第17話 小さな力持ち、ドワーフ族
招かれた家は、ドワーフ族の村長の家だった。
「初めましてだな。オレは、この村の村長やらせてもらってる【バームシュタイン】だ。みんなから、『バーム』って呼ばれてるから、そう呼んでもらってかまわないぜ」
村長は椅子に腰掛け、短い脚をぶらぶらさせながら、挨拶とした。
俺とアナスタシアは、平均的な人間サイズの、木製の椅子に座って、テーブルを挟み、村長であるバームと対峙した。彼の妻に淹れてもらったコーヒーを嗜みながら、である。
「ここまで来るの、大変だっただろ。道もろくに無いなか、よく来てくれたな」
「まあまあ、大変でした。いろいろと苦労もありまして……」
交渉の前には、雑談を挟んでおこう。少しでも、親身になれればと、こちらとしても努力を欠かさない。
隣のアナスタシアは、コーヒーを一口飲んで、「島からは船で送ってもらって、そこから王都で移動のための足を確保して、馬車に揺られ、森の近くの村から歩きまして……」と、これまでの道のりを、俺の代わりに説明してくれた。
――魔王と交戦したという経験はインパクト絶大だが、村長の誤解や混乱を招きかねない。アナスタシアは、その出来事を伏せてくれたみたいだ。
「早速切り込むが、そこまでして、オレたちの村に来た目的は何だ?よっぽど、大きなものを持ってきたように見える」
髭を撫でるバーム。彼の隣の席には、同じくドワーフ族の妻がちょこんと座った。
「はい、お察しの通りでありまして……」
ここで、ハインケル公から聞いたことを思い出す。
彼は船の中で、ドワーフ族について『彼らが求めるのは金よりも、圧倒的に【芸術性】である』と語っていた。
つまり、俺たちの目的である、ドワーフ族を技術者として雇うことを達成するためには、いかに良い給料が出るかよりも、いかに、今回の温泉旅館建設が魅力的で芸術性溢れるものであるかを強調してアピールしなくてはならない。
「ドワーフ族の皆さんは、鍛冶や建築の技術に富んでいると聞いております」
村長のバームは、「ああ」と言って、こくりと頷いてくれた。
俺は、カバンから資料を取り出した。
旅館の完成予想図を描いた鳥瞰図と、旅館の客室のイメージ図である。
「なんだ、これ全部、お前さんの手書きか?」
「はい」
「ほうほう……よく見せてくれないか?」
ドワーフ族の短い腕を、テーブルの向こう側から伸ばしたバームに、資料を手渡した。「客室イメージ、正面図、打たせ湯、岩盤浴ゾーン……」と、渋い声で資料の題名を読み上げながら、一枚一枚、まるで舐めるよう、丁寧に見ている。
彼の隣に座っている妻も、長い鼻に乗った丸淵の眼鏡越しに、資料を見ている。
小屋の中に満ち足りた気まずい静寂を、アナスタシアがコーヒーを啜る音が壊した。
「――要は、オレたちドワーフ族に、これを作ってほしいと?」
バームは、資料を見終わって、長い沈黙を解いた。
「はい、その通りでございます」と言って、俺は深く頷いた。
「【オンセン】ってのは、どんなモンだ?」
「温かい湯を張ったもので、そこに体を浸け、心身を清めることが可能です」
「はぁ、そうかい。で、これを建てるための金は、どうやって確保するつもりだ?」
「ハインケル公という貴族の方からの出資と、王立銀行の融資を受ける契約を交わしております」
「ほう、金の心配は、無いと……」
わあああああ……質問攻めにされるこの感覚は、入社試験の面接を思い出させる。嫌な記憶だなぁ。
「あんたの考え、悪くないと思うぜ。ただ、気になるのが、旅館の造りだな」
指で示されたのは、旅館の正面図と、鳥瞰図。外側に反った屋根の瓦や、柱の一本一本、窓の数々まで、詳細に書き込んだそれが、バームは気になったようだ。
「この建築様式、オレは見たことがないな。材料とか、作り方のハウツー資料とかは、無いのか?」
