第5話 薬草酒
仕事斡旋所で作業員たちが高報酬に盛り上がる中、アワユキは自分の店に帰っていった。
急遽、地下の発掘現場作業を手伝ったため、白衣は汚れ、もちろん汗だく。店舗2階へ階段を上っている時に自身の臭いに改めて気付く。
「うわっ、汗と埃の臭いがすごいな。洗濯機回して、シャワー浴びて、まずはそれからだよ」
念入りに体を洗ったアワユキは、服を着て、髪をタオルで乾かしながら、ようやく椅子に腰掛ける。さっきまで、地下でのさまざまな機械の騒音を聞いていて自分の部屋に戻ると、洗濯機のグォングオンと回る一定の音。その音の違いや静けさに脳が追いつかず、余計に疲労を感じてしまう。椅子の前にあるテーブルにうなだれ、ぼーっとする
「・・・眠い。ベッドで寝るか、いや、4~5時間は深く寝てしまいそうだ。サイプレスさんが店に来るって言ってたから、ベッドはマズイ。このテーブルで、いや、床で寝てしまえば、体が痛くなって起きるのではないだろうか・・・」
結局、テーブルで寝息を立てる。
リン リリリリリン
「んがっ、痛っ!」
1階店舗にある電話の音で飛び起き、テーブルに肘を押し当て、鈍い痛みをこらえつつ、階段を下りるアワユキ。
「ぁ゛ぃ、もしもし?」
「なんだ、その声?カジャクだけど、今から行っても構わないか?」
「え゛~、今何時・・・すみません。寝癖直すんで、少し時間ください」
「はっはっは、30分後くらいに顔出すよ。ちょっと話あるんでさ~」
「はい、すみません。準備します」
アワユキは、階段を上りながら手ぐしで髪を整え、替えの白衣をクローゼットから取り出し、羽織った。改めて1階に下り、鍵を開け、カジャクを待つ。
「ども~、お邪魔します~」
「いらっしゃい、カジャクさん」
「あれ?今日って、皆の稼ぎが良い日だろ?他の客いないのか?」
「あははは、ここって一応『薬草店』なんで、食事しながらワイワイ飲みたい人たちには合わない場所ですよ。3~4階の飲み屋に行ってるでしょうね」
「そうだなぁ。2階にある店って、飯食うってのも軽食だもんな」
「さて、何かご注文はありますか?」
「爽やかな柑橘系って出来る?」
「はい、お待ち下さい」
アワユキは、壁際にある薬草棚からいくつか取り出し、円筒形装置の抽出部分を引き出し薬草を投入した。レバーを引き、いくつかのバルブを開け、コォォォという装置が動き出す音がした。
その作業をカウンター越しに見ているカジャクがアワユキに言った。
「ん、アワユキ、背が伸びたのか?白衣小さく見えるが」
「いやいや、20代半ばで、もう伸びないでしょ」
アワユキは、白衣を引っ張ったり、袖や丈の長さを改めて見てみる。また、腕を伸ばして内側に動かしてみた。
「あれ~、パツパツになってる。太ったわけでもないし、ん~、さっき洗ったやつも普段の仕事には困らないけど、作業ロボは運転しづらかったな」
「縮んだというよりも、アワユキのサイズに合ってないよな?あれ、ハブタエ先生のだろ。あの人、男でも小柄な方だからアワユキの背丈にはちょいと小さめ。今、着ている白衣もズボン履いてるからいいけど、素足ならミニスカートって感じがするぞ」
「うわぁ、買い替え時なんでしょうね。ビル街の買い出しついでに、薬問屋ビルで白衣買わなきゃ」
ぶつぶつ言いつつ、円筒形装置から鮮やかな黄金色の液体をグラスに注ぎ、炭酸で割り、カジャクの前に置いた。
「お、いい香り」
カジャクは一口飲み、鼻から抜ける柑橘の香りに満足げだった。
「あ、そうそう、ただ飲みに来たんじゃなくて頼み事があるんだよ」
「なんです?」
「さっき言ってたビル街への買い出しついでに、ウチの整備会社に寄ってさ、社長の娘をこの崖の街に連れて来て欲しいんだよ」
「アタシは、すぐに帰って来れないですよ。行くのもバスだし、時間も正確じゃないから」
「その辺は問題なし、ウチの車を使っちゃって。もちろん、諸経費は出す。本来ならオレが行くんだが、嫁さんの実家から『出産に立ち会え!』って急に言い出してさぁ。その話を社長に連絡したら、オレの代わりに娘を出向させるんだって」
「まぁ、お産は大変だから旦那さんがいるべきなんでしょう」
「これまでの5人の子供にも立ち会ったけど、結局、嫁さんから腕をギューッ!て握られて、その痛みで毎回涙出るのよ」
「骨の折れる話ですね」
カジャクと話していると、店のドアが開いた。
「あれ、カジャク。奥さんいないから、早くから飲んでるな」
「おぅ、サイプレス。オレは、アワユキに依頼があって来てんの」
「いらっしゃい、サイプレスさん」
「昼間はありがとね、お疲れさん。はい、これ、今日の支払い」
「あ~、臨時のやつね。お、その封筒厚み結構あるな」
「はい、受け取りますね。どれどれ・・・わっ、立派な白衣買えるかも!」
アワユキが受け取った封筒には報酬額が入っており、十分な札束だった。
「白衣?そうだな、今着ているのは、洗濯して縮んだように見える。大人が子供服着てるっぽいな」
「言うねぇ」
「この白衣はハブタエ先生の物なので、アタシにはサイズが合わなくて。さて、何か飲んでいかれませんか?」
「カジャクが飲んでるやつをオレっちにもくれるかな?」
「真似っこか?これ、すんげぇ爽やかだぞ。オレにも同じのをもう1杯作ってちょうだい」
「はい、お待ち下さい」
アワユキは、カジャクとサイプレスに薬草酒を作り、提供した。また、便乗してアワユキも同じものを飲みだした。
カジャクがアワユキにビル街にある整備会社の場所を説明して、ビル街について話し込んでいると、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ~。あら、今日はお一人ですか?」
「うん、そうだよ」
店内に入ってきたのは、ゼンザイだった。どんよりと表情の冴えない顔をして重い足取りでゆっくりと歩いてきた。
「今日は、どういったものをお出ししましょうか?晴れ渡る気分になる調合もありますよ」
「・・・何でもいい。この店で一番強くて酔える薬草酒を頼む」
「はい、分かりました」
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