第4話 零し種とアリス
あれから、逃げるように学校を出た。帰りはどこかで食べて帰ると親に連絡する。実際は食欲が無いだけだ。学校の近くにある喫茶店に入り、アリスから話を聞く。
「うーん……どこから話そうか。とりあえずアタシのことからでいい?」
アリスはオレンジジュースを注文し、それから前を向いて真剣な顔で話し始める。
「まず、アタシの実年齢は216歳。つまり大体200年前から生きてる。と言ってもアタシの生まれは232年前だけど」
私は、話の内容を理解しようと必死だが、もう既に何を言っているかわからない。鞄からノートを出して図を入れて書いていく。これならまだ理解はしやすいだろう。
「アタシは16歳の時に"不思議な国"に行って、そこから200年近くそこで過ごしてたの。向こうとこっちでは時間の流れが違うらしくてね、向こうで1日が経つとこっちでは50年が経過する。で、アタシは向こうで約4日過ごした。ここまではついて来れてる?」
オレンジジュースを飲みながら一度話を止める。ノートに書くのが追いついていないので、話を止めてくれたのだろう。
「うん、大丈夫。続けて」
「今から16年くらい前にね、いきなり扉が開いたの。あ、扉っていうのは不思議な国に入る扉ね。で、アタシはその扉から外に出たの」
アリスがまた話を止める。注文した品が運ばれてきたからだ。つまり、この話は私以外に聞かれると厄介だということを即座に理解してしまう。
「アタシが外に出た時にね、それにつられて向こうの住人の何人かが逃げっちゃったの。そして、その逃げた住人が誰かに隠れた。隠れたってのは誰かと同化したってことね。美兎、貴方もその1人よ」
書いている手が止まる。書いていても理解ができない。
「えっと……つまり、不思議な国の住人がアリスと一緒に逃げて、その住人は幽霊みたいになって誰かの体に取り憑いている。って認識ていい?」
「んー……うん。まぁ大体合ってるからその認識でいいよ」
少しずつ飲み込んで理解する。
「説明を続けるわね?美兎の言い方で言わせてもらうけど、取り憑かれた人は必ず何かしらの特性(のうりょく)が現れるの。アタシは向こうで色々食べたから特性が発現したけど」
「特性……あ、首刎ねられても死ななかったやつ?」
先ほどの光景を思い出す。先ほどとは違い、動悸も息切れもしなかった。
「うん、そう。アタシの特性はちょっと説明が難しいんだけど、平たく言えば再生、少し難しく言うなら細胞分裂。内容を言えばアタシは歳を取らない」
「歳を取らない……え?じゃあなんであの時死ななかったの?」
確かにあの時あの瞬間、アリスは首を刎ねられていたはずだ。
「それも説明がめんどくさいのよねぇ。不思議な国には変な食べ物があるの。例えば『食べると体が大きくなる』とかね?それで、現実世界から見て500年に一度、『食べても死なない』果実が出るの。アタシはそれを食べた。だから死なないの」
カタンという音とともにシャーペンを机の上に落とす。ノートは途中から書いておらず、中途半端な文で止まっていた。
「……理解も納得もできないけど……今はいいや。とりあえずアリスは不老不死って覚えとく。それで?私のその特性?ってやつはなんなの?」
「美兎の場合は白うさぎが取り憑いてるから足だよ。走るのが速かったり跳躍力が高かったり。足に関するいろいろなことが強化されてる」
少し過去を振り返る。確かに小さころからやたら足が速かったり不自然なことがあったことを思い出す。
「言われればわからなくもないけど……それで、さっき言ってた零し種ってのは?」
「零し種はそうだな……簡単に言えば頭の中の怪物かな。不思議な国では頭で思い浮かべたことがそのまま起こるの。その現象がこっちでも起こってしまった。さっき襲ってきたやつもそう。誰かに想像され、そして創造された哀れな怪物」
前に、クラスの男子が話していたことを思い出す。確かあの時話していた男子はオカ研究に所属していた。
「……あの時話していた『狩りパク』っていうありもしない都市伝説が、不思議な国の影響で現実に現れてしまったってことか」
ようやく頭が冴えてきたのか、理解がしやすくなる。
「うん、そういうこと。で、アタシはその零し種を無に返すためにあちこち転々としてるの。あれは本来この世に存在してはいけないものだから」
「……なんとなくわかったけど。その零し種?ってのは全部でどれくらいいるの?」
率直に思ったことを聞く。
「今確認しただけでは全部で7体くらいかな。けどまだまだ増えると思うよ」
増える、と聞いて何故か納得してしまう。あの男子みたいに、想像なら誰でもできてしまうからだ。
「ま、今アタシが説明できるのはここまでかな?」
「……まだ腑に落ちてないところはいくつかあるけど、今は無理やり納得するよ。なんか一気にめんどくさくなったなぁ」
ストローに口をつけて吸う。が、何も口に入ってこず、コップを見ると、既に空になっていた。
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