第9話  獣変黙示録 其之弐

「隊長どうしてここに。」

空の前に現れたのは長野で渾亡律那と調査中のはずの天紋路猛だった。

「それはこっちのセリフだ。どうしてこんなところにいる。」

猛は困惑しながら言う。

「俺は連れ去られたイリアを探しに来たんです。」

と空は事情を話す。

「玉超は今頃渾亡と合流しているだろう。すぐに助け出そう。そしてここから出ないとな。」

と猛は言う。

2人で異空間を駆け抜ける。

1時間ほど走るとある建物の前に来たところで足を止める。

「空。」

「はい。」

空と猛はその禍々しい雰囲気を漂わせる入り口にここだと確信した。

「いくぞ。」

猛がそう言ってドアを開くと、明らかに外装よりとても広い空間が広がっている。

2人の視界の先には黒くなった血に黄色を混ぜたような体毛をした獣人と吊るされているイリアがいる。

「イリア!」

空は名前を呼ぶが反応がない。

「安心したまえ。この小娘は気絶しているだけだ。」

獣人の重圧感ある声があたりに響く。

「貴様がこの異変の元凶か。」

猛が問う。

「いかにも。我は荒暫、獣人族の副頭首だ。貴様たちも我らが主、髄狼様復活の贄となるがいい。」

と荒暫は答える。

「イリアを、返せ。」

空は怒りに震えながら言う。

「断る、この小娘、否、イリア・イリシアスは髄狼様復活の最高の贄だ。取り返したければ我を殺して見せよ。だが、貴様たちの相手はこの獣どもだ。」

と荒暫は指を鳴らすと、数十体の獣人が現れる。

「俺相手にこれだけの獣人とは舐められたものだな。」

と猛は言う。

「威勢だけはいいようだな。」

「それはどうも。【決闘支配】」

猛の言葉によって荒暫を除く獣人と空と猛が、猛が創り出した空間に閉じ込められる。

「これは…」

「俺の能力【決闘支配】。俺が決めた対象と自信を決闘支配が作り出した空間に空間に閉じ込める。そして能力発動中は俺が容認しないと外からは干渉できない。」

と猛は言う。

「空、君はここで見ているといい俺がこの獣人どもの相手をする。」

煽られたことに怒った獣人達が襲い掛かる。

「来い、獣ども。貴様ら如きでは俺は殺せないぞ!」

猛は拳を構える。

獣人達は一斉に襲い掛かる。

しかし次の瞬間にはもう決着はついていた。

戦いと呼べるほどのものではなかった。ただ一方的な蹂躙だった。猛が軽く拳を振るうと獣人たちは吹き飛び壁に激突する。

そしてまた1人、2人と倒れていく。

ものの10分も経たないうちにすべての獣人が地に伏したのだった。

「マナ技術も特性も使ってない俺に負けるとか弱すぎでしょ。」

猛は呆れたように言う。

「ふんっ、使えぬ雑魚共め。」

荒暫は不機嫌そうに言う。

「来いよ、荒暫。空、一緒に倒すぞ。」

と言って猛は【決闘支配】の対象に荒暫を追加する。

「なんだ一人では来ぬのか。」

「強さを見誤るほど馬鹿じゃないんでね。」

荒暫の煽りに猛は冷静に返す。

「ならばその身に刻むといい。」

と荒暫は爪をナイフのように尖らせ2人に飛びかかる。

空と猛は左右に避け反撃を仕掛ける。だが、獣人の身体能力で2人の攻撃をいともたやすくガードする。

2対1にもかかわらず有利にことを進めているようには見えなかった。

「その程度か?」

荒暫は不敵な笑みを浮かべ言う。

荒暫は太い腕から重い一撃を猛に繰り出す。

だが、猛は軽くガードし余裕そうに見える。

そして猛はすぐに距離を詰め強烈な一撃を荒暫の顔面にいれた。

「ぐっ」

荒暫はよろめきながらも踏みとどまる。

猛はそこへさらに追い打ちをかける。

荒暫は強くなっていく連撃に苦しむ。

(ぐ…繰り出される一撃一撃が重くなっている…)

『天紋路猛の特性は3つ。1つ【威圧】は自信が与えるダメージが2倍、受ける攻撃が半減される。2つ【火事場】はマナの量が10%以下になると攻撃とが2.3倍される。3つ【蓮華】は戦闘中、連続した攻撃が続くごとに威力が加算される。連撃を得意とする猛は戦闘中フィジカルモンスターへと化す。』

空は流れに置いて行かれまいと援護する。

空の攻撃は的確に荒暫を捉えていく。

だが、ダメージはあまり通っていないようだった。

「この程度で我を倒せると思っていたのか?凡愚が!」

と荒暫は激昂し体から禍々しいマナを放つ。

猛はすぐに距離を取ったため影響はない。

「情緒不安定かよ」

「我が力の一端を見せてくれるわ!我のマナを喰らい力となれ!〈黒狼〉!」

荒暫がそう叫ぶと、体毛はさらに黒く染まり、爪はさらに伸び、目は血走り、口は大きく裂け牙が生える。

そして、先ほどまでの荒暫とは比べ物にならないほどの威圧感を放ち始める。

「この姿になったからにはもう逃さん。貴様らはここで死ぬのだ。」

荒暫はそう宣言し空と猛に襲い掛かる。

そのスピードは先ほどまでの比ではないほど速く、空は反応が遅れてしまう。

だが、猛はすぐに反応して空の前に出る。

そして、荒暫の攻撃を止め反撃する。

しかし、攻撃したはずの猛の方が吹き飛ばされたのだった。

「隊長!」

「空!前!」

猛が叫ぶ。

「しまっ……」

空が荒暫に視線を戻すとすでに目の前に荒暫はいた。

そしてそのまま鋭い爪で空の腹を裂くのだった。

「っ!」

空はあまりの激痛に声にならない。

荒暫は空を追撃で蹴り飛ばす。

「空!」

猛が叫ぶ。

だが、空からの反応はない。

荒暫はそのまま猛に追撃をしようとする。

しかし、猛は冷静に対処する。

荒暫の下へ潜り込み次第に強くなる連撃をいれる。

だが、その攻撃は荒暫には効いていない。

「実力は見誤らないのだろう?」

苦笑いの猛に冷汗が体をつたう。

荒暫からその巨体からは考えられないほどの速さの攻撃を繰り出す。

荒暫が攻撃を仕掛けるたび、猛の体には裂傷が増えていく。

だが、猛も負けじと食らいつき反撃する。

しかし、それも荒暫には効いていないようだった。

荒暫の重い蹴りが猛を吹き飛ばし壁に打ち付ける。

(〈霊重で防いでこの威力…次は耐えられないな)

猛は立ち上がろうとするが意思に反して体が動かない。

「体が動かぬだろう?これが我の特性【束縛】の効果だ。」

「くそ……」

「髄狼様の贄になることを光栄に思って逝くのだな。」

そう言って荒暫は猛に近づく。

そして鋭い爪が振り下ろされようとしていたその時だった。

横からの強烈な一撃が荒暫を簡単に吹き飛ばした。

猛はその正体に驚きを隠せなかった。

短髪の黒い髪に170㎝の背丈、肌の色。

「空なのか…」

間違いなく空なのだ。

だが、空の頭の上には四方に尖りがあるまるで天使の輪のようなものが浮いている。

瞳が琥珀色になっており背中からは3枚の鳥のような片翼が生えていた。

「イリアを傷つける奴は何者だろうと殺す。」

空は威風堂々、そう言い放った。

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