第4話 美少女エルフに魅せられて
俺は、木造の小屋の中で朝日を迎えた。
どうやら眠っただけでは、異世界からの脱出はできないらしい。ベットから起き上がり、腕をぐいっと伸ばして、豪快にあくびをかました。
昨夜、おばあさんに作ってもらった、ミノタウロスの革の靴に履き替えて、小屋を出る。昨日、山を歩き回ったせいか、足腰がずーんと重く、痛む。
俺が村を歩いて「おはようございます」と挨拶すると、村の人々は「おはようさん」と返してくれる。こんな部外者おじさんに対して、なんてフレンドリーな村なんだろう。
そう思いながら、井戸の水で顔を洗った。タオルは、小屋の棚の中に入っていたものを洗って使わせてもらってる。
再び小屋に戻ってから、着替えだ。なんと、これもおばあさんの手作りらしく、村の伝統衣装らしい。
オレンジ色と黒を基調としていて、白い刺繍も美しく、首にはネックウォーマーみたいな黒い布を巻く。モコモコとした肌触りで、たぶん、冬用の衣装なのだろうなと察した。
身なりを整えて、村の農場の前で待っていたおじいさんのもとへ。外気は、腕に鳥肌が立つぐらいに冷たかった。
俺は、おじいさんの背中を追うようにして村を出て、しばらく歩いて、山の中腹のあたりに到着する。
紹介された仕事は、炭鉱労働に類似するものだった。
どうもこの土地からは、火属性の魔鉄鋼や魔導石などの、火山由来の鉱石類が採掘できるらしい。
採掘された石や鉱石をトロッコに乗せて運搬すること、それが、俺に与えられた仕事だった。
「ほう、お前が新人か。オレはオーガ族の【ガランド】だ。この鉱山の管理者で、魔鉄鋼採掘の責任者をしてる」
坑道の入口の前に仁王立ちしていた人は……
いや、人ではなかった。それは、人の形に似た「怪物」であった。
灰色の肌をしており、泥にまみれた作業服で身を包む。力士のような、2メートル近い体躯をしており、尖って長い耳が特徴的だ。とにかく大きい、そんな種族だった。
「おお……」
「なんだ、オーガ族を見るのは初めてか?」
「はい……実は、昨日、この世界に来たばかりでして……」
「な、別世界から来たってことか……!?そんなこと、あり得るのかよ……」
ヒュドラのスープをいただいた昨夜から察してはいたが、どうやらこの世界、人間以外の種族が人の言葉を発して、まるで人間のように暮らしているらしい。
で、俺が初めて言葉を交わした種族は、オーガ。
スライムやエルフ、ゴブリンなんかが定番だと思っていたから、意外だった。
「まあ、細かいことはいい。仕事ができるんなら、それで万々歳だぜ」
ガランドと名乗ったオーガ族の男は、次いで、坑道の入口の地面にべったり座ってサンドイッチを食べている女性を手で示した。
「こっちが、お前の指導役だ。
「んーん、よろしくね、新人くん♪」
「は、はい。よろしくお願いします」
彼女は、サンドイッチを頬張りながら、こちらに手を振った。
ガランドから紹介されたアナスタシアは、泥の跡が残るズボンの裾や腰回りを、革のベルトによってきつく縛った、エメラルドグリーンの色の瞳で、耳が長い女性だった。自分と背丈が同じぐらいで、女性としては身長が高いほうだろうか。服装の感じは、第一次世界大戦期のイギリスの工場における女性労働者に似ていた。ポニーテールの形で結んだ金髪は、美しい彼女にお似合いだった。
服装とは裏腹に、その愛らしさ溢れるアナスタシアに対して、ぺこっと、頭を下げて挨拶とした。――今日からよろしくお願いします。
「じゃあ、オレは持ち場に行くから、詳しいことは、お前の上司のアナスタシアに聞くんだな」
ガランドは鼻を「ふんっ」と鳴らして泥が染みた書類の束を鷲掴みにして、その巨体には少々窮屈な坑道へと入っていった。
「ほな、ワシも持ち場に行くとするかね。頑張るんやで、アリマくん」
おじいさんも、ガランドの広く大きな背中を追うようにして、木の支柱に暖色の照明がきらめく坑道へ。
残された俺のもとに、アナスタシアは、スキップを踏むように寄ってきた。
こんなに可愛らしいエルフが上司だなんて……正直、嬉しい。
「それではアリマさん、さっそく今日の業務を行ってもらいます。私に付いてきてね」
「はい、よろしくお願いいたします」
「ん、素晴らしい返事だ」
一応、前世?では社会人をしていたので、挨拶の重要性は知っているつもりだ。挨拶は、その人の印象を左右する要素の一つであるし、仕事への前向きな姿勢を表するには良い機会だ。
それに、この村に「おんぶにだっこ」状態であるため、何かしらで貢献しなければと思っている。坑道での労働は、過酷極まるであろうが、粉骨砕身、頑張りたい。
異世界に来て、初めての労働が始まった。
――こんな世界に来ても労働か……
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