運転、初対面の父娘の大きな声、疲れないわけがない。アワユキは、溶けるように眠りに落ちた。
「・・・ん、眩しい。・・・へ?」
アワユキは昨日夕方から、白衣を着たまま、しっかり寝た。頭をボリボリ掻きながら窓の方に向かうと、住民たちが少しずつ動き出している。
「ビル街の人々は、働き者なのかな~」
寝過ぎて、頭が冴えない。ぼんやり眺めていると、窓の外に浮遊ロボが現れた。ビクッ!と体が硬直するアワユキ。浮遊ロボも微動だにせず、アワユキを見ているようだ。声かけても仕方ないし、軽く手を振ってみた。すると、浮遊ロボはどこかへ飛び去った。
「・・・カーテン閉めずに寝ちゃってたから、もしかすると、夜中も覗かれてたかも?白衣のまま寝てたから、"異常"と思われ監視対象だったか?はぁ、シャワー浴びよ」
身支度を整え、ようやく目が覚めたアワユキは、宿泊しているホテル近くにある薬問屋ビルに向かった。
離れた場所からでも一目で分かる薬問屋ビル。売り場が入っている低層階は、年数が経ち、深く濃いザクロのような赤色になった壁をしている。1階が薬草各種が大きな籠に入れられひしめき合っている。乾燥物、抽出物、さまざま用意してある。2階には高価な薬の原料と調合に必要な道具類があり、3階は衣類と事務所がある。4階以上は、薬問屋関係者優先の住居として利用されている。
薬問屋ビルに近づくにつれ、独特の匂いが漂ってくる。この複数の薬草が混ざった匂いは苦手な者が多く、妙な輩が近寄ってこないため"聖域"と呼ぶ者もいる。
アワユキは出入り口が開放された1階店内を順に見ていく。たくさんある乾燥した薬草のはいった籠に頭から全身入りたい衝動を抑えつつ、手にとって香りを嗅ぎ、質を確かめる。一通り見た後、受付カウンターに行き、注文用紙に書き込んで、数日後に取りに来るよう段取りをして料金を先払いする。
次に2階、先日ゼンザイが飲んだ一番強い薬草酒には貴重な樹の皮が使われており、その在庫補充のため訪れた。値段交渉するも相手にされず、逆にサイズの合った白衣を着るようイジられる始末。他にも、いくつかの貴重な原料を購入し、カバンに収め、そのまま3階へ。
3階の売り場は狭い空間だが、白衣や病衣といった専門用途の衣類が取り揃えてある。アワユキは真っ先に白衣コーナーに行き、手に取り、眺める。
「あら~、お客さん、年季入ったもの着てるわね~。物持ちいいの?」
「ども。これは、雇い主からのお下がりでして。アタシの背格好でも合うものありますか?」
「ここは薬問屋ビルですよ、いろんな街から仕入れてくるので、デザインもさまざまあります。そうですね~、こちらいかがでしょう?」
「え、これ白衣?」
店員が各種ある中からアワユキに見せたものは、コートのような腰を細く絞ってる丈の長い姿。試着してみると、ロングスカートのようにも見える。
「お客様のようなショートボブな髪型ですとカッコよさがあり、ロングな方ですと知的なお姉さんという印象。そのように着ている方を選ばず活かすのが、この白衣ではないかと思います」
店員の褒め持ち上げる言葉に、アワユキが他の白衣を見ることはなかった。
「この白衣コートを3着買います!」
「あら、名付けされましたか。では、その"白衣コート"をご用意致します」
「あ、ちょっと待ってください。1着は、着て帰ってもいいですか?」
「えぇ、構いませんが、今、着ておられるものはいかが致しましょうか?」
「借り物なので、持って帰ります」
「では、そちらの白衣は、一緒に袋に入れますね」
待ち時間、何度となく鏡の前に立つアワユキ。やはり、大きさの合った白衣と着心地の良さを実感していた。周囲から見ても、その白衣コートがアワユキには、よく似合っていた。
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