第25話 両者激突

 あるだけの魔物の死体からマナを吸収して、マナを回復させていく。


 作戦を再度確認しておこう。

 暴毒の硬い外骨格は、倒すうえでの非常に厄介な障壁となる。


 生半可な攻撃ではダメージすら通せないからだ。

 恐らく、あの暴毒にとっての俺の切り札は、『劫火』を使った俺の現時点での最高火力の技、レーザーになる。


 レーザーを当てれば、あの暴毒といえども確実に致命傷となる。

 暴毒にレーザーを当てれるかどうかが勝負の勝敗を分けるだろう。


 エルフたちに『解毒』を使ったため、俺のマナはかなり減っている。暴毒の毒は強いため、解毒するにはそれなりのマナを消費したのだ。

 その上、レーザーはかなりのマナを食う。


 恐らく、俺がレーザーは三発だけ。マナを振り絞れば四発は可能かもしれないが、レーザーだけにマナを使うわけじゃない。戦いの中で『土石』の土の槍や『劫火』の炎を使う際にマナを消費するとしたら、撃てる数は三発と見るべき。


 つまり、俺は三発撃つ間に、絶対に一発は命中させなければならない。

 だが、レーザーを撃つまでには溜めの時間が発生する。


 その間、暴毒の動きを止めておく必要がある。

 その動きを止める手段は『土石』の泥の沼が最適だろう。


 泥の沼で動きを止め、その間にレーザーを撃つ。

 これが暴毒を倒すための、俺の勝ち筋となる。


 森の中だと奇襲される恐れがあるため、開けた場所である集落の真ん中で俺はやつのことを待ち構えていた。

 エルティアたちは少し離れたところで俺を見つめている。


 やれることはやった。

 深く息を吐く。


 大丈夫だ、勝算はある。絶対に負けると決まったわけじゃない、

 すでに陽は沈み、闇が森の中を包んでいる。


 その中で、奴は来た。

 地面を揺らす振動と共に森の中から現れたのは、八脚八つ目の巨大な蜘蛛。


 その名を暴毒。

 闇に赤い瞳を光らせて、俺の目の前に現れた。


 暴毒から激しい怒りが伝わってくる。俺が暴毒の獲物を横取りしたからだ。

 月光が俺と暴毒を照らしている。


 先に動いたのは──俺だった。

 脚に力を込め、一瞬で暴毒との距離を詰める。


 その勢いのまま……暴毒を素手で殴った。


「──ッ!!」


 暴毒が悲鳴のような声を上げる。

 暴毒は脚でガードしたものの、衝撃を吸収しきれずに真後ろへと吹き飛ばされる。


 真後ろにあった木をなぎ倒しながら暴毒は背中から森の中へと突っ込んでいった。

 マナもまだまったく吸収しきれていないのに、この身体能力か。イグニセウスのマナと骨から作られたこの身体のスペックに恐怖すら感じる。


 一撃目が通ったのを見て、エルフたちが歓声を上げた。


「いける、いけるぞ……!」

「これなら……!」


 歓声を上げるエルフたちとは裏腹に、俺は渋い表情だった。

 一撃目は通ったものの、有効打とはいえない。


 分厚い装甲の戦車を殴ったような感触と、手に残る痺れがそれを訴えてきている。

 やはり奴の身体は硬い。ただの打撃じゃあいつには致命傷を与えるのに、何百発も必要になってしまう。

 マナの量からして身体能力も持久力も耐久力もあちらの方が上。持久戦で先に音を上げるのは俺の方だ。


 攻めて攻める。これしかない。

 俺は暴毒へ距離を詰める。


 暴毒は起きあがあり、森の中へと後退していく。


「逃がすか……ッ!!」


 暴毒を追って森の中へと入る。

 森の中に入った瞬間、暴毒の姿を見失った。

 マナの気配もない。マナも隠しているのだ。


「どこだ……!」


 俺は周囲を見渡す。

 しかし夜かつ森の中という状況で、どこに暴毒がいるのかわからない。


 殺気──ッ!!

 振り返るとそこには、暴毒が俺に対して鋭利な爪を振り下ろそうとしているところだった。


「ッ!!」


 俺はとっさにその爪を手で受け止める。

 暴毒は力を込めて爪を押し込んできた。


 目の至近距離までその爪が迫ってくる。

 俺が爪を掴んで押し返す力と、暴毒の爪を押し込んでくる力が拮抗し、爪と手が震える。


「おお……ッ!!」


 徐々に俺が爪を押し戻し始めた。

 すると暴毒が反対側の脚を振り上げ、俺の頭目掛けて振り下ろしてくる。


「ぬぅんぁ……ッ!!!」


 ギィンッ!!

 爪を掴んでいる手とは反対側の手で、振り下ろされた爪を弾き飛ばした。


 弾き飛ばした衝撃で火花が散り、森の中の暗闇を一瞬だけ照らす。


 弾き飛ばされた暴毒は衝撃により上体を仰け反り、体勢を崩した。

 その隙に爪をしっかりと掴んで逃げられないようにしてから、俺は手のひらを暴毒の腹へと向け……炎を爆発させた。


「喰らえ」


 ッドンッッッ!!!


 バーナーのような炎と爆発が暴毒の腹に命中した。

 ガードもないクリーンヒット。


 しかし……。


(くそっ、この攻撃じゃコイツの外骨格を貫けない……!!)


