暗号

 小夜子が失踪した。翌朝のことだった。

 私が教室に入ったとき、妙な感じがした。解消するのに多くの時間はかからなかった。小夜子の席がなかったのだ。

 それだけじゃない。クラスメイトは、それがさも当然のように振る舞っている。机に腰掛けて談笑する男子たちも、「おはよう」と私に手を振る仁美も。

「ねえ聞いてよお」仁美が抑揚をつけて話す。「月船に乗ってきたおじいちゃんが、今朝帰ってきて、おみやげを渡してくれたの。羨ましいでしょう」

 仁美は「東京ばなな」と書かれた小型の箱を取り出した。本当は、小夜子のことが心配でそれどころじゃなかった。でも仁美の話を広げないと、いつ仲間外れにされるか分かったものじゃない。

 結局、仁美の話に合わせた。「おじいさん、帰ってきたんだ」

「でも、すぐに行っちゃうみたい。月船の燃料補給が一日くらいで終わるから。にしても、東京ねえ。可愛い服が沢山あったみたいよ。睦月は絶対に知らないと思うけど。絶対にね」

「へえ、そうなんだ」適当に相槌を打ちながら、私は東京ばななを眺めた。

 東京といえば、海面上昇の影響で、神奈川・千葉・埼玉・茨城と共に沈没したはずだ。六〇年ほど前の話らしい。それから大坂都が急遽設置されたそうだ。もっとも、私たちは群馬県の高崎市に住んでいるから関係ないけど。

 なにはともあれ、仁美は自慢がしたいんだろう。海底に沈んだ東京の遺産を見せびらかすことで、優越感に浸りたいんだろう。辟易する。睦月は絶対に知らないって、見下しているような言い方をして。また彼女のことが苦手になっていく。

 ガタリ、と教室の扉が開いた。裕介だ。「あれっ」と呟き、戸惑ったような顔つきになっている。裕介も違和感を覚えているんだろう。小夜子の席がないことも、それを気にせずに過ごしている私たちのことも。

「睦月」裕介が歩み寄ってくる。「どういうことだ」

 仁美との会話から離脱するにはいい口実だ。仁美に「ごめん」と告げてから、裕介と廊下に出た。喧騒と雑踏に包まれる。静寂を求めるように、私たちは階段の踊り場へと向かった。

 着いて早々、裕介が切り出した。「小夜子の席がなかった。何か知らないか」

「知らない」私はかぶりを振る。「疑問に思ってたよ。私だって」

「知らんぷりして、仁美と楽しく話していたように見えたが」

「世間体って分からないの?」私は声を荒げた。「話しかけられたから相槌を打っただけ。小夜子の悪口を言うヤツと、どうして楽しく話さなきゃいけないわけ?」

「今、自分も陰口を叩いていることを忘れんなよ」

 沈黙が訪れる。もはや喧騒も雑踏も聞こえない。ばつが悪い。

 裕介がどうかは知らないけど、私はちょっとだけ反省していた。問題は小夜子の席が消えていることなのに、関係ないことで揉めたら仕方がない。まだまだ子供なんだな、と自戒する。

「思うんだ」裕介が口を開く。「小夜子、仁美とかにいじめられてんじゃないかな」

 その可能性は考えた。陰口以上の悪意が小夜子に向けられている可能性。でも、小夜子は強い子だ。そんなもの、平手打ちではねのけちゃって、ケラケラ笑っている子なんだ。

 だから違う、と思う。確証はないけど、きっと違う。

「それとなく、仁美に訊いてくれないか」裕介が言った。「睦月、仁美とよく話しているだろう」

 でも、その提案に乗ることはできない。私は首を横に振った。裕介は不機嫌そうに舌打ちする。それから「どうしてだ」と怒鳴る。

「まさか、仁美と共謀して、いじめてんじゃないだろうな」

「違うって」私は拳を震わせる。悔しくて、俯く。「それだけは絶対に違う」

 言えるわけがない。仁美に訊くことが怖いだなんて。仮に小夜子をいじめていても、そうでなくとも、ひとたび仁美に真実を問えば「睦月が疑った」という事実が残る。そうなれば、仁美は私を仲間外れにするだろう。指をさして嗤うだろう。

