第15話 アタクシは魔王ルノワール
高校生?ぐらいの外見の少女だった。
背丈は、俺よりも一回り小さく、白く長い後ろ髪を腰の辺りにまで流している。
――こんな
「魔王だっぺ!!」
「魔王っ!!」
商人のおじいさんは腰を抜かし、アナスタシアは、憎悪に満ちた声を飛ばした。普段は温厚なアナスタシアが、こんなにも声を荒げるとは……
アナスタシアの憎悪を受けて、魔王は「キャハハ」と小悪魔風に笑った。
「やだやだ、お姉さん、怖いようぅ。ワタクシはただ、あなたたちと遊びたいと思っただけだから~」
「お前のお遊びで、世界が滅んでたまるか!!」
アナスタシアは叫びながら、両手を発光させ始めた。魔法だ。
「待て待て……どういうことだよ……」
俺が望んでいたのは、温泉旅館を営むことによる、穏やかな異世界スローライフ。それなのに、このままでは、血と涙で満ちた戦いの物語が始まってしまいそうな予感。
「話せば分かる」という、
※日本の第29代内閣総理大臣。五・一五事件で暗殺されてしまう直前「話せば分かる」と、押しかけてきた青年将校に言ったとされている。
「中位階位爆裂魔法、ゴア・エクスプロージョン!!」
「最上位火炎魔法、インフィニティ・インフレーション」
雪合戦ならぬ「魔法合戦」だった。
アナスタシアが爆裂魔法の魔力を解き放ったかと思えば、魔王の圧倒的な魔力を誇る火炎魔法が、それをかき消した。すべてを焼き尽くさんとする終焉の炎の熱は、遠くからでも、俺の額に汗を出させた。
「やばいな、避けてください!」
「だぁぁぁ!戦争が始まったったぺ!」
四散した魔法のカケラが地面で炸裂し、大地を揺るがす衝撃とともに、そこを抉りとった。
「あ、アナスタシア!逃げよう!!」
「待つっぺ!ワシらが加勢したところで、無駄死にするだけだっぺ!」
ナイフを片手に走り出そうとした俺のマントの裾を、商人のおじいさんが引いた。
ちょうど、俺が足を踏み入れようとしていた範囲に、魔王の火炎魔法が炸裂し、草木を焼き焦がした。
アナスタシアは孤軍奮闘、魔王と魔法の矛を交える。
「お嬢さん、魔法がお上手ねぇ」
「お前に世辞を送られる筋合いはない!」
魔法で空を飛ぶアナスタシアと魔王ルノワール。平原には、炎と爆発の花が咲く。
非力な俺と、馬車を粉砕された商人のおじいさんは、そこから離れて見守ることしかできなかった。
いや、俺の望んだ異世界生活は、これじゃないっ!!
動け、俺!!
「待て、魔王!!」
俺は、声の限りに、空を翔け回る魔王ルノワールへ叫んだ。
魔王は、白い髪をふわりとさせながら、眼下の俺のほうへと振り向いた。黒い翼を羽ばたかせ、俺に寄ってきて、襟元を掴んできた。
「うぐっ・・・」
体が宙に浮いた。
こんな華奢な見た目の少女に、大人である俺の体が持ち上げられてしまったことが信じられなかった。これも、魔王の底知れぬ力ということか。
「魔王・・・お前は、【娯楽】を求めていると言ったな?」
「そうじゃ。アタクシは、この世界に生きるには、あまりに尊く、強く、魔法に優れ過ぎたのよ。退屈で退屈で仕方がないわ」
「俺たちが作った【オンセン】に来てみないか?」
「オンセン?それは、アタクシの欲望を満たすに値するものなのかしら?」
俺の襟元をギリギリと締め付けていた魔王の手が、わずかに緩められた。これを、魔王が俺の話に興味を示した証拠であると受け取って、人生最大の賭けに打って出る。
「とりあえず、地上に降ろしてくれないか?」と魔王に懇願すると、魔王ルノワールは、猫のような縦に細い瞳孔を見開いた。背中から生えた、
「アリマ・・・」
歯をぐっと噛み締めて、こちらを心配そうに見つめるアナスタシアに『俺に任せて』というメッセージをこめた視線を送っておく。
商人のおじいさんは、転がった木箱の影で震えている。
殺伐とした、こんな状況を打破できるのは、俺たちの明るい【夢】しかないだろう。
「何をしているのじゃ?カバンをガサゴソと、ずっと漁って・・・」
待ちきれずに、自らの肘を撫でる魔王を「まあまあ」と宥める。
俺は、カバンの中から温泉のスケッチを取り出した。
「何じゃ、これは?」
「これこそが【温泉】だ!」
「これが、オンセン・・・?」
魔王は、深紅の瞳をパッと見開いた。
白黒スケッチは、俺たちが最初に作った坑道の湯である。立ちのぼる湯気、ザーザーと流れる源泉、温泉を囲む大岩と、そこから溢れ出る湯を忠実に描いたスケッチだ。・・・一応、俺が高校生だった時の美術の評定は、最高の5だった。
「どうやって楽しむものなのじゃ?」
来た!俺の必死のアピールに、魔王が食いついたぞ!