 暴毒の腹は少し焦げているものの、その表面の外骨格にほとんど傷はなかった。

 暴毒のマナは多い。その分体表はまるで鉄の鎧を着込んだように固くなっており、頑丈になっている。


 もっと火力のある技じゃないと、コイツに致命傷を与えることは出来ない。

 これ以上の技は、一つしか無い。


 熱線をコイツに当てれば、俺は勝つ。

 しかしその前にある程度体力を削って動きを止めなければならない。


 そのためには……殴り合いだ。


 俺は前世でろくに喧嘩したことすら無い。

 もちろん武術は習ってなかったし、技なんてもってのほかだ。


 どうやって拳で戦えば良いのかなんてわからない。


 だから俺にできるのは美しさもへったくれもない──無骨で地味で、泥臭い戦い方だけだ。


 片方の腕で暴毒の脚を握ったまま、もう片方の手で拳を握りしめる。

 体勢を戻しつつある暴毒に、全力で殴りかかる。


 ボクサーのようなパンチとは違う、単純な大振りの一撃。

 暴毒はパンチが当たる直前に爪を滑り込ませ、俺の拳を腕ごと弾いた。


「っ……!」


 身体を弾き飛ばされ、爪を掴んでいた手も離してしまう。

 後ろに飛ばされた俺は脚を地面に突き立て、地面に脚を擦り付けながら砂を巻き上げ強引に減速した。


 土埃が周囲に舞う。

 動きが止まり、顔を上げると同時に脚に力を込めて走り出す。


 暴毒も俺の方へと向かって来ていた。

 爪が俺へと向かってまっすぐ突き出される。


 それをボクサーがガードするときのように腕を立てて、爪の軌道を逸らした。

 ギャリギャリと音と火花を立てながら腕の上を爪が滑っていく。


 もう片方の腕で、拳を繰り出そうとする。

 だが爪によって拳が弾かれ、拳と爪の衝突に火花が飛び散る。


「ぬ、アァ……ッ!!」


 爪が伸び切り、ガードは不必要と判断した俺はその腕を使い……アッパーを食らわせた。


 ドッッッッゴンッッッ!!!


 硬い外骨格と外骨格がぶつかる。

 鉄と鉄がぶつかり合うような音が響き、暴毒の顔が跳ね上がった。

 クリーンヒット。


 よろめいた暴毒は二、三歩後ろに下がると腕を横薙ぎに力任せに振るう。


 腕でガードしたものの、暴毒の凄まじい力に俺は体ごと真横に吹き飛ばされる。

 木を巻き込みながら森の中を飛んでいく。


 空中で体制を立て直し、地面に着地する。

 顔を上げた瞬間……暴毒が目の前にいた。


 振り下ろされる爪を前転して避ける。

 暴毒の鋭利な爪が地面に突き刺さり、割れた土の塊が空中に巻き上げられた。


 あの爪をまともに食らったら、いかに俺の体が硬いと言っても表面を貫通するだろう。


「う、おぉ……ッ!!」


 俺は暴毒に対して、動物にとっての一番原始的な攻撃……体当たりをかました。

 鉄と鉄がぶつかるような音とともに暴毒が後ろへと吹き飛ぶ。


 そして暴毒は砂埃を上げながら爪を地面に突き立てて減速すると、俺へとまっすぐ突っ込んできた。


 ──ここだ。


 奴は今完全に、俺の攻撃が打撃だけだと考えている。

 そして完全に頭にも血が上っている。


 今なら、俺の泥の沼が通じる。

 暴毒と俺の間の真ん中に泥の沼を作る。


 夜かつ暗い森の中で作られたその泥沼を暴毒は察知することが出来ず、脚の一本を半分ほど泥沼に突っ込んだ。

 その瞬間泥を固めて、脚を抜けないようにする。


「──ッ!?」


 いきなり体勢を崩した暴毒は驚いたような下を向く。そして地面の中に埋まっている自分の脚を引き抜こうとして……簡単には引き抜けなかった。


「脚が半分も埋まってたら、簡単には引き抜けないだろ」


 暴毒が抜けない脚へと目を取られ、俺の方へと視線を向けると。

 手のひらに凝縮した炎の塊を作っている俺がいた。


「終わりだ」


 その一言と共に、決定打となる一撃が暴毒へと放たれる。


 完全に決まった。

 そう感じた。


 しかし次の瞬間……暴毒はいとも容易く脚を引き抜き、レーザーを躱した。


「な──」


 ありえない光景に思わず声が漏れる。

 あの土から脚を引き抜く力も、それからレーザーを躱す俊敏性も全く俺の想定を超えている。


 「泥の沼で足を取り、固めて抜けなくなった後にレーザーを撃つ」という必勝のコンボすら覆された。

 前提が最初から覆された。


 そのうえレーザーと泥の沼のコンボという手札すら見せてしまった状態。

 一気に形勢不利に追い込まれた。


 暴毒が嗤っているように口を動かす。

 ……いや、まだだ。


 少なくとも避けた、ということは、すくなくとも暴毒もあのレーザーは食らったらまずいと考えているということ。


 まだ、あと二回レーザーは撃てる。

 その内に……絶対に当てる。


 改めて俺は暴毒へと拳を構えた。

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