 それだけならいいんだ。問題は、小夜子がそれを目撃してしまうことだ。小夜子は優しい子だから。

 裕介が頬を掻く。「まあ、今はいいよ。いじめだって決まったわけじゃないし」

 気を遣ってくれたみたいだ。なんだか申し訳なくなる。

「転校、したのかもしれないし、な」

 口ではそう言いつつも、裕介が本当にそう思っているわけじゃないのは、鈍感な私にも分かった。だって、小夜子が何も言わずに、どこかに行ってしまうだなんて有り得ない。行ってきますも言えないなんて思わない。小夜子は真面目な子だから。

「朝礼が始まります」機械音声が、廊下中に響く。「三分以内に教室に戻り、ゴーグルポインタを装着してください」

 内緒話はおしまいだ。どちらからともなく、教室に向かう。頭は小夜子のことばかりで、朝礼もまともに聞けないなって思った。もっとも、朝礼なんか誰もまともに聞いちゃいないだろうけど。

 教室に入り、自分の席に座る。机の天板が開かれて、私のゴーグルが現れた。このゴーグルは教育用だから、正確には私じゃなくて学校が保管している。持ち帰るのも厳禁で、校舎から持ち出すと、持ち出されたクラスのスピーカーから警報が鳴るらしい。

 聞いた話によると、クラスメイトのゴーグルに「〇〇さんがゴーグルを持ち出しました」と通知されるとか。こんなの晒し首だよ、と思う。もっとも、家に自分のゴーグルがあるから、わざわざ学校のを持ち出す理由なんかないけど。

 私の親世代はタブレットで授業を受けていたようで、持ち帰りも許可されていたらしい。でも操作が不便だったり、情報セキュリティが甘かったりで、最終的にはゴーグルポインタに立場を奪われたようだ。

 ゴーグルを装着する。朝礼開始一分前だ。退屈だなあと思っていると、一件のメッセージが来ているようだった。多分クラスメイトだろう。学校の中なら直接話せばいいから、メッセージなんか全然来ないのに。なんとも珍しいものだ。

 メッセージを確認してみる。送り主は不明だった。私たちのユーザーネームは出席番号で管理されているのだけど(たとえば、私はtwoだ)、その送り主のユーザーネームは「null」、つまり存在しないアカウントとして扱われていた。しかも内容は「綾瀬睦月」のみ。意味が分からない。送信された時刻は、昨日の十七時頃。私が下校した直後だった。

 ゴーグルを外して、隣に視線を遣る。案の定、隣の裕介がこちらを見ていた。

「nullって人からメッセージが来ていた。昨日の十七時くらいに」裕介は眉間を寄せた。「でも、俺のフルネームが送られてきただけだった。気味が悪いよ」

 二人で不思議がっていると、ゴーグルに「装着してください」と注意されてしまった。機械は融通が利かないものだ。

 あれ。私の中で、一つ疑問が生じる。

 nullは昨日の十七時にメッセージを送った。それは特に問題ないはずだ。だってnullは人間のはずで、人間にはメッセージを送る能力がある。nullの正体は予想がついていた。私と裕介に用があるのは小夜子だけだから。

 引っかかっているのは、そういうことじゃない。送り主のことじゃなくて、もっと単純なことなんだ。

 機械音声の「おはようございます」を聞き流しながら、疑問の正体に気が付いた。

 机はゴーグルをしまうために存在している。小夜子の机は消えている。

 それじゃあ、小夜子のゴーグルは今どこにあるというのか。

 校舎の外にはないはずだ。「国枝さんがゴーグルを持ち出しました」というメッセージは、私のゴーグルには届いていないからだ。裏を返せば、それはゴーグルが校舎内にあるということの裏付けなんだ。ならばどこに。誰かが机ごと隠したのなら、誰か以外の誰かが騒ぎ立てるはずだろう。

