第4話 困った顔でいてくれないと
今日もアイツと話してんのかな。
えると話していいのはオレだけなのに──────。
昨日より静かで誰もいない廊下を一人歩き、えるのいる教室へ向かう。
けれど、いるはずのえるの姿がどこにも見当たらない。
──────えるが、いない。電話も出ない。既読もつかない。何度押してもえるの声が聞こえない。
「えるがいない……」
える……えるえるえる、─────える。
「……さとみ、くん…?」
えるの声がして顔を上げればそこにはえるがいた。
「!! ……よかった。えるいた」
すぐに抱きしめてえるの温もりを感じる。
…えるの匂い………落ち着く…。
「ダメだよ、さとみくん……。風邪が…移っちゃうから………けほ、けほ………」
オレから少し離れたえるの頬はほんのり赤く染っていた。
「える風邪引いてるの?」
額に触れようとして手を伸ばした。
「…ん……さとみ、くん………」
オレの手が届く前にえるが倒れそうになって、すぐにえるを支える。
「…!すごい熱…急いで部屋に、運ばないと…」
えるを部屋まで運んで、ベッドに寝かせる。熱にうなされているのか、えるはずっと苦しそうで、急いで冷たいタオルを用意して、そっと額に置いた。
これで少しは楽になるといいけど。他にできることって、なんだろ…。
あ───────。
『ダメだよさとみくん。風邪が移っちゃうから』
風邪……移す。
「える、オレに移していいよ」
えるの手をぎゅっと握った。えるに一人じゃないよって伝わればいい、そう思って。
えるの寝顔を見ていたらオレの意識も次第に薄れていって、気がつけば眠っていた。
久しぶりに夢を見た。小さい頃、誰もいない家で一人でうなされてた時の夢。寂しくて苦しくて、えるに会いたかった。だけど風邪を引いたままじゃえるには会えないから、頭の中をえるでいっぱいにして、次の日治ったんだっけ。いつもの公園でえるに会えて、オレを見つけたえるが駆け寄って
「さとみくん!」
嬉しそうにぱあっと笑ってオレの名前を呼んでくれた。
風邪を引いていたと伝えると
「そうだったんだ……。さとみくんが元気になってくれてよかった…!」
泣きそうな顔をしたかと思うと、オレのことを真っ直ぐ見つめて笑顔になった。
その笑顔が嬉しくて、昨日の苦しかった記憶は消えていた。この笑顔のために風邪治したんだ。
「また風邪をひいちゃったら私がお世話するね!」
そう言われて、また風邪を引こうかと考えたけれど、えるの笑顔を思い出してやめたんだ。
今とは正反対。ずっと困った顔をさせている。笑顔が一番大好きなのは変わらない。それでも…笑顔を見ると嬉しいのに不安になるんだ。
えるが困った顔をしていないと、オレだけを見てくれないから───────。
「ん……」
少しつづ意識がはっきりとしてきて、ゆっくりと目を開けると
「…! さとみくん」
目の前にはさとみくんが眠っていた。
眠る前は…えっと、確かさとみくんが家に来て、そのままふわふわしてきて……。
ぼんやりとした記憶の中でさとみくんの声がしたのと、抱きしめられているようなあたたかい感覚を思い出して。
「…そっか。さとみくんがここまで運んでくれたんだね。…ありがとうさとみくん」
さとみくんの眠りを邪魔しないようにそっと頭を撫でた。
「ん……える…………」
「…! さとみくんごめんね、起こしちゃった?」
「……える…おはよう」
まだボーっとしているさとみくんの目がとろんとしていて
「おはようさとみくん」
自然と頬が緩んでしまった。
「……える風邪は?」
一瞬目を見開いたさとみくんだったけれど、すぐにいつもの調子に戻った。私の額にさとみくんの手が伸びてきて、そっと手が触れる。
「熱はなさそうだけど」
「…うん。もう大丈夫みたい」
そう微笑みかけたけれど、さとみくんの表情から心配は無くなっていなくて。
「………ほんと?苦しくない?」
さとみくんの顔が眼前まで迫ってきた。
「大丈夫。苦しくないよ。さとみくんがそばにいてくれたおかげだね。ありがとう」
ずっとそばにいてくれたさとみくんへの感謝を心から伝えて笑いかけた。
「ん。……える…」
その言葉を聞いて安心したのか、さとみくんの目がまたとろんとしてきて、 ふわぁとあくびをした。
「……眠い………」
「ふふっ…さとみくん、寝てたんじゃないの?」
その姿が微笑ましくてまた頬が緩んでしまう。
「もっと寝る」
そう言いながらさとみくんは慣れた動きで私のベッドに横になって。
「えるも一緒に寝よ」
そう、甘えるようにおねだりされてしまった。さとみくんと繋がっている手が少しだけ引かれて、甘い視線に見つめられて。
「もう…しょうがないな…。いいよさとみくん。一緒に寝よっか」
断ることなんてできなくて…したくなくて。私も一緒に眠ることにした。
「うん」
私が横になると、さとみくんにグイッと体を抱き寄せられた。離れようとしても手遅れで、繋がれただけだと思っていた手は指も絡められていた。私はすっかりさとみくんに閉じ込められてしまったのだった。
でも嫌じゃないよ。むしろこんなに近くにさとみくんがいるのは久しぶりな気がして、昔に戻ったみたいにあったかくて。私はちゃんと知っている。さとみくんがとってもあったかくて優しいの。
……いつもこのくらい、そばにいられたらいいのに────。
そう願いを込めて繋がれた手をぎゅっと握り返した。さとみくんに包まれている安心感からか自然とまぶたが重くなって、気がつけば私はさとみくんに抱きしめられたまま深い微睡みの中へと沈んでいった。
「すー…すー…」
えるの寝息が聞こえて、そっとえるの顔を覗き込んだ。目に脳に心に、全部に焼き付けて刻み込まれるようにえるの寝顔を見続けた。
えるのベッドでえると寝てる。えるの匂いたくさんする。えるからでしか得られない、オレの幸せ。─────一生このままでいいや。
あ、でも…それじゃあえるが安心しちゃう。そしたらオレに見向きもしなくなる。ずっと一緒にいたら安心しちゃうから…もっと、おかしくさせないと。
心配でいっぱいなら、オレだけが映るから────。
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