第6話 まずは足元から
坑道の管理者のガランドの許可のもと、温泉開発に取り掛かった。
休日返上、汗水を垂らして温泉作りに励む。
最終的な目標は、温泉旅館を立ち上げることだが、旅館建築のための建材も、道具も無いし、経営のノウハウも協力者もいない。
そのため、大きな夢は一旦据え置いて、できることから始めてみる。
――夢への第一歩は、坑道内に小さな温泉を作ること。
終業後にアナスタシアとコーヒー牛乳を飲んでいる崖の下には、川の如く源泉がゴーっと流れている。流れは急だが、水深は浅そうだ。
まずは、その崖の下へと降りるための道を確保しよう。
「おーい、アリマ!」
どうやって下へ降りようかと、崖下を覗き込んでいた俺の背中に、よく聞き慣れた野太い声が飛んできた。
坑道の入り口から差し込む光の中から現れたのは、作業服に身を包んだオーガ族、ガランドであった。今日は貴重な休日なのに、監督であるガランドが、どうしてここにやって来たのだろうか。
「よ、アリマくん。おはよう」
「ア、アナスタシアさんまで、どうしてここに?」
ガランドの大きく広い背中の影からひょっこり出てきたのは、エルフの長い耳をぴょこぴょこさせる、アナスタシアであった。
「アナスタシアから聞いたぜ。お前、【オンセン】とやらを作ろうとしてるらしいな?」
ガランドは、腕を組んで鼻を「ふんっ」と鳴らした。
「はい、仰る通りです。この崖の下の源泉の一部を
「ほう。なんだか、すげー面白そうなこと考えてるじゃねぇか。オレたちにも手伝わせてもらおうか」
「え、よろしいのですか……?」
「ああ。ただし、オレたちも休日を満喫したいから、手伝うのは、3時間だけな」
大きな右手の指を三本立てたガランド。彼の厚意に対して、俺は何度も頭をペコペコと下げた。
「いえいえ、十分ですし、むしろ、そこまで手伝っていただけること、大変ありがたいです」
まさか、こんな興味本位の計画に力添えをしてくれる人がいるとは、思いもしなかった。
ガランドの隣のアナスタシアは、頬を上げて、ニコニコと笑みを浮かべている。
「で、オレは何をすればいい?」
「とりあえず、下に行けるように道を整えたいのですが……私の考えでは、ここの地面の岩を打ち欠いて階段状にすることで、後の作業工程がスムーズになるかと」
「なるほどな。じゃあ、地盤の調査も込みでやらねぇといけないぜ」
「どうしましょうか……」
「任せとけ。オレは管理者として、この坑道を知り尽くしているからな」
頼もしいことを言ってくれたガランドは、採掘された鉱石類が運びこまれる保管場から、道具の入った木箱を抱えてきた。
彼が地面にドンと置いた木の箱に入っていたのは、鉄製のつるはしとシャベル、杭に、魔法の道具だった。
ガランドは、アンテナのようなものが伸びている魔道具を手に持った。ラジコンのコントローラーに似た形をしている。
「これは?」と、俺は聞いた。
「魔法の元である
ガランドは、掲げた魔道具のアンテナを、地面に向けた。すると、魔道具の小さな画面いっぱいに数字が出てきた。彼は、その数字を見ただけで、何かを理解したようだった。
「はあ、なるほどな。固い層ばっかりだぜ」
やれやれと、腰に手を添え、溜息を漏らしたガランド。その隣のアナスタシアが「ねえねえ」と言って、ガランドを呼んだ。
「私が爆裂魔法、使おうか?」
「そうだなぁ……固い層をつるはしで削ってたら、
「使う?」
「よし。坑道が崩れたときは、オレが責任を負うものとする。思う存分、壊してくれ、アナスタシア!」
「そうこなくっちゃ!」
なんだか物騒なやり取りを交わすガランドとアナスタシア。
アナスタシアが、俺には理解できない言葉で呪文を詠唱し始めると、黄色い魔法陣が光を放ちながら、彼女を中心に出現した。「こっちに来い、アリマ!」とガランドに呼ばれたので、彼に手招かれた坑道の外へと這い出た。
長々とした呪文の詠唱が途切れると、アナスタシアの叫びに似た声が、坑道のランプを左右に揺らした。
「中位階位爆裂魔法、ゴア・エクスプロージョン!!」
ズドーンと轟音が起こって、坑道の入り口から熱を巻いた風が吹き出した。大地が地震を彷彿とさせる揺れを伴って、ゴーっと
俺が被っていた、作業用のキャップ型の帽子が、宙を舞った。
「うおおおおおお、流石は、アナスタシアの魔法だァァ!!!」
「う……ぐ……」
洞窟から噴き出した暴風に、体を持っていかれそうになった。
俺の体は、ガランドの大きな腕によってがっしり支えられていたから、飛ばされる事態は避けられた。しかし、眼鏡まで飛ばされそうになって、流石に焦った。
よく焼けたクッキーの色の砂煙が立ち込める坑道内へ、ガランドを先頭に入った。
「アナスタシアー?生きてるかー?」
ガランドの声が響くと同時に、砂煙が晴れてきた。
目の前の光景には、砂や土を被ったアナスタシアがいて、眼下の地面は爆裂魔法によって吹き飛ばされ、源泉の川への斜面が出来上がっていた。
天井の一部が崩れ落ちている。
そして、アナスタシアは、頭のてっぺんに大きな「たんこぶ」を作っていた。
「アナスタシアさん、大丈夫ですか!?」
俺が駆け寄ると、アナスタシアは親指を立てて、涙目になりながら言った。
「だ、大丈夫……私、石頭だから」
「大丈夫……じゃないですよね。これで冷やしてください」
俺は、魔法瓶に入れて持参していた水を、アナスタシアに手渡した。
まさかの、石頭系エルフ。首の骨も、頭蓋骨も、彼女自身の我慢強さも、頑強であった。
「どう、アリマくん?階段状にしたいって言ってたから、いい感じの削れ具合だと思うけど」
「は、はい、完璧だと思います……」
斜面は、緩やかな傾斜を描いている。
これで、降りることが可能になった。
「あとは、つるはしで細かく削ればいいだけだな」
ガランドは、斜面に立ちながら、鉄製のつるはしで岩をガンガンと削りはじめた。
俺も、彼に倣ってつるはしを手に取った。後には、たんこぶの腫れが引いたアナスタシアも続く。
ガランドの剛腕のおかげもあり、作業一日目で、源泉の川への岩の階段が完成した。
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