第22話 旅館視察③
昼食として、魚の塩焼きを食べた。この島の周辺に生息している魚の味は、塩の塩味とよく合った。
そのあとは、打たせ湯、サウナ、露天風呂などを巡って、客室のほうへと移った。
「客室エリアに入るときは、濡れたバスローブを所定の場所に返却する、と」
ここまではバスローブもどきを着て歩いたが、客室エリアでは、浴衣ないし、自由な服装で歩くこととなっている。
結局、俺とアナスタシアは、用意してもらった浴衣を着た。俺は藍色、アナスタシアは、黒である。
「あ、すみません。お部屋の視察をさせてもらってもいいですか?」
客室の鍵を管理している幽霊族のスタッフに声をかけた。黒髪は腰のあたりにまで伸びていて、前髪で目元が隠れて見えない、白装束の女性だ。……和風の幽霊の種族もいるんだなぁ。
「ん、ええ……はぁい……」
「あの……もうちょっと元気を出して、生き生きと接客をしていただけると……」
経営者として、ここは指南しなくてはならない。接客は第一印象が勝負。明るく、シャキッとした態度で、身だしなみも整っていてほしいものだ。
「ウチ、ゴースト族なんすよ……死に瀕しているんっすよ。そんな人に、生き生きとしてって言われても、無理っすねぇ~……できないっすねぇ……」
「あ、それは失礼いたしました……」
あれ、人事のミスかな……?彼女は接客よりも、裏方のほうが向いていそうな気がする。
まあまあ、本営業までは時間があるから、後で考えるとしよう。
ゴースト族の接客スタッフから部屋の鍵をジャラジャラと受け取って、いよいよ客室へ。
赤い絨毯が敷かれた、大正時代の旅館みたいな雰囲気の廊下を歩いて、部屋の前へ。鍵を開錠して、襖を開けると、部屋の全貌を見渡せた。
「アナスタシア、和室では、入り口で靴を脱ぐんだよ」
「え、そうなの?」
「和室の部屋では、ね。洋室なら脱がなくてもいいけど」
アナスタシアにとっては、初めての和室である。
一応、様々なニーズがあることを想定して、和室と洋室の両方を作っておいてもらった。ベットで寝るか、布団で寝るか。靴を脱ぐか脱がないかなど、違いは様々。和と洋の部屋分けによって、より多くのお客さんを呼び込む計画である。
……ちなみに、俺は床に敷いた布団じゃないと熟睡できないタイプだ。前の世界で住んでいたマンションでも、床に布団を敷いて寝ていた。
「この旗はなに?」
「掛け軸って言うんだよ」
室内をキョロキョロと見渡すアナスタシアがはじめに興味を示したのは、床の間の掛け軸。日本語で、でかでかと『温泉』と書かれている。この世界の文字であるギルア文字は、形がペルシャ文字のような、曲線豊かな形をしているため、和室には合わないと思ったので、俺しか知らない日本語をあえて書いてもらった。
やっぱり、墨の黒と和室の趣きには、カクカクした形の日本語がしっくりくる。
「床のこれは?干し草?」
「
畳は、本来の素材であるイ草や和紙を使っておらず、王国で採れる樹脂を使っているので、懐かしい香りはしないのだが、肌触りは、畳そのものであった。
「ベットがないから……地べたで寝るの?」
「俺が住んでた国では、そうなんだよ。ちょっと抵抗感ある?」
「うーん……抵抗感はあんまりないけど、ちゃんと寝られるか分かんない」
まあ、西洋的な習慣が根付いている文化圏の人にとって、床に布団を敷いて寝るというのは、違和感があるのだろう。
アナスタシアは、さっそく布団にくるまっている。……ミノムシみたいだ。
「……あったかい。床で寝るから、寒いのかなって思ったけど、全然冷たくない♪」
「布団って、けっこう厚みがあるから、体温が閉じ込められるんだよ」
お隣、失礼します。
俺も試しに、アナスタシアの真横の布団にくるまってみた。
――嗚呼、なんという温もりと、郷愁を誘う感覚……
ホテルとか、旅館に泊まって目覚めたときの天井を見上げる感覚って、いいよね、なんか。その感覚を思い出させてくれた。
しばらく布団にくるまってゴロゴロした。外の空気がひんやりとしているので、出るために気力が必要だった。
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