本営業までの道のり編
第19話 理想郷の都の牙城を見上げる
王国本土で収穫祭が行われるぐらいの時期(11月ぐらい)には、旅館の大部分が完成した。
ちなみに、旅館の名前は、島の名前をそのまま取って【旅館ガストフ】とした。島の伝統も重視するという考えを反映させた結果だ。
「改めて見てみて、デカいな……」
「やっぱり、絵のイメージで見るのと、実際に目の前で見るのだと、迫力が全然違うね」
完成した巨大旅館を、アナスタシアと一緒に見上げた。一年前、夢に見た旅館を、今から視察できると思うと、胸が躍った。
見上げるほどに巨大なこれは、本館である。ここから二号館、三号館、四号館……と、増築することが可能であり、将来の事業の拡大も見据えた設計となっている。
まあ、本館だけで大きさは十分な気がすけれど。
俺とアナスタシアは、ドワーフ族の方々に作ってもらった【浴衣】を身に着けている。
「アナスタシアの浴衣、かわいいね」
「えへへへ、ありがと。気に入ってたから、めっちゃ嬉しい♪」
金髪に黒の浴衣は微妙かと思っていたが、やはり、アナスタシアは何を着ても似合う。
浴衣を制作してくれたドワーフ族の人々には感謝しかない。建築や鍛冶技術だけでなく、裁縫にも才を持つとは、正直驚かされた。彼らは、手を動かす創作であれば何でもできそうだ。
さっそく、旅館へと足を踏み入れた。
「おお、監督!お疲れ様です!!」
「ついに完成しましたね、やっとですよ!!」
旅館は現在、仮営業中であり、完成まで働いてくれた功労者たちが、お試しで利用中である。ここでは、スタッフが浴衣を、お客さんはバスローブを身に着けている。お客さんはいつでも、目に入った温泉に入れるし、その恰好のまま料理も食べられるという、思いついた本人である俺もびっくりの画期的なシステムだ。
温泉の建設のために大岩の運び込みをしてくれたオーガたちに、手を振り返しておいた。「お仕事、お疲れ様でした」
本館には、打ち湯や露天風呂、岩盤浴にサウナ施設などの温浴施設が一通り揃っており、大部分を客室が占めている。基本は木造で、島の木々のほかに、王国本土やドワーフ族の村の周辺の頑丈な木々がふんだんに使われている。
外装は、四万十温泉の旅館をモデルとした。旅館の中に町があるような構造をしていて、温泉が水路を流れる様子は草津温泉の「
旅館の中の街風景は、城崎温泉の周辺を参考にした。橋とは名ばかりの渡り廊下が点在していて、うっすらと湯気が立ち込め、石畳の並木道が迷路のように伸びる。
「これ、宿というよりも、一つの大きな町だよね……」
アナスタシアは、城のようにも見える旅館の内装を見て、口をぽかんと開けていた。
――そうだ、これこそが、俺が夢見た温泉街である。
アナスタシアを隣に伴って、旅館の中をさらに歩き回ってみる。もちろん、魅力は温泉のみに留まらない。
土産屋、骨董品売り場、和風の茶屋から洋風のレストラン、酒場まであって、和洋折衷の世界が広がっている。
これは、王都の街並みから発想を得た。温泉に加えて、色んな店があったら楽しいだろうなと。
「もう、この島だけで人生満喫できちゃいそう!」
「そうかもなぁ。温泉に娯楽施設に食べ物屋まで、なんでもあるもんなぁ」
足湯に白い足先を漬けながら、三色団子を頬張るアナスタシア。ニコニコとした笑みは究極的に可愛らしく、俺の頬は、紅を刺したように赤くなって熱を帯びた。
相変わらず美しく、可愛らしい人……エルフだ。
彼女の喜ぶ顔が見れただけでも、この旅館を建ててよかったと思える。
「しかし、よくもまぁ、こんな旅館が建ったな……」
「ねー。ハインケル様、どんだけお金持ちなんだよって感じ。あ、アリマのデザインセンスも、もちろん素敵だからね♪」
「おう」
ハインケル公から莫大な資金を得ているが、もちろん、それがすべてではない。不足分は、王立銀行から融資を受けている。これからの経営で、元本の返済をしていかなければならないので、少々不安ではあるが。
まあ、今は、これからの旅館経営の夢をみんなと語り合って、明るい気分でいこうか。
「醤油のお
橋の柵は漆塗り風に赤く塗られていて、艶やかな光沢を放っている。乱立する煙突からは白い煙が立ち上っていて、うっすらと、硫黄の匂いが漂ってきた。異世界感と非日常の演出は完璧。和風と洋風の融合した、大正時代の帝国ホテルのような雰囲気は、俺のお気に入りだ。
行き交う人々は、髭の整った白髪の老紳士から、体の貧相なゴブリンまで。建設に協力してくれたさまざまな人、種族が、新聞や売店の串焼き肉を手に談笑している。
種族、性別、身分にとらわれることなく、すべての人が平等に「温泉」の魔力に魅せられる空間は、まさに、俺が夢に描いた理想である。――みな、目新しい温泉と建築と食文化に触れて、楽しそうだった。
「ねぇ、アリマ」
「ん?」
「おせんべい、二袋貰っちゃった。一袋、あげるよ」
そんな理想の光景をぼーっと眺めていると、肩をトントンと叩く手と、鈴の音のような美声が。
アナスタシアが、俺の分の
「ありがとう」と、差し出された袋を受け取って、バリバリ食べた。――おいしい。味や食感の再現まで、俺がよく知っている煎餅そのもので、完璧だ。
これにて、最も重労働な【③温泉の開発と旅館の建設】は完了である。
さて、あとは実際にお客さんを呼び込むだけである。本格的な旅館経営のスタートが目前に迫っている。楽しみだ。
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