第21話 信頼
「グレン様」
振り返るとそこには微笑みを浮かべたフィアナが立っていた。
フィアナはその青い髪を耳にかける。
「グレン様、スープができました」
「ああ、分かった。すぐに行く」
「あちらで待っていますね」
フィアナはニコリと笑うと、戻っていく。
コカトリスとの一件以降、フィアナはよく俺に話しかけてくるようになった。
完全に信頼してくれた、と言っても良いような気がする。
「グレン様」
「シェリス、どうした」
声をかけられて振り返ると、銀髪ポニーテルのエルフ、シェリスがいた。
シェリスは手に石のナイフを持っている。
「ナイフの刃が欠けてしまったので、研いでいただけますか?」
「ああ」
俺は石のナイフを受け取ると『土石』を使ってナイフの刃の欠けているところを修復する。
ここの集落の中での道具は、基本的に俺が作っている。
彼女らは最低限の道具すら持っていなかったので、俺が『土石』で作ることにしたのだ。
ふと気がつくと、シェリスが俺を見つめていた。
「ど、どうしたんだ」
「……いえ、なんでも」
ふい、とシェリスは目を逸らす。
「できたぞ」
「ありがとうございます」
俺とシェリスの関係は……正直に言えばいいとは言えない。
エルティアやフィアナからの信頼は得られるようになってきたが、まだシェリスは俺に対しての警戒を残しているのが主な理由だ。
まあ、露骨に警戒しているというわけではなく、ある程度の信頼はあるものの、完全に心を許していないゆえの壁がある、というのが実際のところだ。
ただ、以前まではただ警戒しかなかったのが、コカトリスを倒してからは少し尊敬の色が混じっているように感じるのというのは……俺のただの妄想かもしれない。
ここ最近、エルティアたちとの信頼は少しずつ積み上がっていると感じる。
でも、それでもまだ心に壁があるように感じるのは、俺の気のせいではないはずだ。
どうやったら彼女たちだけに信頼してもらえるだろうか。
俺にできるのは一つ一つ信頼を積み重ねていくだけだ。
エルティアたちと一緒にキノコのスープ、そして俺はそれに加えてコカトリスの肉を食べていた。
コカトリスは見た目が鶏だったので美味いかと思ったのだが、全くそんなことはなかった。筋肉が硬いので肉も硬くて食べにくい。
まあ、味は鶏肉に近いので、他の魔物の肉に比べたら美味いのだが。
「どうですかグレン様。そのスープは、私が作ったんですよ」
「うむ、美味い」
「ふふっ、嬉しいです」
俺が素直な感想を述べると、フィアナは嬉しそうに照れた。
塩は塩味のキノコや草で代用しているため味が濃いわけでは無いが、こんな森の中で塩気のきいたスープを望むのは流石に贅沢すぎるだろう。
「村なら、まだ仕入れた塩があったのですが……」
「今は戻れませんしね……」
エルティアとフィアナの表情が暗くなった。
その表情を見て俺は何があったかを聞こうとしたが……結局やめた。
(…………部外者の俺が遠慮なしに効いて良いことではないな)
ただでさえ今はシェリスからの信頼がまだ不安定なんだ。俺が変に引っ掻き回して信頼を失いたくない。
こういう話は、彼女たちから話してくれるのを待つべきだ、と俺は心のなかで結論付けた。
──本当に?
ナイフで削って作った木の匙を持つ手が震えた。
本当に、このまま待っているべきなのか?
ここはそっとして置くべき。繊細なところだから聞くべきじゃない。
それは、俺の言葉じゃない。どこかで聞いた他人の言葉だ。
誰かから聞いたような話を組み合わせて、人間関係を知ったようなつもりになっていなかったか?
俺が聞くべきではないなんて、どうして決めつけているんだ?
そもそも、この話を何度も俺の前でしてくれているということは、俺に話してもいいと思ってくれているからじゃないのか?
ああ、そうか分かった。
俺はコミュニケーションが全部受け身なんだ。
「話してくれるのを待つべきだ」。「俺から聞いて良いことじゃない」。「部外者だから聞くべきじゃない」。
どこかで聞いただけの他人の言葉を並べて、心のなかで勝手に自己完結して、相手がアクションを起こしてくれることをひたすら待っている。
未だに彼女たちとの間に壁を感じる理由は何だ?
俺が、彼女たちに関わりにいっていないからだ。
相手から話けてくるのを待って、こちらからは関わることをしない。
これじゃただの一方通行で、信頼関係があるとは言わない。
彼女たちに何があったのかを尋ねて、話すことを拒絶されるのが怖いだけじゃないのか?
