第23話 領主と領地
「エルティアたちの、王……?」
俺はエルティアの言葉に首を傾げる。
王ってどういう意味だ。
「すまない。俺は元ハエだから、この世界のことについて何も知らないんだ。できれば常識レベルのことから教えてくれないか」
「一度この森についてお話をさせてください」
そう言ってエルティアは地面に手頃な石を使って、地図のようなものを書き始めた。
地図と言っても詳しいものではなく、簡単に表したものだ。
「まず、私たちがいるのは『イグニステラ大森林』と呼ばれる森の中です。大森林は沢山の魔物が住んでいる魔境の土地とされています」
丸で囲ったのはイグニステラ大森林だ。
「大森林の西には大きな山があります。私たちがいるのは大森林のなかでもかなり東の隅っこの方で、もう少し東へいくと、人間の国があります」
エルティアは大森林の横に人間の国を描き足す。
近くに人間の国があるのか。だからエルティアたちは盗賊に出会ってしまったんだな。
「ここまでがイグニステラ大森林についての主な情報です。なにかご質問はありますか?」
「いや、続けてくれ」
「分かりました。ではここからが本題なのですが、このイグニステラ大森林はそれぞれ境界で別れており、それぞれを『領主』と呼ばれる存在が治めているのです。そしてその縄張りは『領地』、と呼ばれています」
エルティアは大まかに土地を分割していく。
これが縄張り、もとい領地だろう。
「もともとはここの土地は、イグニセウス様の神殿を守っている私たちエルフが『領主』として治めていたのですが、ある日あの暴毒が現れてから、状況は一変したのです。土地はあの暴毒によって荒らされ、暴毒は『領主』のように振る舞い始めました。私たちで討伐する計画を立てていたのですが、その直前に村を襲撃されてしまって……」
なるほど、それが村の壊滅と、三人がここまで逃げてくることに繋がる、というわけだ。
「『領主』だった長老はその襲撃で命を落とし、現在、あの暴毒が『領主』としてこの土地を治めています」
エルティアの言葉にフィアナとシェリスは悔しそうな顔になった。
「ですが、グレン様がこの地を治めていただけるなら、私たちは本来の力を取り戻すことができます」
「本来の力?」
「土地を治めている『領主』の傘下に入れば、領地から力を受け取り、力を増すことができます。私たちは暴毒を主として認めていないので今は弱体化していますが、本来はもっと力を持っていたのです。もしグレン様が領主として名乗りを上げていただけるなら、私たちも土地から力を受け取り、今以上の力を引き出すことができるようになります」
「土地にそういう効果がある、ということか?」
エルティアは頷いた。
にわかには信じがたいことだが、ここは異世界だ。
今までマナだとか、異能だとか前の世界じゃありえないような現象ばかり起こっているんだから、土地にそういうルールがあるということも十分にありえる。
「これは土地の理とお考えください。暴毒はこの地の領主として暴虐の限りを尽くしています。どうかグレン様、私たちの王となり、領主としてこの地を治めていただけませんか」
「ちょっと待て」
そう言ってエルティアたちが懇願するように距離を詰めてきた。
いきなりの展開に俺はストップをかける。
その前に確認しないといけないことがある。
「も、申し訳ございません。こちらの事情ばかりで……」
「いや、それは良いんだが、質問がある。エルティアたちの事情は分かったが……本当に良いのか? 俺は祀っている神様のマナを全部吸収して、骸まで勝手に吸収したんだぞ?」
「はい。ですからイグニセウス様のマナと骸を引き継いだグレン様はイグニセウス様の生まれ変わりです。私たちの王に相応しいどころか、王そのものなのです」
そ、そういう考え方もありなのか……?
いや、本人たちがそう思ってるならとやかく口を出すことじゃないんだが。
俺としては勝手にマナも骸も使ってしまった罪悪感がある。
「この地で『領主』たり得るのは、グレン様をおいて他にはいないと私たち考えています」
エルティアも、フィアナも、シェリスも、三人とも本当にそう考えているんだろう。
「お願いしますグレン様、私たちを救ってください」
「……」
俺はすぐには返事を返せなかった。
『領主』になるということは、それはつまりあの巨大グモ『暴毒』と戦うということだ。
あいつは、今の俺より確実に強い。
今の俺では、勝つ可能性は……ないとは言わないが、低いことは確かだ。
奴に勝てもしないのに領主を引き受けて、彼女たちに希望をもたせるのはただ無責任なだけだ。
だけど、俺にとって彼女たちはもう大切な人間だ。
異世界にやってきて初めて触れた人間で、数カ月間一緒に生活したもはや身内といっても過言ではないのだ。
勝てる可能性は、あるにはあるんだ。
このまま『マナ吸収』によってマナを増やしていけば確実にあの暴毒を超えられる。つまりはアイツを倒すことができる。
俺はそれだけの異能を持っている。
それなのに彼女たちを見捨てて生活していったところで、絶対にこの三人のことは後悔として残る。
命は大切だ。でもそれで良いのか?
