第24話 決意
「ここにシェリスが……」
俺はフィアナに教えてもらった暴毒の巣の前まで来ていた。
崖のように切り立ったところに、洞窟の穴が空いている。
暗い穴の中を見ているとまるで、吸い込まれるような感覚に襲われる。
同時にあの暴毒に追い回された恐怖を思い出し、心臓がバクバクと鳴り始めた。
「ふー……」
落ち着け、俺はシェリスを救いに来ただけだ。
あいつとは戦わない。シェリスを助け出し、すぐに逃げる。
これで大丈夫なはずだ。
俺は暴毒の巣がである洞窟の中へと入っていった。
***
洞窟の奥からは、あの大量のマナが溢れてきていた。
手のひらに炎を出してその明かりを頼りに、俺は洞窟の奥へと進んでいく。
しばらく進んで、俺は衝撃的な光景を目の当たりにした。
「何だ、これは……」
洞窟の中に無数の糸で巻かれた何かが吊るされ、保管されていた。
十や二十じゃきかない。
動物、魔物……ありとあらゆる生物が天井から吊るされ、息ができるようにか顔だけは出ていた。
中には……生きたまま足の先から食われて、苦しそうにうめき声をあげている魔物までいた。
できるだけ新鮮さを保つために殺さないようにしているのだ。
それだけじゃない。明らかにおもちゃとして遊ぶみたいに、糸で拘束された上から爪で何度も刺されているような魔物もいた。
その光景を見て、吐きそうになった。
「うっ……」
暴毒……アイツは残虐だ。
「うぅ……」
人間のうめき声が聞こえて、俺は弾かれたようにその方向を見た。
「シェリス……っ!」
糸で巻かれたシェリスが天井から吊るされていた。
「待ってろ、今下ろしてやるからな……!」
すぐに力ずくで糸を引きちぎろうとしたが……なかなか糸は切れない。
それならと『土石』で岩のナイフを作ったが、それもなかなか糸を切ることは出来なかった。
「くそっ、なんで……」
シェリスを救い出すのが遅くなればなるほど焦燥感が募っていく。
いつあの暴毒が巣に戻ってくるか分からない。
この逃げ場のない洞窟の中で出会ってしまえば、そこで俺達は終わる。
だから一刻も早くシェリスを救い出してここから出るべきなのに、糸が切れない。
そうだ、炎で燃やすのはどうだろうか。
蜘蛛の糸を火で焼いていくシーンを見たことがある。
試しにシェリスが巻かれていない、そこら辺に張り付いてた糸を燃やす。すると予想通り簡単に溶けていった。
「これなら……!」
シェリスに巻かれている糸に炎を使い、溶かしていく。
糸の拘束から解放されたシェリスの肩を支える。
「シェリス、大丈夫か……!」
「グレン、様……」
また脇腹に怪我を負っている。ということは毒も入れられているはずだ。
すぐにシェリスへと『解毒』を使った。
シェリスは言葉を途切らせながらも言葉を紡いでいく。
「グレン様……ここに……私たちの……仲間がいます……」
シェリスがとある方向を指差す。
「ッ!」
するとそこには他のエルフが糸で巻かれて吊るされていたのだ。
「お願いします……どうか……彼らも……助けて……」
「分かった……っ!」
恐らくこのエルフたちはシェリスの村の仲間たちだ。
俺はシェリスと同じように糸を燃やして糸の拘束を解いていく。
全員腹に穴を開けられて毒が回っていたので、それを解除していく。
そして合計十人ほど拘束から解放した。
「うぅ……」
「おい、大丈夫か。動けるか」
「俺は……大丈夫だ」
助けてたエルフのうちでも、数人の男性は腹に怪我を追っていながらも立ち上がった。
全員俺の顔を見た瞬間ギョッとした顔になったが、「俺は敵じゃない」と伝えると、自分が助けられたことも相まってかすぐに飲み込んだ。
けが人を支えられることができれば支えてもらい、あとは俺が担ぐことにした。
巨大グモが戻ってくる前に、俺達は巣から出ていく。
元は戦士なのかエルフの男性の身体能力は凄まじく、怪我を負っているにもかかわらず、けが人をそれぞれ一人以上抱えながら森の中を走っていた。
俺達はもとの集落があった場所へと戻ってきた。
「グレン様……!」
エルティアとフィアナはシェリスを連れて戻ってきた俺を見て喜ぶと同時に、後ろから着いてきているエルフたちを見て驚いていた。
「まさか……!」
「彼らの治療を頼む。全員怪我をして──」
その瞬間。
────ッッッ!!!!
