四段目 小説
死体の山をブルドーザーが押して、掘ったばかりの穴に落としていく。
そんな文章が現れて、ぼくは思わず、顔を上げた。
「どうした?」
心配そうな声が聞こえて、横を向くと、またあの子が座っていた。
ぼくは、今読んだ文を説明しようとするけれど、上手くまとめられない。でも、その子は本の背表紙を見ただけで、「ああ」と分かったような顔をした。
「それ、中々きつい話だよな。文章が上手い分、余計に際立つ」
「うん……」
背表紙の一部が破れた、その本をなぞりながら、ぼくは頷く。大人向けの小説だから、その子のアドバイスで、家にあった国語辞典で知らない文字を調べながら読んでいるけれど、なかなか進まない。理由はその内容にもあった。
七十年以上昔のナイジェリアという国の小さな町で、死亡率の高い感染症が流行する。街は封鎖されてしまって、誰も逃げられない中、主人公のお医者さんが病気と闘うけれど、人々はどんどん死んでいく——そんな内容だ。
正直、よく分からない文章の方がたくさんある。でも、人がどんどん死んでいって、お墓を作る余裕もないから、死体の山を埋めるしかない、というシーンは、ぼくでも想像できてしまった。
「作り話だってわかっているのに、なんでこんなに悲しくて、辛いんだろう」
「それこそがフィクションのパワーだよ。ただの『作り話』では済まされない。それに……」
その子が、変なところで言葉を切った。顔を覗いてみると、初めて、ためらっているような表情をしている。でも、その子は続けた。
「死は、最大の不条理だ。だけど、いや、だからこそ、無くならない」
「うん……」
ぼくは身近な人の死を体験していないし、「不条理」という言葉も、この本を読み始めて調べたばかりだけど、その子が、うつむいたまま言った意味は何となく伝わった。
そして、それがその子との最後の会話になった。
〇
お母さんの誕生日が近くて、何かプレゼントを送ろうと思ったぼくは、ブックタワーのすぐ近くにある魔法道具の雑貨屋さんに来ていた。
魔法の道具をプレゼントしたら、きっとお母さん、びっくりして大喜びするぞー。そんな気持ちで入ってみたけれど、値札のケタが想像よりも一つか二つ多くて、自分がすごく場違いな場所にきたんだと思った。
カウンターの内側から、店主のおじいさんが見ている。だから、何も買わずに外へ出るのは悪い気がして、ぼくは一応、店内を一周してみた。
店の右側には、一本の柱が半分壁に埋まっていた。そこには、「ことよ商店街の歴史」という文字が書かれたコルクボードがあって、写真とそれが撮られた年代のメモが一緒に貼られている。
このお店の写真もあるけれど、他の店や商店街の風景がほとんどだった。八百屋さん、魚屋さん、楽器屋さんに、靴屋さん。ぼくもこの三週間通って、お馴染みになった風景が四角の中に納まっている。
あんまり変わらないなぁと思っていたら、ある一枚に、ぼくの目は吸い寄せられた。ブックタワーのすぐそばのベンチに座って、本を読んでいる男の子。顔もメガネの形も間違いない、いつも話しかけるあの子……でも、この写真を撮られたのは、今から八年前だった。
「おじいさん! おじいさん!」
ぼくは、慌ててカウンターの中のおじいさんを呼んだ。おじいさんは不思議そうに目をぱちくりさせながら、右手に何も書かれていない白い紙を持って、ぼくの隣に立った。
『どうしたのかな?』と、おじいさんの紙に文字が浮かび上がる。それにもびっくりしたけれど、写真の方が気になるので、ぼくはそっちを指さした。
「この写真、本当に八年前の?」
『ああ。そうだね。八年前、十歳だったころの、
お爺さんは懐かしそうに目を細めて、頷いている。
ぼくはまだ信じられない気持ちで、写真を見た。これが、あの子だったら、今は十八歳のはずなのに……。
「この、泰人君はどうしているの?」
ぼくがおそるおそる尋ねてみると、おじいさんは寂しそうに目を伏せる。そして、手に持った紙には、こんな文字が浮かび上がった。
『もう、六年前になるかな。急に、いなくなってしまったよ』
ぼくはぽかんと口を開けた。そこからは、何の言葉も出てこない。
「死は、最大の不条理だ」——あの子が、悲しそうに言っていた時の顔だけを、思い出していた。
ブックタワーを攻略せよ! 夢月七海 @yumetuki-773
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