前世でろくに人と関わろうとしてこなかった俺にとって、彼女たちは唯一俺が初めて心を通わせた、大切な人なのだ。
頭の中で様々な葛藤が渦巻く。
散々悩んで、出した結論はこれだった。
「……今は、俺はアイツには勝てない」
俺の言葉に三人は一気に悲しそうな表情になった。
「だが、誓う。君たちを護ると」
三人が目を見開く。
「今の俺では、暴毒には勝てない。ただ、このまま成長を重ねれば、俺は必ず暴毒に勝てる。それまで俺は君たちのことを護ると誓おう」
「グレン様……っ!」
「うわっ」
エルティアが感極まった顔で抱きついてきた。
抱きとめるとエルティアが俺の胸の辺りに顔を埋める。そこらへん角張ってるけど、痛くないのか?
抱きつくエルティアにフィアナとシェリスが抗議する。
「あっ! エルティア様、ずるいです!」
「そういうのは駄目ですよ!」
「早いもの勝ちです!」
(そうだ、俺はこの光景を護るんだ)
改めて俺は心のなかで決意を新たにするのだった。
***
当面の目標が決まった。
あの巨大グモ『暴毒』を倒せるだけのマナを増やして、倒す。
そのためにはもっと魔物を狩ってマナを増やす必要がある。
その日から、俺は一層魔物を狩ることにした。
朝から日が暮れるまで魔物を探しては仕留め、マナを吸収していく。
エルティアから教えてもらったが、あの巨大グモには活動エリアが存在する。
主に領地の中でも東の方を主な活動場所にしているそうで、西側にあるここらへんにはやってこないそうだ。
東側を主な活動場所にしているのは、他の領地の領主が領地を奪いに来ないようにパトロールして見張っているかららしい。
領主を交代したばかりで領地を奪えると踏んで侵入してくる領主が多いそうだ。
魔物の世界も人間とあまり変わらないんだな、と思った。
ちなみに、俺達のエリアは人間の国に接している。
「今日はなかなかの量だな」
俺は土で覆って簡易的な倉庫にしていた山を『土石』で崩し、呟く。
狩った魔物は約十匹ほど。
魔物の大きさはピンからキリまで揃っているが、これだけあれば確実に俺のマナも増えることは間違いない。
一旦魔物を担いで帰るか、と魔物を担いでエルティアたちのところへと帰ろうとしたとき。
…………ドォォォォォオオン。
遠くから音が聞こえてきた。
──妙に、嫌な予感がした。
音がした方向はエルティアたちの集落がある場所だ。
「っ!」
その場に魔物の死体を投げ捨て、全力疾走でエルティアたちの元へと向かった。
イグニセウスの骸とマナによって作られたこの身体の身体能力は驚くほど高く、凄まじい速度で森の中を駆け抜け、距離が離れていたにもかかわらず数分の内にエルティアたちの元へとついた。
「これは……」
しかしすでに遅かった。
集落はなにかに襲撃されたような後があった。
土で作った小屋は崩れ、焚き火の上に置いていた鍋はひっくり返され、中身のスープが地面にぶちまけられている。
この光景は……あの巨大グモ『暴毒』のものだ。
「エルティアっ……! フィアナ、シェリス……っ!!」
俺は周囲に呼びかける。
しかし三人の姿がない。
(なんで、どうしてここが分かった!? 結界には魔物よけととマナを隠す効果がついてるんだぞ……!?)
その時、俺の脳裏にとある仮説が閃いた。
もしかして、アイツは俺が狩った魔物のマナを辿ってきたんじゃないか?
俺はマナを隠しているが、死体はマナを垂れ流しだ。空中にマナが少量残っていたとしてもおかしくはない。
そして俺が残したマナを辿ってこの結界を見つけた、という可能性も十分ありえる。
だとしたら、ここが襲われたのは俺のせいだ。
何をやってるんだ、俺は。
自分のバカさ加減に、握り込む手に力が入る。
「グレン様……」
「っ!」
振り返るとそこには木の陰から出てきたフィアナとエルティアがいた。
エルティアは脚に怪我を負っている。
「フィアナ、エルティア! 何があった!」
「暴毒が、いきなり襲ってきたんです……」
フィアナに肩を借りながらエルティアがこちらへと向かってくる。
「結界はどうしたんだ。マナを避ける効果があったんじゃないのか」
「わかりません。突然破られて……」
「シェリスはどうしたんだ?」
俺が尋ねると二人は暗い顔になった。
「私たちは『転移』で逃げたのですが……シェリスは、私たちの囮になると言って、暴毒に捕まりました……」
「!」
暴毒に捕まった……!?
「どこだ」
「えっ?」
「シェリスはどこに連れて行かれた?」
「ひ、東にある洞窟です……」
フィアナが怯えたような表情で答える。
まずいな、フィアナを怖がらせてしまった。でも取り繕っているだけの余裕がない。
「シェリスは俺が連れ戻す」
「グレン様、待っ──」
俺はシェリスが捕らえられている洞窟へと向かった。
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