森中に、大地を震わせるような咆哮が響き渡った。
その咆哮から激しい怒りが伝わってくる。
「今のは……」
方向は巨大グモの巣があったところだ。
暴毒が怒り狂っているのだと、直感的に理解した。
「なんで奴が怒り狂ってるんだ」
「恐らく、獲物を奪ったからかと」
「獲物を奪ったから……?」
俺はエルティアに聞き返す。
するとエルティアとフィアナが申し訳無さそうな顔で伝えてきた。
「申し訳ございませんグレン様、暴毒の巣に行く前にお伝えすることができなかったのですが……」
「暴毒は残虐で狡猾なうえ、獲物にはとても執着する性格で、一度狙った獲物は絶対に逃さない魔物なのです」
「それは……」
二人のせいじゃない。俺が勝手に飛び出したから二人の忠告を聞くことができなかったんだ。
今までのアイツの行動原理が分かった。
俺はアイツが仕留めたゴブリンの死体からマナを吸収して、追われるようになった。
ゴブリンの死体からマナを吸収したことを、アイツが獲物を横取りされたと認識していたなら、すべてが繋がる。
俺が仕留めたオオカミの死体に穴を空けたのも、俺に対するメッセージなのだろう。
クマの魔物を放って罠を張っていたのは、一度自分から獲物を奪っていった俺をおびき寄せるためのものだったんだ。
「俺が、アイツの獲物を奪ったから……」
じゃあつまり、アイツを倒さない限りはずっとアイツに狙われ続けるってことか。
いや、どのみち話を聞いたとしても俺はシェリスを助けに巣に向かっていた。
大切なのは、ここからどうするかだ。
俺は周囲を見渡す。
逃げようとしてもここには沢山のけが人がいる。
けが人はこれ以上動かせない。
暴毒は俺の方へと迫ってきている。
選択肢は一つ。
アイツを倒すしかない。
戦うしか、ない。
(けど……)
だけど。
──怖い。
どうしようもなく怖いんだ。アイツと戦うのが。
命の危険があることが、こんなにも怖い。
それに俺は見てしまった。
アイツに捕まった魔物たちが、生きたまま食われたり、甚振られている光景を。
もし俺がアイツに負けたら、俺も同じ運命をたどることになる。
これまでの腹いせに拷問のように甚振られて、いきたまま喰らわれる地獄を味わうかもしれない。
そう考えただけで恐怖で叫びたくなってくる。
怖い。あんな奴と戦わずに何もかもを捨てて今すぐここから自分だけで逃げてしまいたい。
そんな情けない考えが頭の中を支配している。
気がつけば、拳が震えていた。
ああ、俺はやっぱり弱い人間なんだ。
どれだけ真面目に生きようとしたって、元がダメならいつまで経ってもダメ人間のまま──。
「グレン様……」
エルティアの心配そうな声で、ハッと我に返った。
いや違う。ダメ人間なんかじゃない。
俺は、ハエとして生まれ変わってから、ちゃんと積み上げてきたじゃないか。
必死にやってきたじゃないか。
前世は妥協に妥協を重ねてきた。
将来の夢や、守りたいものを妥協して、諦めてきた。
そんな人生に俺はずっと後悔を抱えていた。
だからハエに転生して、そんな人生は辞めると誓った。
でも。
巨大なクモにおびえて彼女たちを見捨てるなら、人との衝突や煩わしさを嫌って人間を避けていた前世と結局同じじゃないか?
俺は、後悔しながら死んだんだよな?
次はもっとちゃんと、いい人生を送るって決めたんだよな?
拳を握りしめる。
なら、逃げちゃだめだ。
俺が逃げたらだめだと思ってることから逃げたら駄目だ。
今度こそ、俺は自分に胸張って生きれる人生を送るんだ。
俺の大事なものを守れる人間に、なるんだ。
気がつけば、拳の震えは止まっていた。
この器にはまだマナが満ちていない。
マナの量は明らかに俺が劣っている。
もし負ければ俺はアイツに食われる。
身動きも取れずに、生かされたまま足から、恐怖を感じながら食べられる。
手が震える。足が震える。
怖い。
だけど、俺は戦う。
今度こそ、胸を張って生きるんだ。
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