第6話 貸切になった店内で
[薬草と酒]店内で黒スーツのゼンザイが一人で来店してきた。冴えない表情でアワユキに「この店で一番強い酒を」と注文する。
アワユキは、円筒形装置のバルブを先に調整し、その間に薬草棚からいくつか取り出し、装置に投入した。蒸気を一気にあて、円筒形装置の蛇口をひねると、ドロリとした濃厚な黒い液体が注がれた。そして、ゼンザイの前に黒い液体の入ったショットグラスと水の入ったグラスが置かれた。
「お待たせしました。一番強いお・・・」
ゼンザイは、アワユキがカウンターにショットグラスが置いた途端、飲み干そうとした。
「んごほっごほっ!お゛ぉぉの゛を゛~」
「ほら、早くお水飲んで」
アワユキに言われるままにゼンザイは水を飲み干した。カジャクとサイプレスは、苦笑いをしている。
「あの~、ゼンザイさん。この強い薬草酒は変わってるので説明を聞かないと、喉に絡みついて焼けますよ。というか、焼けたから、むせるんですけどね」
「げほっ」
「普段飲むのなら、ショットグラスに少し水を垂らすんです。そうすると、パッと香りが開いて、霧が立ち込める森の中にいるような独特の神秘さが香って感じられます。お酒なのに瞑想しているほど落ち着けるものなんですよ・・・値段は高いけど」
「ん゛ん゛~、このショットグラスに残った量でも、それは感じられるのかい?」
「声が戻ってないし、喉にまだまとわりついているでしょうから、もう水割りにして飲まれたらどうです?残りがもったいないから、ショットグラスをこの前みたいに3倍くらいの大きさに変えてみてください」
「分かったよ」
カジャクとサイプレスは、この会話を聞いて『何言ってんの?』と思い、ゼンザイを眺めた。
ゼンザイはアワユキに言われた通りに動いた。両手をショットグラスの上にかざし、右手を上へ、左手を左側に動かして、全ての指を大きく広げた。すると、ショットグラスがこの店で出す通常のグラスの大きさになった。それを確認して、アワユキは氷を入れ、水を注ぎ、マドラーで軽くかき混ぜる。
「何だよ、それ!何したんだ!」
「手品?いや、中身入ったままだし・・・え、アワユキちゃん知ってて言ったよな?」
カジャクとサイプレスが目を丸くして叫んだ。無理もない、物理法則を無視したガラスの形状変化はありえないこと。何度も顔を見合わせ、カジャクはサイプレスの二の腕をつねり、お返しにサイプレスはカジャクの耳を引き下げた。
「痛ぇ。酔ってはいるが、現実なんだ。やはり、手品だよな?」
カジャクが、アワユキに聞いた。
それを聞いて、アワユキはゼンザイを見た。
「水割りでも、この神秘的な香りは素晴らしい。後で話してあげるから、まだ飲ませてくれ」
ゼンザイは、そう答えるとグイグイと飲み続けた。カジャクは頭をポリポリと掻き、アワユキはチラッとカジャクの方に視線を送る。
それから、あまり時間が経たないうちにゼンザイは虚ろな表情になった。一番強い酒を飲んだため、短時間で酔いが回る。カウンター上の照明を見たり、
「水、飲まれます?」
「・・・いや、さっきと同じものを炭酸割りで頼むよ」
「はい~、分かりました」
アワユキは、こっそりとアルコール度数を下げた状態で、ゼンザイに炭酸割りを出した。
「やはり、この香りは素晴らしい」
ゼンザイは一口飲んだ後、出入り口のドアを指差す。カチャッ!と音がして鍵が閉まり、カーテンが勝手に閉じた。
カジャクが少し低い声でゼンザイに言う。
「おいおい、オレらに何かするつもりか?」
「ただ話をしようかと思うだけだ。この3人に話をするので、途中から来られても面倒だから鍵をかけさせてもらった。さて、アワユキのお嬢さん。先日、ここで『この地形を作ったのはボクだ』といった話をしたのを覚えているかい?」
「えぇ、テレビ見ながら、映像にあった地形は自然物ではないってやつですね」
「あれは、統合管理者のボクが世界を統合して残した形。まず、この世の成り立ちから話そう。そもそも、この世は設計主任によって設計された世界で自然から生まれたのではなく、作り出された世界。実験的な場所だ。植物だけの世界から、動物を配置してみて、人間も置いてみた。しばらく放置してみて、進化や成長というものが見られる中、争いが起きた。そこで、争いの有無で世界がどうなるのか、並行した世界に分離させた。争いがあった世界は、奪い合うだけで滅びた。争いが起きなかった世界は、落ち着きを取り戻したが、また技術の進歩と共に争いが生じる。その都度、並行世界を分離させ続けた結果、
額を拳でグリグリと擦りだしたサイプレスは、アワユキに言った。
「あの、お酒くれる?爽快で刺激的なやつを炭酸割りで。カジャクにも作ってやって」
「はい、お待ち下さい」
アワユキは注文の品を作り、アワユキ自身も同じものを飲もうかと考えた。
爽やかな香りとパチパチと炭酸が弾けるグラスがカウンターに置かれ、その間、ゼンザイは黙っていた。
皆が一口飲んだ後、ゼンザイが話しだした。
「設計主任は考えた。人間がいることで争いが生まれる。機械生命体というものだったら違うのか?密かに生物が滅び、ただ荒廃した世界に生み出された機械生命体に命令を与え、放った。稼働し続けることと、複製体を生産すること。経過を観察すると、自ら考えた機械生命体は試行錯誤と研鑽の結果、300年程度で資源確保から生産への運用を安定させた。しかし、問題は起きる。資源は限りがある。そこで設計主任は統合管理者たちに機械生命体に有益となるよう世界の統合を指示した。身勝手な争いで世界を滅亡させた複数世界を機械生命体の世界と統合する際、金属等有益な資源を統合時の衝撃で破壊消滅させるわけにはいかない。そこで、化石として発掘出来るよう地中に取り込ませた。現在、機械化石として、この場所でも発掘されているが、それは、滅んだ世界にいた機械生命体を機械化石ノジュールとして資源として蘇らせるためだ。人間と関わった機械生命体は、どうしても争いを起こし、滅んでいる」
ほろ酔いの3人は、ゼンザイの話に聞き入っていた。それも細工があった。ゼンザイは、人間の記憶に残るよう独特の周波数で発声し、ゼンザイの前にあるグラスはビリビリと共鳴し振動し続けていた。
話の区切りになったため、ゼンザイがアワユキに皆と同じものを注文した。
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