 そもそも、小夜子が消えたのに、私と裕介以外の生徒は気にも留めていないように見える。それこそ、私たちだけが何も知らされていないかのように。それが解せない。

 仮に私たちが何も知らないなら、情報格差はどこで生まれたんだろう。引っかかるのは、昨日の歴史の時間。余談という名の科学論だった挙句、仁美や他のクラスメイトよりも二分遅れて終了していた。同じクラスなら、同じ時間に授業が終わるはずなのに。

 違いが生じたのなら、そのときに違いない。なんらかの手段によって、私たちの歴史の授業が改ざんされた。それはなぜか。もっとも単純な結論は、メッセージを受け取る理由があったということ。

 ところで、なぜ歴史の授業だけがおかしかったんだろう。文芸学、古典数学はいつも通りだった。歴史だけおかしかったんだ。

 授業は録画されていて、いつでも見直すことができる。更に機械が喋るんだから、同じ語句を繰り返す必要なんて全くない。

 でも、あの授業は繰り返した。わざわざ繰り返すと宣言してから、『万葉集』と『日本書紀』の名前を出した。しかも、画面に紙の書籍が映し出された。何かを暗示するかのように。

 それら二冊は、一般的に古本と呼ばれている。では古本と小夜子、そして歴史を繋ぐものは一体全体なんだというのだろう。

 簡単だ。古本屋だ。正確に言うと、古本屋を営むチイさんだ。

 チイさんが、小夜子のことを知っているかもしれない。


 読書といえば、ゴーグルポインタを介して行うものだ。だから紙の書籍に需要なんてなかった。私たち三人が古本屋を訪ねていたのも、別に書籍目当てではなくて、チイさんの昔話を聞くためだった。小さな頃の私たちは、昔話というものが、まるでファンタジーのように俗離れしたものだと思っていた。世界観や価値観なんか理解できなかった。同時に、理解できないことも楽しんでいたんだ。

 今日の授業を終えて、裕介と古本屋に向かう。小夜子はしばしば訪れていたようだけど、私たちは数年ぶりだ。だからチイさんが私を覚えているか不安だった。でも、いざ店の扉を開けると「あら睦月ちゃん」と出迎えてくれた。ちょっとだけ嬉しくなった。

 チイさんは古本屋を営むおばあさんで、今年で還暦を迎えるという。白髪も少なく、まだまだ若いと思うけど「アタシはもうじき死ぬからねえ」なんて言っている。平均寿命は八〇歳前後なのに。

 チイさんの幼少期は不思議なもので、コントローラを使わないと物を動かせなかったらしい。他にも、ウェアコンがなかったから季節ごとに着る服を変える必要があったり、新型コロナウイルスの影響で高校の修学旅行に行けなかったりで、想像するだけで不便な世界に生きていたみたいだ。なんだか可哀想だと思う。

 店は本棚と呼ばれる壁みたいなもので覆われていて、中には紙の書籍がぎっしり詰まっている。『万葉集』と『日本書紀』もあった。しかし書籍は全く取り出されていないようで、埃を被っているものも、ちらほら。店主のチイさんは、襖を背にして、中央奥のカウンターに立っていた。

「久しぶりね」チイさんが喋る。「こんな古本屋に来るの、あなたたちだけよ」

「元気そうでよかったです」裕介が微笑む。

「敬語なんて、らしくないじゃない」

 チイさんは口元を隠しながら、垂れた目を細めた。その上品な仕草が好きだったのを覚えている。小さな私にとって、チイさんは狐のように妖艶に見えたんだ。月日が経った今も、その美しさは変わっちゃいなかった。

 チイさんは椅子に腰かけて、肩の力を抜くように、ふうと息を吐いた。

「色々見ていきなさいね。今日で閉店だから」

 閉店。なんとなく予想はできていた。とっくに覚悟も決めていた。だって、古本屋には私たちしか来ないから。でも、まさか今日だなんて。経営が苦しくなったんだろうか。それとも還暦を機に辞める決心を固めたんだろうか。

