崖の街、白衣と黒スーツ
まるま堂本舗
第1話 3人の客
店内には、さまざまな薬草の香りとウッドベースの音色がゆったりと重厚に響くレコードの音楽。カウンターの内側に白衣を着た背の高い女性と客席側に黒スーツと黒ネクタイ姿の客3名。
白衣の女性は、困っていた。注文以外、無言のまま、ちびちびと薬草酒を飲む3人。すでに、レコード1枚聞き終わっており、2枚目も終盤。ちらちらと見て、客の情報をつかもうとするが見た目も厄介。特徴が曖昧だった。
入口近くにいる人物は、背が高く、キレイな輝く長い金髪で細面色白。喉元はシャツで隠れ、手の甲や手首の太さでも性別の判断がつかない。男性のようで、女性にも見える。
真ん中にいる人物は、サラサラな黒髪でショートカット、背は少し低め。肌に透明感があり、少年のような見た目をして、また性別不明。
一番奥にいる人物は、白髪のオールバックで小柄な体型。目尻等、顔のシワの入り方から高齢であるようだが、爺さまとも婆さまにも見え、なんか超越している。
白衣の女性は、眉間にシワを寄せ、いぶかしめに3人を眺め、独り悩む。
やがて、2枚目のレコードも曲が終わる。一つのきっかけと、思い切って声をかける。
「あの~、お客さん方。テレビつけてもいいですか?ちょうどニュースやってる時間なんで・・・」
静かに頷く客たち。
これ幸い!と、カウンターの入口近くに置いてあるブラウン管の丸い形状をしたテレビをつける。
「この時間は、前回好評でした世界の名所をお送り致します。今回は、山々が重なり、食い合った山脈を映像に収めました。詳しくはCMの後っ!」
CMが流れ始めると、金髪の客が口を開いた。
「無理矢理に"統合"するから、自然物にない造形が生まれるんだ。誰かさんが推し進めた結果だよ」
それに対して、黒髪の客が声を荒げる。
「事あるたびに"並行"させるから、管理が行き届かなくなったくせに。後処理を任される身にもなってみろよ」
言い争っている横で、白髪の客が言った。
「あ~、もう1杯もらえるかな?」
「はい、分かりました」
白髪の客の前に移動し、白衣の女性が改めて尋ねる。
「次は何にされます?体力回復、滋養強壮、甘め、苦みを足すとか、調整出来ますよ」
「そうだね、さっきと同じ滋養強壮で、少し苦みを増して、炭酸で割ってもらおうかな」
「はい、お待ち下さい」
新たなグラスを用意していると、さらに尋ねられる。
「あの、名前を伺ってもよろしいかな?」
「はい、アタシはアワユキと言います」
「アワユキさん、その酒を注ぐゴツゴツした装置は何なのかね?薬草粉末を酒で混ぜたら済むんじゃないのかい?」
「あ~、以前は酒に漬け込んで、薬草成分が染み出すようにしてたんですが、熟成期間が間に合わなくなったそうです。この店って、そもそも隣の診療所の先生が始めたんですけど、『単なる薬草より、酒としても飲んで体力回復も出来るんなら~』って薬草酒を提供したら地下で機械化石を発掘している人たちが押しかけるようになっちゃったらしくて。なので、この崖の街をパイプで通っている地熱温水や蒸気を使って薬草成分の抽出や蒸留なんかを出来るよう装置を組み合わせて、薬草酒として提供してます」
「へ~、色々工夫があるんだね。こちらも名乗っておこうか、ワシはラクガン。金髪がシルコ、黒髪がゼンザイという。その二人にも、おかわりを出してやってくれるかな」
「はい、分かりました。ど~も、よろしくお願いします」
横で言い争っている二人は、アワユキに軽く会釈した。
アワユキは、寸胴鍋や箱型の金属容器がいくつも増設された円筒形装置の計器を見て、天井から伸びるパイプと連結されたバルブで流量や圧力調整する。一番下にある蛇口をひねると濃い蛍光黄色の液体が出てくる。それに氷と炭酸を注ぎ、軽く混ぜ合わせられた後、3人に提供された。
「お待たせしました」
空いたグラスを下げ、洗い物をしていると、再び沈黙の時間。黙ってテレビを見ている、とも言える。
名前が聞けたこともあり、少しは話しかけていいだろうと、アワユキはテレビの映像を見て、言った。
「自然って不思議な形を作り上げるもんですねぇ」
ぷっ、とシルコが吹き出し、ゼンザイは眉間にシワを寄せた。
ゼンザイが、アワユキに言った。
「あのね、お嬢さん」
「お、お嬢さん?」
「あんな山が球形にえぐられて、その中にまた山が出来たり、山の中腹から山頂を覆うような捻れた岩山が自然に出来るわけないでしょ!」
「地形の隆起は自然が作り出すものであって、誰かが手を加えられるものでもないですし、あの形状も途方もない年月かかってなったんでしょうし・・・」
酔いが回り、目の座ったゼンザイは話を続けた。
「このテレビ番組は、状況を伝えるという点では良いものだろう。真実には辿り着いてない。というよりも、辿り着けないだろう」
「・・・どういうことです?」
さりげなくアワユキも薬草酒を飲み始め、ゼンザイの回答を聞く。
「自然が作り出すものは、物理法則が働く。極端な形が出来ても、雨風といった環境の力によって崩れ落ちる。それがあの映像見る限りでは形を保っている。だから作られたものってこと。その生み出したのが、ボクってことだよ」
「あは~、酔いが回ってますね~、あはは~」
アワユキはゼンザイが冗談を言ったのだろうと思い、軽い返し方をした。深い溜め息をついた後、ゼンザイは目の前にあるグラスに手をかざすと、形状が変わり、横に2倍広がった。
隣りにいるシルコが頭を抱える。
「ゼンザイ、何やってんの。グラスの形変えるんなら、縦に伸ばすもんでしょ!」
「待て待て!店の道具を勝手にイジくるんじゃないよ!元に戻せっ!」
アワユキに注意されると思っていなかったゼンザイとシルコは、ペコペコと平謝りしてグラスの形を元に戻した。
ひとつため息を付いて、ラクガンが言った。
「お前さんたち酔い過ぎだ。いくら管理者であっても、迷惑かけちゃ~いけねぇな。今日は、帰るか。アワユキさん、会計頼むよ」
「はい~、計算しますね」
ラクガンがまとめて支払い、ゼンザイとシルコはお互いの体に腕を回し、支え合いながら店のドアに向かって歩く。
「迷惑かけたね。また、お邪魔するよ」
「はい、お待ちしております」
ラクガンの声掛けにアワユキが返事をした。そこへ、ゼンザイが言う。
「おい、人間。誰に・・・創造されたか、考え・・・ながら・・・生きたまえ」
「飲み過ぎて、やっとしゃべってるじゃないですか。そういう大事そうな話は、ほろ酔いで聞かせてください」
シルコが手を振り、3人は店から出ていった。
アワユキは、お酒の席であるよくある光景だと思っていたが、洗い物をしている時、グラスの形を変えられたことを思い出し『手品?錯覚?』と?《ハテナ》が脳内に溢れ、耳からこぼれだしていた。
それから閉店作業をして、アワユキは店の2階にある部屋で眠りについた。
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