第13話 王の都

 しばらくの船の旅を満喫させてもらった俺とアナスタシアは、西の空に沈みゆく夕日を臨んだ。



 ハインケル公は、そのまま船に乗って、屋敷がある本国のほうへと去った。彼は、馬車を捕まえるための1万2000ガリアを、俺のバックに忍ばせた。これを使って王国を縦断し、北の森に向かう。


 王国の港から、徒歩で数十分で、駅にたどり着く。そこから蒸気機関車に揺られる。魔鉄鋼と石炭の焼ける臭いが、鼻をつんと刺す。そんな臭いにも慣れて、列車内で提供される温かい紅茶を、隣のアナスタシアと嗜む。


――最近、やけに紅茶を飲む機会が多いなと思ったら、アナスタシア曰く「王国のライバル国である連合王国は、紅茶が有名」らしい。――紅茶が有名な連合王国……?どこかで聞いた島国ブリテンだな。



 王国の王都の駅で降りる頃には、すっかり夜の闇が満ちていて、満月が空の高いところから見下ろす時間帯だった。



「ここが、王国の中心地……」


 石畳の大通りをひずめで叩く馬が馬車を引き、ケモノの耳が頭部から生えた人型の種族(亜人族)が行き交う。あちらこちらをオレンジ色で照らすガス灯らしきものは、魔法を餌に火を灯している。


 アナスタシアのような美しいエルフは性別を問わずいるし、俺の身長の3倍はある巨人が、平然と商店のカウンターに立っている。



「そうそう、こういうのだよな、異世界って!俺が憧れてた景色が、まさに広がってる~」

「あはは、アリマって都会の景色、初めてなんだ」

「そりゃそうさ、だって俺は、ある日突然、この世界に召喚されて、ひとりぼっちで迷子になってたんだから」



 王都の煌びやかな光を目の当たりにして、この世界に初めて召喚された日のことを思い出す。


 あの時は大変だったな~


 水と食料を探して彷徨さまよった末に村のおばあさんに拾われた。ただ淡々と会社員をやってた俺が、異世界で温泉ビジネスに取り組んでいるんだから、長い人生、何があるか分からないというものだ。


「とりあえず、今日はもう遅いから、宿を探そうね」

「ああ、俺も賛成だ。疲れて、もう動けそうにない」


 アナスタシアは、大通りの真ん中をスキップして「いいお宿取れるかな~」と、終始ご機嫌上々だった。狭い島から解放されて、大都会へと踏み出したから、気分が高揚しているのだろう。



 しばらく大通りを真っすぐに歩いて、レンガ作りの大きな宿へと入った俺とアナスタシア。真正面には冒険者ギルドが立っており、その隣には、王国農業省の本部が。まさに、街の中心地だった。


 幸い、一部屋だけ開いていたので、アナスタシアと相部屋に。レディーファーストで、彼女にはフカフカのベットに寝てもらって、俺は、自分の腕を枕代わりに、床でごろ寝した。



――翌日、腰が酷く痛んだことは内緒だ。


 恥を忍んで、アナスタシアに添い寝させてもらえばよかったと後悔している、チクショウ……


 翌日の朝は、王都の街をちょっとお散歩。



 街には、多くの店が立ち並んでいて、絵画、ポーション、魔道具、書物、武器防具、野菜類や干し肉、さらには冒険者が討伐した魔物の素材等々、様々なものが売買されているようだ。


「アナスタシア、試しに剣を振ってみてもいいか?」

「ん?いいよ。せっかくだから、たくさん寄り道して、面白いもの探そう♪」


 異世界に来たからこそ、剣を振るってみたい。もしかしたら、これまで眠っていた剣術の才能が目覚めて、魔王すら、いとも簡単に殺める勇者になれるかもしれない。



 そんな夢を描きながら、近くの武器屋に足を運んだ。



「いらっしゃい。お、見ない顔だな」


 カウンターに立つ巨人族から、顔を見られ、そう言われた。


 それも当然で、俺は、元々この世界の住人ではない。それに加えて、少なくともこの街には、東洋人っぽい顔つきの人よりも、西洋人っぽい顔つきの人が多い。


 俺が「剣を持ってみてもいいですか」と尋ねると、巨人族の店員は、快く「いいぜ」と言ってくれて、お手頃価格の片手剣を持ってきてくれた。



「持てる?」とアナスタシアに心配された。


 流石に、片手剣ぐらいなら持てるだろうと高を括って、剣の柄をぎゅっと握った。



 ――辛うじて剣は上がったが、手元がプルプルと震えている。


「うぐぐぐぐぐ……以外と重いな……」

「あはは、しばらくトロッコを押してなかったから、筋力が落ちちゃったかな」

「そうみたいだ……クソっ、情けねぇ……」


 坑道から離れて、ペンとメモ帳片手に持った温泉旅館建設の責任者に就いてから、しばらくの月日が経過している。その間に、元のサラリーマンの腕力にまで戻ってしまったらしい。



 無理に振り回して、周りのモノや人を傷つけてはいけないから、諦めて剣を降ろし、巨人族の店員に返却した。彼は、俺の2倍はある大きな手で片手剣を、まるで玩具を扱うように軽々と持ち上げた。


 アナスタシアはというと、俺が片手剣で苦戦している間に、大きな両手剣を持ち上げていた。


「んん、私には、ちょっと重いかも」

「すごいな……アナスタシア、俺より力持ちだな……」



 某最後のファンタジー7の主人公が持っている剣ぐらい、巨大な両手剣を、胸の前に構えたアナスタシア。これで敵と戦うことは叶わないだろうが、剣を持つ腕は震えていなかった。



 いいなぁ、そんなに力があって。カッコイイ剣を構えられるだけでも、羨ましい。



 俺は小さなナイフを2本、アナスタシアは片手剣を一本、購入した。この街からドワーフ族が住む森までの道のりで、野盗や蛮族や魔物の襲撃を受けないとも限らないから、護衛用に。


 ナイフであれば、非力な俺でも使いこなせそうだった。



 で、その次にはコーヒーハウスに立ち寄り、アナスタシアとコーヒーを嗜み、さらにその次には、大衆居酒屋に立ち寄って、羊の焼肉を食らった(ジンギスカンだな)。それから冒険者ギルドに入って、移動のための馬車を確保して、またぶらぶらと街を見て回った。



 こうして街の景色を見ていると、将来の温泉旅館の構想が広がった。


 たとえば、温泉上がりにコーヒー牛乳を販売してみるのは面白そうだとか、大衆居酒屋のような出店を誘致してもいいなとか、色々とアイデアが浮かんだ。



 思い浮かんだそれらのアイデアをメモ帳に書き残して、いざ、ドワーフ族が住まう森へ、出発!

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