「ちょっと、余裕がなくなっちゃってね」チイさんが空を仰ぐ。

「やっぱり経営難ですか」

 裕介は経営難だっていうけど、チイさんの言う「余裕」は、本当にお金の余裕なんだろうか。それにしても、今日は細かいことがよく気になる。よくないな、と自分を戒める。

 そこで、本題に入ることにした。私たちが古本屋に寄ったのは、突然失踪した小夜子を捜すためだ。チイさんなら何か知っていると考えた。

 そういったことをかいつまんで説明すると、チイさんは「本でも見て待っていて」と店の奥へと行ってしまった。私たちにとっての本は電子書籍だから、一瞬何をすればいいのか分からなくなる。

 しかし今日で閉店ということもあり、せっかくなら紙の書籍を手に取ろうと思い立った。ふらふらと歩き、『風の歌を聴け』『博士の愛した数式』などが並ぶ古典文芸コーナーを眺める。授業で読んだ作品もあって、なんだか懐かしい気分になった。

 古典文芸と隣接した歴史書コーナーは、新型コロナウイルスに関するものが大多数を占めていた。あまりの存在感にたじろぐ。その中の一つを恐る恐る手に取ると、埃が舞って、私は咳き込んだ。お客さんが誰も来なかったんだろうと改めて察せられる。

 表紙をめくると、二〇一九年一二月、と大きな字で書かれていた。これが始まりということだろうか。もう一ページめくろうとしたとき、襖の開く音がした。

 持っていた本を元の位置に戻し、襖に目を遣る。戻ってきたチイさんが持っていたのは、紛れもなく、ゴーグルポインタだった。

「小夜子ちゃんに渡されたの」

「小夜子」私が復唱する。動揺を隠せない。

「そう。昨日の十九時くらいかしら」

 チイさんに会うことでなんらかの進展が得られるとは思ったけど、まさかゴーグルの現物が見つかるとは思いもしなかった。でもどうしてだろう。ゴーグルを持ち出すのは校則で禁じられている。しかし小夜子は、学校や私たちに気付かれることなく、チイさんにゴーグルを受け渡せている。一難去ってまた一難。謎は減るどころか増えるばかりだ。

 ひとまずゴーグルを受け取り、装着してみる。データは初期化されていたようで、小夜子の痕跡はどこにも見られなかった。それでも残り香を探そうとデータを漁っていると、メモファイルを見つけた。

 躊躇なくそれを開く。たった一行だけ、暗号らしきものが書き残されていた。


 Print(two + thirty)


 裕介にゴーグルを渡し、メモの内容を確認させる。彼はしばらく硬直して、しばらくした後に「三二だよな」と呟いた。

「なんで足し算にしたのかは知らんけど」裕介はゴーグルを外す。

「でも、三二ってなんだろう。何を暗示してるんだろう」

 まず考えついたのは、出席番号だった。そのメモが指し示すのは、出席番号三二番のクラスメイト。問題は、私たちのクラスには三一人の生徒しか在籍していないということ。

 三二番目の生徒、つまり転校生が来ることの暗示なんだろうか。小夜子が前触れもなく失踪したということは、その転校生が小夜子なんだろうか。それなら、なぜ最初の小夜子は消えてしまったのか。そもそも、三二番目の生徒は本当に存在するんだろうか。考えれば考えるほど結論から遠ざかる気がして、出席番号の可能性は放棄すべきだと考えた。

 次に思い浮べたのは、住所。これは二と三〇の足し算ではなくて、二条三〇丁目を指し示しているのかもしれない。もっとも三〇丁目という非現実的な住所なんかなさそうだけど。そもそも、どこの二条三〇丁目かのヒントもない。解かせる気がない暗号なんて、暗号の意味を成していない。

 そもそも、この数式に意味なんかないのかもしれない。データを初期化したのはいいものの、プログラムがエラーを吐いて、意味のない数式を生成した可能性がある。その場合、考えたくないけど、小夜子の捜索は振り出しに戻ることになるだろう。