「温泉は、湯に体を浸けることで楽しむんだ。温泉に入ると、様々な効果を受けることができて・・・お肌はピチピチ!幾万という悩みも寂しさも退屈も、湯の力で全部洗い流すことができる!」
肌に良い、体を清めることができるなどの効能を説明したり、実際に一貴族が入湯して大絶賛してくれた話をしたり、今後の温泉旅館の建設の計画を語ったりした。ハインケル公への温泉プレゼンテーションの焼き直しではあるが。
魔王は、俺のプレゼンに興味を持っているようで終始、自らの腕に手を添えて静聴。
ーーなんだ、静かに話を聞けるではないか。最初から暴力に訴えかけず、聞く耳を貸してほしいものだ。
ざっと話をした俺に、魔王は、拍手でもって賛辞を送ってくれた。
「ーー面白そうじゃ、気に入った」
「俺たちは、お前たち魔王国も、お客様として迎える準備がある。最高の場とサービスでもって、お前たちを【おもてなし】しようーーただし、」
前打って、条件を突きつける。
「俺と約束してくれ、魔王。今日のところは、手を引くということと、俺とアナスタシアを含む島の人たちに攻撃しないことを」
魔王に対しての温泉プレゼンの目的は、ここにある。魔王との遭遇という、こんな突発的な不幸をやり過ごすことだ。
魔王は「うーむ」と肘に手を添えて熟考した。
「貴様、名を何と申すか?」
「――アリマ」
俺の声は、震えていた。
唐突に名前を聞かれたから、素直に答えた。もしも、魔王の種族が悪魔だったら、名前を奪われて、憑りつかれてしまってもおかしくはなかったと、後になって怖くなったが。
指をパチンと鳴らした魔王ルノワールは、翼で羽ばたいて空へ翔けた。
「アリマよ、またの機会にアタクシを【オンセン】とやらに招きなさい。貴様らを玩具にするかどうか、考えておいてあげるわ。アハハハハハッ!!」
魔王は、空の彼方の黒い雲に紛れて姿を消した。
「はぁ……やり過ごした……」
全身の力が抜けて、膝から崩れ落ちた俺のもとへ、アナスタシアと商人のおじいさんが駆け寄ってきた。
「アリマ、大丈夫!?」
「魔王に呪われたりしてないっぺか?」
視界が潤み、歪んだ俺は、アナスタシアの慈母のごときエメラルドグリーンの瞳を見上げた。
「うぐッ……ああ――怖かったようぅぅ……魔王、おっかねぇぇ……」
俺は、アナスタシアの胸の中でむせび泣いた。まるで、子どものように、30に差し掛かろうというおじさんが、女性エルフの豊かな胸の中で泣いていた。
――だってしょうがないだろ、魔王が、あんなに恐ろしい存在なんて知らなかったんだから。
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