「いえ、ございません。私の完全な想像図でありまして……」
瓦の作り方も材料も知らない。和風建築のポイントは、絵に描いたときの外観しか心得ていないし、建築の方法なんて、分かるはずがなかった。
まずい。
建材の相談も込みの交渉だったのだが、良い流れを、完全に見失ってしまった。
「……分かった。その旅館の建設、オレたちに任せてはくれないか?」
「「えっ!?」」
これは、やんわりと断られる流れだろうなーーと思っていたから、予想外の回答を受けて、俺とアナスタシアの声が揃った。
「しかし……屋根の原材料も、建築の手順も見当がついておらず……」
「だからこそだ。オレもお前さんも、なんにも分からないからこそ、挑戦してみたくなるんだぜ!」
おずおずとした俺に代わって、小柄のバームが熱く語り始めた。
「オレたちは、長いことこの森に住んでいる。人里からは離れてるから、魅力的な仕事も届きにくくってな、退屈してたところだった。で、そんなときに、あんた
テーブルから身を乗り出してまで語るバームを、隣の妻が「落着きなさいな」と宥める。
とりあえず、計画に乗り気になってくれたことは、ひしひしと伝わってくる。
彼の勢いに押されるばかりの俺に代わって、アナスタシアが核心に迫った。
「バームさん……このドワーフ族の村をあげて、私たちに協力していただけるということですか?」
「おう、そのつもりだ。村のみんなには、このあと聞いてくるつもりだが、全会一致で、賛成してくれると思うぜ」
腕組をした村長は、熱々のコーヒーが入ったマグを傾けて、勢いよくそれを飲み干してしまった。
「――オレたちドワーフ族の喜びは、美しいものを【つくる】ことにある。その機会を与えてくれたあんた方に、村を代表して、最大の敬意と感謝を伝えたい。ありがとう、アリマくん!」
「わあああ……過分なお言葉、恐れ入ります……」
がっちりと、固い握手を交わした俺と、ドワーフ村の村長。これで、ついに、温泉開発と旅館建設のための人員が確保できた……らしい。
バームは、握手の手を解いて、早速、詰めの協議を始めた。
「どこに作るんだ?君たちが来たって言った島なのか?」
「はい。ガストフ島に建設する計画ですね。今現在、私の部下が地盤と地形の調査を行っている段階でありまして」
「おお!なら、建材が手に入れば、すぐに造り始められそうじゃないか」
「本館の建設は、島の落葉樹を切って、それを木材として使って建てたいと考えております」
「木造の建築は、オレたちが得意としているところだ。任せておけ!この森の木は、頑丈だから、使えるところがあるか、ぜひ、検討しておいてくれ。で、【オンセン】ってのは、どうやって造ったらいい?」
「あはは、頼もしい限りです。温泉については、島のオーガ族の方々に協力していただけるようで、しかし、水質の問題から……」
マシンガンを撃ち合うかの如く、俺とバームは、建設のための協議をしている。その隣……アナスタシアとバームの妻は「すごいねぇ」と言うみたいな顔を見合わせて、コーヒーのおかわりを嗜んでいる。
すまない、アナスタシア。つい置いてけぼりにしてしまって……
協議が概ね、まとまる頃には、夜はすっかり更けてしまって、アナスタシアと奥さん女性陣は、ソファーで横になって眠っていた。
「君たちとなら、素晴らしい仕事ができそうだ、ミスターペコペコ」
「え、あ、はい……」
ここでも【ミスターペコペコ】呼びかいっ!?
まあ、呼び方は、人それぞれでいいとして……
建設の総指揮を俺とアナスタシアが執り、地盤と地形の調査の仕事をガランドが担い、ハインケル公と王立銀行からの潤沢な資金をバックに、技術と力のドワーフ族の協力がある。
――役者は揃った。ついに、着工だ!!
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