第2話 怪異を殺す怪異
「おぉー…。何百年ぶりかなぁ、警官見るのなんて」
「何百年って…、そこまで経ってないでしょ」
「あ、そっか。今回は死んでから…えっと、まだ一年か」
死んだと思っていた姉が生きていた。
「わーいやったー!ばんざーい!」なんて、手放しに喜ぶ気にはなれない。
というか、喜べない。
彼女は死をきっかけに人間をやめ、新たな怪異となっていたのだから。
あの胡散臭い霊媒師集団が見たら卒倒するだろうな、と思いつつ、忙しなく殺人現場を捜査する警官を見やる。
どうせ何も見つからないのに。
犯人が元から世に居ないなんて、誰が思うだろうか。
警官の中の誰かが霊能力か何かを持っていたら話は違ったのだろうけど。
そんなことを思いつつ、私は寄ってきた警官を見上げる。
「それで、お姉さん。なんでここ来たの?」
「……去年、姉がここで殺されて。
もしかしたら、また誰か殺されてるかもって思ったら、居ても立っても居られなくて…、着いたらもう…」
「あっ…、そ、そっか…。あの事件の…」
女子高生バラバラ殺人事件。
あまりに惨たらしく殺された姉の死体は、各種SNSのトレンドを掻っ攫った。
犯人は唾棄されて然るべき悪であると。
殺された姉は哀れな被害者であると。
姉の情報を餌のように食い荒らし、この世にいない犯人に義憤を書き殴る。
そんなふうに世間が湧き立っていたのもいまは昔。
当時のことを覚えている人間なんて、ここいらに住んでいる人くらいなもの。
警官ともなれば、そんなふうに味のしなくなった娯楽のことも覚えている。
これで私がここに足を踏み入れた動機は繕えた。
あとは適当に煙に巻いて、家に帰るだけだ。
「怪しい人影は見ませんでしたか?」
「さぁ…。私が来た時にはそこに…、手首が…」
「あ、ああっ、ごめんなさい…。
そうだよね、辛いよね…」
女性警官が私の背を撫でる。
驚くほどに悲しくならない。
姉の仇を取れたからだろうか。それとも、姉が生きていたからだろうか。
自分でも理由がわからないほどに、目の前の死体に感情が動かない。
…いや、可哀想だとは思う。同情だってしている。
ただ、こんなふうに死んでいることを、驚くほどあっさり受け入れてる私がいる。
「不思議か?人の死体を見て、もうなんとも思っていないことが」
(近くに警官がいる時に話しかけないでよ…)
「別にいいだろ。私は怪異らしく、警官の皆々様には見えてないんだから」
見えないからって好き勝手に現場を踏み荒らすのはどうなんだろうか。
いや、現実に影響を及ぼすかどうかなんて、怪異になったことのない私じゃわからないけれど。
相変わらずの奔放っぷりに私が呆れを見せていると、姉の形をした怪異が嘯いた。
「突拍子もないことを言うが、私には何百年後の未来までの記憶がある。
ネット小説でよくあるだろ?『やりなおし』ってやつだ。
私の場合、あいつに殺されて人間を辞めた時がやり直しのスタートラインだったけどね」
(………それ、私に知られてもいいの?)
「構わないよ。その程度で私との関わりを断つほど、こゆきは薄情じゃない」
葬式が終わってからしか泣かなかった妹のどこが薄情じゃないんだろうか。
信頼を寄せる姉に少しばかりの申し訳なさを覚え、眉を顰めた。
「何より、スタートラインを越えた時点で私の知る未来から外れてる」
(………どういうこと?)
「こゆきが死んでないんだよ」
姉の顔が悲しみに歪む。
曽祖父が老衰で亡くなった時のような、やるせなさと後悔が滲んだ顔。
久方ぶりに見た顔に目を丸くするのも束の間、姉は即座に「いや」と訂正する。
「ごめん、この表現は少し適切じゃない。
…正確に言えば、こゆきが『私と同じ怪異になっていない』んだ」
(……それは、怪異を殺す怪異ってこと?)
首を縦に振る。
私の知らない私は、望みを叶えていたらしい。なら、あのまま死んでもよかった。
死んで、私があいつを殺したかった。
静まったはずの憎悪が揺らめくも、それを掻き消すように姉が問いかけた。
「まず、人の死を何とも思わなくなった理由だが…、こゆき。私とお前は何だ?」
(……双子)
「そう、双子だ。双子なんだよ、私たちは。
同じ日に生まれて。
同じ日に産湯に浸かって。
同じ日に産声を上げて。
同じ日に抱っこされた。
そんなありふれた双子なんだ」
警官の声が薄くなっていく。
当たり前の事実の確認。ただそれだけのことが、私の心を掴んで離さない。
「一卵性双生児はね、遺伝子的にはほぼ同じ存在なんだ。…無論、中身は違うし、成長すれば差異も出てくる。
でも、怪異の世界から見たら、限りなく同じ存在なんだよ」
(何が言いたいの、お姉ちゃん)
「柊木 こゆきと柊木 しおんという双子は、怪異の世界において『同一人物』なんだよ」
(………つまり?)
「『怪異を殺す怪異』には、『私』と『こゆき』という『二つの心と体』があるんだ」
分身。もしくは分霊のようなものだろうか。
警官の慰めを聞き流し、思考を巡らせる。
確かに、確信めいたものはあった。…いや、今だってある。
死ねば怪異になれる。
口に出してしまえば漏れなく「可哀想な子」と烙印を押されてしまいそうな非現実が、現実のものとして受け入れられている。
「長々と前置きをしたが…、結論を言おう。
こゆきはほんのちょっぴりだけ、怪異になってるんだよ。私が怪異になったせいでね。
だから、人の死を何とも思わない…いや、思えなくなった」
現実のものとは思えない事実だ。
しかし、何故だろうか。
姉が死んだと聞かされた時よりも、すんなりと事実を飲み込むことができた。
(……それはわかった。で、それが前の私とどう繋がるの?)
「んー…、そこの説明がまた難しいんだ。
同一存在である私から見ても、『柊木 こゆきという怪異』は飛び抜けた存在だった。
それこそ、私が止めるまで無差別に怪異を殺しまわっていたからね。
変に伝えると碌なことにならない。
お前が知るべきは、『お前の感覚が怪異に寄っている』という事実だ」
そこはかとなく気になる。
果たして、本来の歴史で私は何をやらかしたのだろうか。
警官が私の家に連絡するのを横目に、私は姉に問いかける。
(お姉ちゃんはこれからどうするの?)
「さて、ね。私には時間が腐るほどある。
映画館にも忍び込めるし、レジャー施設だって入り放題だ。
この時代の想い人を探して、口説き落とすのもいいかもしれない。
前はいろいろと余裕がなかったからね。今回はゆったり過ごそうかな。
…やりなおしにセカンドライフ。いかにもネット小説らしくなってきたと思わない?」
ふふ、と姉が笑う。
胡散臭い笑顔だ…なんて、よく揶揄っていたっけ。
もう見ないと、見れないと思っていた笑顔に、強い安堵を覚えた。
(………やることないならさ、私と居てよ)
口に出して、驚く。
どうしたのだろう。小学校を卒業してからは一度も、こんなふうに甘えることもなかったのに。
姉も私の誘いに驚いていたのだろう。
きょとんと目を見開いていたが、すぐにその顔は笑みへと変わる。
「…どうしたの、こゆき。いつになく甘えん坊になっちゃって」
(…………とにかく、どうするの?)
「せっかくの誘いだ。甘えるよ」
姉の背後に、父の車が小さく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます