第11話 ミスターペコペコ乗るタイタニック

 ②温泉開発と旅館建築のための人員の確保


 これを達成するために、俺とアナスタシアは、島を出ることを決めた。


「気を付けていってこーい!!」

「おいしいお土産、ぉてきてなー」


 ガランドと、村の人々に見送られ、俺とアナスタシアは、ハインケル公に手配してもらった木造船に乗り込んだ。



 船体は巨大で、数百人が乗り込めそうな大きさだった。デザインは、ナポレオン時代のフランス海軍の軍艦のようで、多くの帆が張られていた。よくよく船を見渡してみると、あちらこちらに大砲が積まれていて、これもやはり、ナポレオン時代のものだった。


 しかし、足元からは【魔鉄鋼炉】と呼ばれる、船の動力が動く音と振動が伝わってくる。外見は古っぽく、しかし動力は近未来っぽいという時代順序あべこべな船は、魔法文明の賜物ということか。


 船は、悠々と海を歩む。船尾の方向へと流れゆく、空と海の青の景色に、思わず見とれてしまった。



「奇麗だね~泳ぎたーい」

「今の時期は寒くない?凍えるよ」

「私なら、大丈夫♪」

「何の根拠があって、そんなこと言えるの!?」


 俺の隣のアナスタシアも、景色に見惚れ、甲板の淵に腰かけた。


 すると、忙しなく甲板上を行き来する船員たちの間を縫って、金髪と、ルビーのような瞳を持った男が歩み寄ってきた。



「久しぶりだね、ミスターペコペコくん」

「ああ、お久しぶりです、ハインケ……ん?今、なんとおっしゃって……?」

「ミスターペコペコと言ったのだよ」



 なんだ、【ミスターペコペコ】って。


 まさか、俺のあだ名ではあるまいな?


 頭を深々と下げた俺に対して、ハインケル公は、頬を釣り上げて、ニヤニヤと笑っていた。



「な、なんですか、その呼び方は……?」

「君は、いつも人に頭を下げているじゃないか。だから、この呼び方がぴったりだと思ってね」

「な、なんと……」


 日本人としての礼を尽くしているつもりなのだが、あまりに頭を下げすぎていると、ハインケル公には見られてしまっていたらしい。


 隣のアナスタシアも、俺のほうを見て「ミスターペコペコさん」と言った。



「お、俺はアリマって言います。『アリマ』と呼んでいただけると嬉しいのですが……」

「ははは、冗談だよ、アリマどの。さて、改めてこの船を紹介しようか。――我がハインケル公国が誇る最大の軍艦、【タイタニック号】だよ」

「え……」

「なんだ、船の名前がそんなにおかしいか?」

「いえいえ、とんでもございません。神話に出てきそうな、優美な名前だと思います……」



――あ、この船、沈むな。


 そう思えて仕方がなかった。


 異世界だから、偶然の一致だと思うが、さすがに背筋が凍った。聞き慣れた名前を聞いたと思えば、それが、前の世界で氷山に衝突して沈没した船の名前であったからである。



「貴賓室まで付いて来るといい。最高級のケーキと紅茶を用意している」



 わざわざ迎え入れる用意をしてくれたハインケル公に、また「恐れ入ります」と頭を下げながら、アナスタシアとともに船内へ。隣を歩く彼女は「わーい、ハインケル様のケーキ、ケーキ♪」と上機嫌だった。



 靴裏が甲板の木をコツコツと叩く音が、心地よかった。

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