第7話 これがジャパニーズ「オンセン」だ!!

 温泉開発2日目以降は、余った土砂や岩石を使って、湧き出る湯の一部をき止めて、湯溜まりを作り出す作業に取り掛かった。


 完成形のイメージは、砂防ダムである。


 俺が座った時の肩のあたりまで湯が溜まると、溢れた湯が流れ出るという仕組み。元ある流れを改変する手間も少なく、湯が循環し続けるため衛生的にもグットな手作り温泉である。



 あとは、そのイメージをガランドに共有して、ひたすら岩を運び、積み上げるのみである。巨石の運搬は、怪力ガランドの得意分野であった。



「これでいいんだな?」

「はい。これでイメージ通りの完成ですね。ガランド監督、ご協力、ありがとうございました!」

「おうよ!」



 最後に、湯のたまり場の周囲を丸い岩石で円形に囲んだら、完成だ。



 休日を返上してまで協力してくれたガランド監督に、最大の感謝を。俺は、数えきれないぐらい、頭をペコペコと下げた。


「ガランド監督も、入りますか?」

「こ、コレに入るのか……?火傷しねぇかな……」

「大丈夫です。こういうものですよ」



 オーク族のガランドは、俺よりも大きな図体をしていながら、湯気を上げる【温泉】に、ビクビクと怯えている様子だった。



 怖気づいた彼の背中を押すべく、俺は、衣服をバッと脱いで、おばあさんの家から借りてきた白いタオルを腰に巻いた。


「おい、なんだよ、いきなり裸になるなよ……」

「服着たままでは入りませんよ。濡れますからね」



 俺は勢いに任せて、丸い岩石に囲われた湯溜まりへと飛び込んだ。ザバーンと波が起こって、全身が懐かしい「温かさ」に包まれた。



――やっぱり、温泉はいいなぁ。


 源泉かけ流し、湯があふれ出る音が坑道に反響して、これまでの温泉巡りの経験に無い、壮大な安らぎを得た。



 最後に温泉に行ったのは、去年の草津温泉だったか。異世界に招かれた今では、もうあの湯畑ゆばたを見ることができないと思うと、寂しい。


「はぁ~極楽極楽~いい湯だな♪」

「ま、待ってくれ!タオルを持ってくればいいんだな!?オレも入ってみたいぜ!」



 ガランドが大部分を作った温泉なのだから、彼も、この文化を味わうべきであろう。


 俺は、ドタドタと走る彼の大きな背中にアドバイスを叫んだ。


「あと、着替えも持ってくるといいですよ!体、綺麗さっぱりになりますから!!」

「分かった!」



 ガランドは、近くの宿舎に、着替えとタオルを取りに向かった。


 白い湯気に紛れて、何やら、崖上から視線を感じる……


「?」

「完成したんだ、オンセン!」



 湯気が立ち上る崖の上から、エルフ族のアナスタシアがじーっと、こちらにエメラルドグリーンの瞳を向けていた。そして、坑道内の最深部にまで響くような大声量を響かせる。「私も入ってみたい!!」と。



 彼女は、臆することなく温泉への階段を駆け下りてくる。


「待て待て!混浴は流石にまずいかなって……」



 腰をきつく縛っている革のベルトを緩めて、華やかな花柄の衣服に手を掛けたアナスタシア。その豊満な曲線を描く白い身体が露わになる前に、俺が制止した。



――まあ、本心では、美少女エルフと混浴してみたいなと思いつつではあるが。


「足だけ浸かればいいと思います!それなら、服を脱がなくて済むんで!」

「……じゃあ、そうさせてもらうね」



 アナスタシアは、はだけた衣装を着直して、長いズボンの裾をまくり上げた。その下から覗いた白く長い脚に、俺は目を奪われた。


 その白い脚が、俺と同じ湯の中に浸かった。



「あ、あったかい!気持ちいいね~」

「で、でしょう?これは、俺の故郷では、【足湯】って言うんですよ」

「アシユ?」

「足だけお湯に浸かるっていう入浴方法なんですよ……はい」


 たどたどしく答えた俺に、アナスタシアはニッコリと微笑みを向けた。目を細め、湯だまりから滝のように流れ出るお湯の歌を聞いて、恍惚とした表情を浮かべた。



 どうやら、彼女の気に入ったらしい。


 すると、坑道の入口のほうから、男たちの声が聞こえてきた。



 ガランドと、仕事仲間たちであった。


「よお!来たぜ!」



 ガランドは、まるで布団のような大きさのタオルを体に巻いて、階段を降りてきた。その後ろからは、数人の同僚たちが。人間ももちろんいるし、ゴブリン族も、二足歩行のトカゲの姿形をしたリザードマン族だっていた。



 彼らがお湯に浸かると、大波のごとく湯が揺れて、岩から溢れ出た。砂防ダムをモデルに作った岩積みは、頑丈に作られていて、決壊する心配はなかった。



「す、すげーな。これが……なんて言うんだけっか?」

「温泉です」

「【オンセン】か、こりゃいいな」


 ガランドは、頬を緩めた。



 職場の同僚たちにも、温泉は好評だった。彼らは「あったかくて気分がよくなる」とか「アリマは天才だ」とか言ってくれた。これだけ反応がいいと、作った甲斐があったというものだ。


 すると、脚を浸けていたアナスタシアが、俺たちに冷たい瓶を配り始めた。


「はい、どうぞ。みんなの分あるよ」


 その瓶には、キンキンに冷やされたコーヒー牛乳が入っている。



「サンキュー、アナスタシアさん!」

「これ美味いんだよな!!」


 湯に浸かりながら、男たちは瓶の蓋をカポッと開けて、それを勢いよく飲み干した。



 俺も、アナスタシアから瓶を受け取る。実は、朝食時に飲んでいて、今日二杯目のコーヒー牛乳ではあったが、おいしいことには変わりないので、遠慮なくいただいた。


「ふうん……アリマの故郷には、こんなに面白い文化があるんだねぇ」



 アナスタシアが言った。


 同僚たちは、すっかり湯に魅せられたようで、目を細めて、リラックスしている。周囲には、湯が湧き出て流れるゴーッという音が響いている。その音も、また一興であった。


「体が温まって、魂がふわーって抜け出るみたいだぜぇ……」



 ガランドは、右手で顔を拭って、付いていた砂を落とした。


 俺も試しに湯で顔を濡らしてみる。


 硫黄っぽい香りがあった。



 そういえば、こんな山の中から湧き出る水は、安全なのだろうか。いや、危ないだろうか……?足尾銅山の件を知識として知っているので、少々不安になった。まあ、もう顔まで浸けてしまって、遅いのだが。鉱毒湯として汚染されていないことを祈る。


「こんな温泉がたくさんあったら、お客さんいっぱい来そうだね」



 手で湯をすくったアナスタシアが、そう言った。



 彼女のふとした言葉を聞いて、俺は、確信にさらに確信を重ねた。



――やはり、異世界温泉ビジネスは、狙い目であると。


 こんな陳腐な温泉で、異世界人たちは、予想以上に感動してくれている。




 俺をこんな世界に送り込んだ神がいるのなら、羨ましく指を咥えて見ているがいい。


 俺は、こっちの世界で大成功を収めてやるぞ!!

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