「今、明確に分かっていることは、ただ一つ」

 裕介が、さも探偵を気取るかのように振る舞った。

「小夜子は、もう学校に在籍していない」

 もう在籍していないだなんて、訳が分からない。考えが飛躍しすぎている。そこで裕介に解説を求めたところ、彼は丁寧に教えてくれた。

 ゴーグルを校舎の外に持ち出すと警報が鳴る、という噂を真実だったと仮定しよう。その場合、「国枝さんがゴーグルを持ち出しました」と、私たちのゴーグルに通知が来るはずだ。そう、国枝小夜子の情報が登録されていた状態なら。

 小夜子はゴーグルを初期化したんだ。それから外に持ち出して、チイさんに渡した。だから警報も鳴らずに、通知も来なかった。なぜなら、持ち出されたゴーグルは、もはや誰のものでもない「null」のゴーグルだったんだから。

「じゃあ、あの暗号は小夜子本人が書いたんだよね」

「多分な」裕介が頷く。「チイさんが書いたとも考えにくいし、小夜子の仕業だと思う。ただ、断言できる根拠がないのも事実……」

 チイさんは、穏やかな目つきで私たちを眺める。裕介が小夜子について訊いても、「さあねえ」と口元を隠して微笑むだけだった。確実に何かを知っているんだろうけど、きっと教えちゃくれないんだろう。意地悪だとは思わない。疎外されたような気がして寂しいだけだ。

 チイさんが口を開く。「アタシができるのは、本を貸し出すことだけね」

「本って言ったって……」私は顎に手を当てる。

 古本を借りる必要なんかあるんだろうか。そもそも、一刻も早く暗号を解かなきゃいけないのに。その暗号のヒントが載っているなら別だけど、二一三〇年に生きる私たちが、一〇〇年以上前の知識を使う機会なんかない。それこそ、暗号がずっと昔に書かれたわけでもない限り。

 ところが、裕介は熱心に本棚を漁っていた。埃が舞うことも厭わずに、本を手に取ってはしまう。それを何度も繰り返す。何かに気付いたんだろうか。

「睦月も探せよ」黙っている私がおかしい、とでも言わんばかりの態度だ。

「何を探せばいいの?」

 疑問を呈した私。裕介は、動作を止めることなく答える。

「Pythonの解説書だよ」

 言われて、はっとした。これも昨日の歴史の授業で解説していたはずだ。聞き流していたけど、わずかながらに覚えている。Pythonとかいう、一〇〇年前のプログラム言語の話を。

「そうか、そういうことか」裕介が独り言つ。「昔のプログラム言語なんて、今使ったとしても、ただ不便なだけだ。今の教育なら、もっと単純で有用な言語を教えるはずだもんな」

「それが何だって言うの」埃が舞う。私は咳き込む。

「古本屋にでも行かなきゃ、この暗号は解き明かせない。裏を返せば、古本屋に行くような人物が暗号を書いたってこと。つまり……」

 やがて、裕介は一冊の分厚い本を取り出した。『初心者のためのPython講座』と書かれている。

「この暗号は、プログラムエラーの産物じゃない。紛れもなく小夜子が書いたんだ。解き明かせば、絶対に情報が得られるってことだよ」

 裕介が表紙をめくると、はらりと紙が舞い落ちる。掴もうとしても、風に乗って中々思うようにいかない。結局、その紙は床に落ちてしまった。裕介が拾い上げて、ふうふうと息を吹きかける。

「よっしゃ」裕介が口角を上げた。「暗号の正体は、Pythonのコードで間違いない」

 裕介に渡された紙を見て、私も、自然と口角が上がるのを感じる。

「小夜子のやつ。あの歴史の授業に、大ヒントを隠していやがったな」

 その紙には、たった一文が、されど一文が書き残されていた。


 Print(two + thirty) その狭間に、私――国枝小夜子は向かいます。

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