第2話 崖の街

 [薬草と酒]という薬草と薬草酒を出す店で、珍妙な3人組が来店した。なんとも理解しがたい、ぶっ飛んだ内容を聞かされ、その余韻からか、アワユキはうなされ寝付きが良くないまま、朝を迎えた。


 店の2階にある住居で寝ていたアワユキは、電話のベルの音で起こされる。


 リン リリリリリン


 パジャマ姿のまま階段を下り、背中をボリボリ掻きながら、1階カウンターにある電話の受話器をようやく取った。


「はぁぃ、もしもし?」

「おはようさん、カジャクだ。頼んでた"酔い止め"出来てるか?」


「あ~、『奥さんがお産のために帰省するから、乗り物酔いを抑えたい』って言ってたやつですね。在庫があるんで渡せますが、出発予定より早くないですか?」

「実家から催促されたんだと。『街と言っても、崖の中で洞穴ほらあな生活だから、胎児に影響が出る!』って言われたって。オレ、もう子供6人目なんだがな」


「あっはっはっはっは、よその人は、ここの生活知らないでしょ。崖の中で2階建ての家が当たり前のようにあって、地熱発電や真水・温水も使えて、窓が極端に少ないけど、昼夜で照明が変わる場所。学校がないのは難点だけどね」

「そうなんだよ、5人の子供はビル街の学校で寮生活させてる。で、今から取りに行って構わないか?」


「分かりました。アタシも着替えて、薬草渡せるようにします」

「あ~、それじゃ、30分後に伺うよ」


 アワユキは、また2階に上がり、顔を洗い、歯を磨いて、着替え、白衣を着る。そして、階段を下りた店裏部屋にある薬草棚から調合済みの乗り物酔い止め薬包紙を取り出し、また別の紙袋にまとめた。それから、店に移動。店の照明をつけ、出入り口の鍵を開ける。


 店の外に出ると、日中の照明が通路を照らしている。崖の街の通路は、朝から昼の間は明るい照明になり、夕方から夜の間は薄暗くなる。通路の壁や天井には多くのパイプが張り巡らせてあり、天井隅に一定間隔で換気用の円筒型送風機がある。その隙間に照明が設置してある。この混雑した設置物がいつ頃から設置してあるのか詳しくは知らないが、ロボットたちが人間に協力したらしい。それが、地上6階層分の崖の街全体に行き渡っている。


 アワユキが通路を眺めていると、カジャクがやってきた。


「おーい、取りに来たよ。って、何、通路がどうかしたのか?掃除ロボが、またひっくり返ってたか?」

「床掃除の巡回ロボね、たまにジタバタしてる。アタシは崖の街に来てまだ4年だから、この構造とか光景が不思議なんすよ。さぁ、店内にどうぞ」


 2人は店に入る。アワユキは薬草の入った紙袋を渡し、カジャクは代金を支払った。


「しかし、4年いたら、さすがに生活も慣れたんじゃないのか?」

「えぇ、極端に窓のない生活や階段が無くて車両用通路で1階から6階まで歩くってのも、いい加減慣れました」


「昔はこの通路って車両が通れたんだが、ロボットとの事故があってな。ロボットたち機械文明の存在が、この崖をくり抜いて、人間が勝手に住み着いた。地下の機械化石発掘を人間が手伝うのは喜んでくれたが、事故で邪魔しちゃうのはマズイよな。それから、5~6階のロープウェー乗り場以外、人間が車両に乗るのは荷物運びと車両整備に出すくらいで、他は自粛してんだよ」

「・・・そもそもの話、聞いていいですか?」


「あぁ」

「みんな言ってるから"機械文明"とか"機械化石"って表現使いますけど、何なんです?」


「ん?オレからの依頼で、アワユキは掘削ロボット操縦覚えて、発掘バイトしたよな?その時に言わなかったっけか?」

「操縦に必死だったし、記憶飛んでます」


「この世界というか、この地域は特に~」


 リン リリリリリン


 アワユキは、電話を取った。


「はい、薬草店です。あ、はい、来ておられますよ。・・・承知しました~」


 受話器を置いて、アワユキがカジャクに言った。


「カジャクさん、奥さんが『時間がないっ!』とお怒りでございます」

「はぁっ!話の続きは、また今度な!急いで戻らねばっ」


 カジャクは、大急ぎで薬草を持って出ていった。


 アワユキが、開いたままの店のドアを閉じようとすると、通路に薄型直方体の掃除用ロボが裏返しになっており、その上空を本体上部からアンテナがビヨ~ンと生えている少し丸みを帯びた立方体のロボが、ふわふわと浮遊している。


「どうしたの~、ひっくり返った?」

「掃除ロボ 裏返シ」


 アワユキは、掃除ロボを元に戻してあげた。掃除ロボは、床掃除行動に再開した。


「浮遊ロボちゃんは、道案内とか大体のこと出来るのに、腕は付けてもらえないの?」

「腕 装着部ナシ ナノデ コノママ」


「ちょっと聞いていい?どうやって浮いてるの?」

「動力源ハ "ピーガガッビー"」


「ピガー?人間が分かる言葉では説明出来ないの?」

「"ピーガガッビー" 他言葉ナイ」


 浮遊ロボは、巡回に戻っていった。また謎が増えたアワユキは、店内業務に戻る。


 アワユキがいる[薬草と酒]という店。崖の街2階の北東角にあり、その隣が診療所。診療所の薬草調合のために建てられた場所で診療所の医師ハブタエが診療の傍ら、薬草を仕入れて、処方・調合等行なっていた。ハブタエが患者対応で忙しくなり

求人募集して、アワユキが雇われた。当時、薬草知識のないアワユキは、ハブタエの持つ文献で学び、一通りの知識を得た。それから、建物の増改築が行なわれ、[薬草と酒]という看板も取り付けられた。


 薬草店が出来た後、ハブタエは言った。


「ワタクシ、知識と経験不足だから、もっといろんな現場を見て回るよ。3階にも診療所あるから、患者はそっちにも行けるし」


 と言って、アワユキに大量の文献を預け、崖の街から離れ、放浪の医師として修行に出た。唖然とするアワユキ。


 仕事を放り出して、他の地域に引っ越すことも出来たが、営業するもしないも自由なため、アワユキはこの薬草店で、もがいてみた。昼間の短い時間だけ営業し、他の時間は薬草調合室で文献に掲載されている調合手順を試し、より良い成分抽出方法や

水・お湯・油に成分が溶け出す確認を何度も実験し、酒に混ぜ合わせることも自ら飲んで試した(えぇ、飲まないとやってられなかったんで)。

 ハブタエ考案し、アワユキが改良を重ねた薬草蒸留器が今では3台店内に設置され、薬草成分の組み合わせにより、患者・客の要望に合った成分抽出と混ぜ合わせた酒を提供出来る。

 また、薬草調合室の壁には、たくさんのメモ書きが貼り付けられている。成分比較や相乗効果、効果を打ち消し合う成分といった、たくさんの研究結果を残したアワユキの努力の成果だ。この努力により、お金がなく診療所に行けない人間たちの拠り所にもなった。

 アワユキは対処療法として薬草処方は行なうが、3階にある診療所や他の街にある病院に行くことも、もちろん勧めた。客はアワユキの話を聞きはするが、現実逃避のために酒を飲むことが多く、一攫千金を狙いすぎる機械化石発掘の影響だと、アワユキは心を痛めている。

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