旅館建設編

第10話 円卓会議にチョコレートを添えて

 ハインケル公の大絶賛を受けて、俺たちは、本格的に温泉旅館建設へと乗り出そうとしている。


 俺とアナスタシア、それからガランドは、坑道勤務から転向。ハインケル公直々に、「温泉旅館開発担当」に任命された。



 まずは、構想を練る。


 アナスタシアとガランドとともに島をぐるっと、歩いて一周した。


 島の西側の山の斜面は急で、人が住んでおらず、村がある島の東側の山の斜面は、緩やかに広がっていること、日本とよく似た落葉樹が生えていること等々を知った。



 さらに、村の人々に、開発予定の温泉や旅館に対する要望を聞いて回り、パソコンとスマホに残っていた旅行先の写真を参考にして、紙の上に旅館と温泉のイメージを描き、要点を箇条書きで書き出した。


……パソコンとスマホは、バッテリー残量が底を突いて、二度と使えなくなってしまった。充電のためのアダプタは持ってきてないし、そもそもコンセントが、この世界には無かった。



 温泉と旅館のイメージを描いた図面を持って、協力してくれた人々に意見を仰ぐ。


「水の都みたいだね。すごくワクワクする♪」


 アナスタシアは、旅館内を貫いた水路を流れる源泉に興味を示した。これは、草津温泉の湯畑ゆばたがモデルとなっている。


「デカすぎやしないか?工事、終わるのか……?」


 ガランドは、見上げるほどに大きな旅館の鳥観図を見て、不安に駆られた。


「素晴らしいよ。追加で2000万ガリアの資金を与えよう。好きに使うといい」


 また島を訪れて「ハインケルの湯」に入ったらしいハインケル公は、ルビーのような瞳をキラキラさせて、まるで子どもみたいに飛び跳ねた。



 彼の手からは、この世界の通貨であるガリア紙幣がバラ撒かれた。これをすべて、温泉の開発と旅館の建設に充てて良いらしい。



 やったぜ。



「お客さんがぎょうさん来ることは、万々歳やなぁ」


 俺を拾って小屋まで貸してくれたおばあさんは、島の開発計画に賛成してくれた。


 村民の中からは、「島の景色を過度に壊さないでほしい」や「村の伝統を守りつつやってほしい」などの意見も寄せられた。今後の開発の参考にしていきたい。



 村からの承認と、ハインケル公の膨大な資金、さらに追加で、王国国立銀行からの融資と、アナスタシアとガランドの協力とを得られたところで、さらに具体的な計画の決定に着手した。もちろん、村民、ハインケル公、坑道の利害関係者、アナスタシアとガランド、銀行側など、将来のステークホルダー※との対話を積み重ねながら。



※企業の利害と行動に関係を有する人、集団のこと。消費者、労働者、株主、専門家、債権者、仕入先、得意先、地域などなど。



 計画としては、



①地盤調査と建材の確保


②温泉開発と旅館建築のための人員の確保


③温泉の開発と旅館の建設


④仮営業と宣伝広告


⑤開館



 となる。



 これらに対して、順番に取り組んでいきたいと考えている。



 まずは①の、「地盤調査と建材の確保」から取り組む。



「地盤調査は、オレのほうでやっておくから、任せておけ!」



 俺の現在の住まいである小屋に集合したガランドとアナスタシア。小さな木の円卓を囲って、これからの動きを話し合っているところだ。


……手元には、旅館のイメージ図と、島の地図、それから瓶のコーヒー牛乳と、甘いチョコレートがある。


「でも、ガランド一人じゃあ、島の全体を調査し切れないだろ?」

「オレ一人でやるわけないだろ。ハインケル様に頂いたお金を使って、調査のための人を、本土のほうで雇ってくるんだよ」

「なるほど。島の詳しい調査は、ガランド、君に任せていいかな?」

「おう!任せとけって。まばたきの一瞬で終わらせてやるぜ!」


 力こぶを右腕に作ったガランドに、地盤を含めた諸々の調査は、お任せしようと思う。


……ちなみに、俺はハインケル公から「総責任者」に任命されているから、ここにいるアナスタシアとガランドよりも強い権限を持っている。これまでの立場が、一連の計画によって、逆転したのだ。


 

「ふん」と鼻を鳴らしたガランドにアナスタシアは、「空回りしないようにね」と言って、チョコレートを一つ摘まんで食べた。


 

 これで、課題として残っているのは、【建材の確保】である。


「外観は、【ワフウ建築】にしたい。見ての通りの形なんだけど、基本は木造で、ここの瓦屋根とか、反り屋根とか、漆塗り風の柵とか……」

「ねえ、アリマくん。ここって島でしょ?塩害対策はどうするの?」

「あ、しまった……」

「あと、温泉の湯気の水分で、柱とか、天井とか傷みやすそうじゃない?」

「あああ……そこまで考えつかなかったなぁ……」


 アナスタシアと肩を寄せ合って図面とにらめっこ。


 指摘された、「起こりうる」問題に対して、俺は深いため息を漏らした。


 

 島の周囲を取り囲む海は美しく、観光資源の一つであるが、そこから吹き付ける潮風は、旅館の柱を朽ちさせ、床を汚し、金属類を錆びさせてしまうだろう。


「塩害と湿気に強い建材……木材とか、あったりするのか……?」



 残念ながら、俺が務めていた会社は、そういった材料を取り扱う会社ではなかったから、知識に乏しかった。


 頭を抱えた俺の肩に、ポンと、アナスタシアが手を添えた。



「『作る』ことはできるかもよ!」

「そ、それはどういうこと……?」

「魔法だよ、魔法!まじっく・いず・ぱわ~」



 魔法か……


 盲点だった。建材に魔法をかけるという発想が無かったから、アナスタシアの提案には驚かされた。


「王国の本土のはるか北の森……優れた素材の魔法による生成や鍛冶文化、魔法の工芸技術を持った【ドワーフ族】が住んでいるって、聞いたことがあるよ。そこ、行ってみない?」

「ドワーフ族の人たちを雇うってことか」

「うん。お金なら、たくさんあるからね」


 島から出て、王国本土へ。そこから陸路で北上して、ドワーフたちが住まう森へ。「旅館の建設に協力してくれないか」と言って雇う。


 その流れが、アナスタシアとの会話の中で思い浮かんだ。



 アナスタシアの提案に従い、一週間後、初めて島を出ることになった。


 目指すは、王国の北に位置する、ドワーフ族が住まう森。

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