第21話 旅館視察②

 岩盤浴を出た俺とアナスタシア、それから、ハインケル公の三人。別れ際には、わらび餅をハインケル公にプレゼントしてやった。彼は、子どもみたいに飛び跳ねて喜んでいた。「ありがとう、ミスターペコペコよ!」


……俺は、一礼として、頭をペコッと下げておいた。



 ハインケル公は、家臣たちと合流して、大浴場のほうへと向かった。どうやら、まだまだ温泉を堪能したいご様子。



 俺とアナスタシアは、ハインケル公と別れ、バスローブもどきを身にまといながら、旅館内の大通りを、歩いた。


 途中、みたらし団子を打っている店を見つけたから、立ち寄ってみる。


「いらっしゃいま……ア、アリマさん!?」

「こんにちわ。みたらし団子いただけますか?」

「も、もちろんです!」


 店主は、二足歩行する秋田犬の姿をしていた。台の上で脚をピンと伸ばして、黒いタオルを頭に巻いて、カウンターに立っている。



 俺が財布を取り出そうとすると「タダで貰っていってくださいな!」と言われた。


 少々、申し訳ない感じがするが、みたらし団子を二本、いただいた。


 近くのベンチに座って、いざ、実食。


「あ、俺の知ってるみたらし団子だ……!」

「なにこれ、おいしい!」



 醤油やみりんの製造方法を模索して、砂糖を王国から輸入して、食品開発担当に何度も何度も味の吟味をしてもらった末に完成したみたらし団子は、完璧な味わいであった。


 これには、アナスタシアもご満悦。彼女の柔らかな頬が落ちそうだった。


「タレが甘くて、もちもちしてておいしい♪」



……意外と、和菓子が好きなんだな。


 今度の機会には、おはぎとか、わらび餅も食べさせてあげたい。


「最高です!ありがとうございました!」

「お、おおきに~」



 俺は店主の秋田犬の小さい手をぎゅっと握った。



 和菓子の開発、販売は、滞りないようで、味も申し分ない。それが確認できてよかった。



****



 次に俺とアナスタシアが訪れたのは、普通の大浴場。俺たちが以前働いていた鉱山の源泉をここまで持ってきている。


 バスローブもどきを着ているため、そのまま入浴することができる。舞台のステージ上ぐらいある広さの温泉を、アナスタシアと二人占めである。


「はああああ~やっぱこれだなぁ」


 

 思わず、口から息が漏れた。


――この湯の温かさ、立ち上る白い湯気、流れ着いた源泉が湯の表面を打つ音、大窓から覗く雄大な島の景色……鬼怒川温泉のホテルで、こんな浴場があったな~と思い出した。


「アリマが前に生きてた世界には、こんな場所があっちこっちにあったんでしょ?羨ましいな~」


 隣で足を伸ばしたアナスタシアは、自らの腕を撫でた。



「そうだなぁ……俺が住んでたところは、【にほん】って言って、この島よりもずっと大きな島国で、緑豊かで、人もたくさんいて、芸術も歴史もサブカルもおもしろい場所だった。伊香保温泉とか、別府温泉、草津、城崎、下呂、鬼怒川、熱海、道後、有馬……こういう温泉地が、ほんとうに沢山あるところだったよ……」


 温泉巡りが趣味でよかった。だからこそ、異世界に来て、こんな壮大な夢を形にすることができた。



 もう、あれらの素晴らしい場所に戻れないかもしれないと思うと、寂しい感じだ。かつて巡った旅の記憶だけが、俺の頭の棚の奥深くにしまわれている。


「え、有馬温泉っていう場所もあったの?」

「ああ。俺の苗字と同じ呼び名の温泉地があったのは、運命だったのかもしれないな」  

「私、いつか、アリマが前に生きてた世界に行ってみたいな~。その【にほん】っていうアリマの故郷も、見てみたい」

「元の世界に戻れるかどうかは、神様次第だなぁ……非力な俺じゃあ、どうしようもないよ……」



 隣のアナスタシアは、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせている。


 今現在まで、元の世界に戻る術は見つかっていないし、俺をこの世界に送り込んだ張本人は沈黙している。それは神か、それとも悪魔か、はたまた魔法使いか、魔王なのかすら、分かっていない。



――アナスタシアと熱海の大江戸温泉に泊まりに行くという夢は、おそらく、実現できないのだろうなぁ。


「でも、俺は、今のこの世界のほうが好きだな。アナスタシアみたいなかわいいエルフがいるし、ガランドとか、ドワーフ族とかとか……色んな頼れる人がいて、村の人たちも優しいし、こんなデッカい旅館も建てられたし」


 湯で顔を拭う。水面のパシャっという水音が、やっぱり心地よかった。



「もう、やめてよ~『かわいい』とか言われると、恥ずいからっ!」

「はいはい……」


 アナスタシアに、ぺしぺしと肩を叩かれた。



 将来の夢を描きながら、ゆったりと温泉に浸かる……こんな世界であるならば、前の世界に戻れなくてもいいような気がしてきた。勤め先の人とか、両親は今頃、忽然と姿を消した俺のことを探しているのだろうか……



 警察に捜索願を出されていても、何らおかしくないな。



――今は、暗い想像はそう。どこまでも深い闇に溺れてしまいそうな気がしてきた。


 

 のんびりした時間が、ゆっくりと過ぎ去っていく。




――ここが、紹介された通りの【理想郷ユートピア】なのだろうか。



 いや、たとえ違ったとしても、俺がここを【理想郷ユートピア】に変えてやるぞ!



 そんな深いことを考えていたら、どうやら長い時間湯に浸かっていたらしく、のぼせてしまった。


「出るか。昼食に、塩焼きでも食べよう」

「わーい。アリマの奢りね~」

「分かったわかった、奢ってやるから……子どもみたいに、はしゃがないでくれ」

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