そうだ。俺は自分が傷つかないように、無意識の内に本音を隠して消極的な手段ばかり取ってきたんだ。
それに、俺は本音を全く言ってない。
本当は何があったのかを知りたいのに、本音を隠して上辺を取り繕った話し方ばかりをしている。
俺は、そんな薄っぺらい会話ばかりをしていたんだ。
だから俺は彼女たちと本当の信頼関係を築けていないんだ。
本当に彼女たちに関わろうと思っているなら、自分が傷ついても本音をさらけ出しす覚悟を持たないと駄目だ。
匙を持つ手に力が入る。
傷つくのは怖い。
だけど、このままじゃ駄目だ。
「その」
三人が一斉に俺の方を向いた。
気圧されながらも、俺は一歩を踏み出した。
「聞いてもいいか、何があったのか。……力に、なりたいんだ」
三人は顔を見合わせた後、決心したように頷いた。
「もちろんです」
「聞いて下さい、私たちの村に起こった出来事を」
そうして、エルティアたちは語り始めた。
エルティアたちはとある神を祀る神殿を守る一族として、この森の中に住んでいた。
しかしつい最近、村はとある魔物に襲われて壊滅する被害に合ってしまった。
その村を襲ったのが……あの巨大グモだったそうだ。
そうじゃないかとは思っていたが……やっぱりアイツだったのか。
シェリスは逃げるときに巨大グモに攻撃され、脇腹をあの鋭い爪で突き刺されてしまったらしい。
どうして逃げてきたような持ち物だったのか、シェリスが怪我をしていた理由もこれで繋がった。
あの巨大グモは村の実力者を一瞬で倒し、そのまま村を破壊していった。
そこでエルティアたちは異能持ちの希少な人材だから、と真っ先に逃された。
「他に村の人は?」
「……これだけ時間があって誰にも会わないというのは」
エルティアが首を振り、途中で言葉を区切る。
その先の言葉が何を意味しているのかは……はっきりと理解できる。
「恐らく、あの村で生き残ったのは私たちだけです」
「……不甲斐ないばかりです。本来は私たち戦士が、あのようなものを排除するために存在しているというのに……っ」
力強く拳を握りしめたシェリスが顔を歪め、脇腹を押さえてその場に跪いた。
「だ、大丈夫か」
「問題ありません。ただ、奴に食らった毒が、まだ体内に残っているだけです」
「毒……?」
毒って、シェリスがずっと不調だったのは傷が感知していなかったわけではなく、まさか毒のせいなのか?
「今や毒のせいで弓すらも引くことが出来ず……本当に情けないです」
悔しそうな表情でシェリスは呟く。
そうだ、俺にはあるじゃないか。毒に対する異能が。
俺はシェリスへと一つ提案をした。
「シェリス、俺なら……解毒できると思う」
「えっ」
シェリスは大きく目を見開く。
「俺の異能の中に『解毒』というものがある。それを使えばシェリスの体内に残っている毒を解毒することができるはずだ」
「それは本当ですか!?」
エルティアが飛びついてきた。
「あ、ああ」
顔が近かったのでちょっと仰け反りながらも俺は頷く。
『解毒』は自分だけじゃなく、他のものにも使える。
キノコに使えるなら……人間にだって使えるはずだ。
「あの巨大なクモ──私たちは『暴毒』と呼んでいますが、暴毒によってシェリスが傷を負わされたときに、一緒に毒に侵されてしまったのです」
「薬草を調合して解毒しようとしましたが、薬草では解毒できない見たこともない毒で、困っていたのです」
エルティアとフィアナが大変だった思い出を思い起こすようにそう言った。
なるほど、それであのとき鍋で薬を煮ていたのか。
「それなら、なおさら俺の『解毒』を使うべきだ」
「で、でも……」
俺の提案に少し躊躇いがちなニュアンスを出すシェリス。
「なにかためらうことがあるの? シェリス」
シェリスはエルティアに問われ、観念したようにこぼす。
「グ、グレン様は……私に使っても良いのですか?」
「? 当たり前だ」
不可解なことを言われ、俺は首を傾げながらもそう答えた。
「シェリス、戦士として自分で毒は克服するべきだと思っているのかも知れないけれど、そんなことはしなくていいのよ?」
「…………分かりました。お願いします」
俺は『解毒』をシェリスへと使う。
マナをかなりの量ごっそり持っていかれると同時に、シェリスの身体を淡い光が覆った。
「あの常時不快だった毒が、消えている……」
シェリスは自分の身体を見渡して呟く。
「グレン様……ありがとうございます。ようやく、ようやく戦士としての役目を果たすことが出来ます……! このお礼は必ず──」
「何もいらない。俺はただシェリスの身体の不調を治したかっただけだ」
「……」
シェリスはその言葉に目を見開くと……いきなり俺の前に跪き始めた。
「お、おい……」
「グレン様、今までの数々の非礼、お詫び申し上げます」
シェリスは跪いたまま謝罪を続ける。
「一度命を救って頂いた恩人であるにもかかわらず、ずっと庇護の目を向けていただいたグレン様に対して、私は警戒の目を向けるという愚かな行為をしていました。この非礼、命をもって償います」
「いや、そんなことはしなくて良いから……!」
俺は慌てて命をもって償うとか言い出したシェリスを止めた。
というか、やっぱり警戒されてはいたんだな。
心の壁があった理由がやっと分かったよ。
『解毒』を躊躇っていたのも自分が警戒していることを俺が知っていると思ったからこその発言か。
「でも、そうしないと私は……っ!」
勢いよく立ち上がったシェリスがまた顔を顰める。
ふらりと揺れた肩を俺は受け止めた。
「まだ無茶はするな。ずっと毒が身体の中に残っていたんだ。今まで毒に蝕まれていた身体は、少しずつ治していくしかない」
『解毒』を使って毒が消えたとしても、毒によって傷ついた身体はすぐには治らない。
数ヶ月の間、ずっと毒に蝕まれていたんだ。全快するのはまだまだ先のことになるだろう、
「……は、はい」
シェリスは自分の肩に置かれた俺の手を見ると……頬を朱色に染めた。
「っと、すまない。べたべた触るようなものではなかったな」
「い、いえっ、そういうわけではなく……!」
シェリスはわたわたとした後、更に頬を染めて恥ずかしそうに上目遣いで俺を見つめると、
「その……ありがとうございます」
とお礼を述べたのだった。
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