第20話 旅館視察①
旅館と温泉が完成したとはいえ、自分の目で、温泉の出来栄えや
俺とアナスタシアの視察は、念入りに行われた。
やっぱり、お客さんを「おもてなし」する側としては、実際に温泉に入ってみたり、客室の感じを肌で感じたりしておきたいところ。
さっそく、俺とアナスタシアは浴衣を脱いで、白いバスローブもどきに着替えた。
「うう……この時期は、ちょっと寒いかも……」
アナスタシアは、自らの腕を抱えてブルブルと体を震わせた。
旅館は、吹き抜けになっているところがあって、風が入り込んでいる。空気の循環のためで、湯気、煙の滞留を防ぐ効果があるのだが――こんな風が通り抜ける通りをバスローブ一枚で歩くには、寒かった。
「そうだなぁ……盲点だった。対策、考えておかないとな……」
特に、ローブから飛び出ている足先が冷える。冷え性持ちの俺としても、辛いものがある。あとは、温泉から外気にさらされたときの温度差によるヒートショック※も心配される。
※温度の急激な変化によって血圧が上下し、心臓や血管に負担がかかることで、心筋梗塞や脳卒中などの発症につながる健康被害のこと。
とりあえず、寒いので、近くの湯に浸かることにした。
煎餅が売られる予定の売店からちょっと歩いて、岩盤浴エリアを発見する。……設計、監督をした俺ですら、地図が無ければ迷ってしまうぐらいの迷宮が、この本館である。
「岩盤浴……?」
「これは、お湯に入るんじゃなくって、温かい石の上に寝転ぶんだよ」
岩盤浴とは、温めた天然石や岩石に横たわる温浴方法だ。遠赤効果で身体を内側から温め、発汗を促し、老廃物を体の外へと出す効果があるらしい。
興味を示したアナスタシアとともに、
「ああ、ミスターぺこぺこ!久しぶりだね。早速、お邪魔させてもらってるよ」
またその呼び名かいっ!?
温泉開発と旅館建設のために巨額のお金を出資してくれた、この島を含む領地を支配している、ハインケル公だった。
彼の資金力のおかげで、この巨大旅館が建設されたと言っても過言ではない。温泉開発と、旅館建設の費用、建材の費用に、提供される料理の食材の調達費、功労者たちへの賃金……それらを総合した内訳は、ハインケル公4割、王立銀行の融資6割という具合。
「お、お久しぶりです、ハインケル様。おかげ様で、温泉と旅館の完成に漕ぎつけることができました」
「良い仕事であった、アリマよ。世は、大満足であるぞ」
そう言いながら、彼は、岩盤の上で眠りに落ちそうになっている。護衛の兵士やメイドもつけず、彼一人で。
そのお隣へ、失礼します。
俺は、ハインケル公の隣の石の上に仰向けになった。さらに俺の隣には、アナスタシアが。
「はぁ……疲れが抜けていくなぁ~」
「あったかくて、眠くなっちゃう……」
天井の木の木目を目線でなぞっていると、心地よい眠気を誘われた。隣のアナスタシアも、リラックスできているご様子。
閉じかかった
「この石……ただの石ではないな?どのような仕組みで温まっているのだ?」
「これは、島で採れる魔導石です。火山性の石で、石の内側に閉じ込められた魔力と、それから、石自体から発せられる遠赤外線の作用で温かくなっているんですよ。体の内側から、じんわり温かくなりませんか?」
「なるほど。これも、世はたいへん気に入っているぞ」
「それは良かったです」
お湯に浸かる温浴方法ではないのだが、ハインケル公は、気に入ってくれたようで、もう15分は入っているらしい。
他にも、さまざまな温泉や温浴施設、スタッフサービスに、多種多様な客室もあるから、ぜひ、彼に紹介したいところ。……さらなる資金援助を受けられるかもしれない。
「ねぇアリマ、スタッフサービスでコーヒー牛乳飲みたい」
「はいはい」
俺は起き上がって、岩盤浴エリアの木の壁の囲いの端っこにあるベルを鳴らした。チリン、チリンと、魔法のベルの音は空間を突き抜けて響いて、今も、どこかを走り回っているスタッフのいずれかに届く。
そして、お客様がお呼びだと把握した旅館スタッフが、呼び鈴の鳴った場所へと急行するのである。
しばらく魔法石の上で横になっていると、スタッフが
「すみません、コーヒー牛乳を1つお願いします」
「俺もいただきます」
「では、せっかくだから、世もいただこうか」
駆けつけたスタッフは「ご注文承りました〜」と陽気に言って、また
で、三分ほど岩盤浴で横になっていると、先ほど注文を受けてくれたスタッフが、木製のお盆にコーヒー牛乳の瓶を乗せて戻ってきた。……これだけ旅館内が混雑しているというのに、対応が早い。
「お待たせいたしました、コーヒー牛乳、三名様分でございます」
それから、俺とアナスタシアとハインケル公で、コーヒー牛乳を嗜みながら、岩盤浴でゆったりとした時間を過ごした。長話をするには、温泉やサウナよりも、うってつけだった。
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