Day16「他のお客様には、バレないように」

「わがまま娘がなんだって? そんなもの知るか」

 とは、ビネットは言わなかった。単に我慢していたからではない。


 幼い日の彼女は、輝ける待降節の季節のまっただ中に、住んでいた家も街も全てを当局に解体されて喪うという、辛い経験をしていた。この季節が大嫌いになったのはそのためだ。

 子供にとって、降誕祭ノエルは特別なものなのだ。悲しい思い出など、残らないほうがいい。


「……メイベル先輩。ちょっと相談なんですが」

 ケーキを一つだけ、特別に売っても構わないだろうかと、彼女は小声でたずねた。

「そういう事情なら、売ってあげましょうよ。でも、他のお客様には、バレないようにしましょうね」

 先輩のOKも出た。


 紳士には店の外で待ってもらい、ビネットはケーキの箱を持って行った。

 ちょうどキャンセルが出たばかりの、南方産の熟成ココアを用いたブッシュ・ド・ノエルだった。

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