第20話 コカトリス

「ギシャアアアアアッ!!!!」


 コカトリスがまた俺へと向かって咆哮を上げる。

 明確に俺を敵だと認識しているという証拠だ。


 この魔物を、俺は倒せるのか?

 放出しているマナの量から察するに、明らかに今まで戦ってきた魔物よりも強い。


 巨大な身体を有しているということは、それだけマナを身体に宿しているということでもある。

 目の前のコカトリスは、今まで俺が戦ってきた魔物の中では一番強い。


 マナは俺と同程度か、それ以上の量を有しているだろう。

 そして、俺が一番行ってきた戦法である奇襲は出来ない状態。


 ちょっとやそっとじゃ勝てない敵だ。


 ……いや、そうじゃない。

 確実に、勝つ。


 じゃないと俺は死に、後ろの三人がコカトリスに殺されてしまう。


「まずは、戦場を移さいないとな」


 背後に守りながらでは巻き込んでしまう可能性がある。

 どうやって戦場を移すかだが……俺に出来る方法は一つだけだ。


 前世ではろくに喧嘩したことがないどころか、一回も殴り合いなんかしたことはないが……。


 俺は脚を引くと、一気にコカトリスに対して距離を詰める。

 そして体ごと……体当りした。


 凄まじい衝撃が走り、マナで身体能力が強化されている俺はコカトリスを……吹き飛ばした。

 コカトリスが木を巻き込みながら後方へと弾き飛ばされていく。


 その光景をエルティアたちが唖然とした表情で見つめている。

 ……いや、流石にこれは強すぎないか?


 あそこの神殿で作られた俺の身体のそもそものスペックが高いんだろうな、これは。

 最後にフィアナたちの方を振り返る。


「あとは俺に任せろ」


 一言そう告げて俺はコカトリスへと向かった。


「相当怒り心頭のようだな」


 コカトリスは俺に体当たりで弾き飛ばされた結果、怒り狂っていた。

 俺は全力疾走の勢いを殺さずに……そのまま拳をコカトリスへと振るう。


 しかしコカトリスはそれに対抗するように頭を俺の拳へと当ててきた。

 拳と頭がぶつかり、衝撃波が周囲の草や葉を揺らす。


 俺とコカトリスはお互いに弾かれるように距離を取る。


「キシェアアアアッ!!!」


 コカトリスが威嚇してくる。頭を殴ったのにまともに効いている様子はない。

 くそっ、硬い。


 流石にこれだけのマナの量の魔物はただの拳じゃ倒せないか。体当たりも吹っ飛ばせはしたものの、ダメージ自体は少なかったしな。

 ジン、と衝撃で痺れている右手を開いたり閉じたりしながら、俺はコカトリスを分析する。


(この硬さだとまず土の槍では貫けない。マナを無尽蔵に使えば硬い皮膚を貫けるかもしれないが、そうなるとよほど上手く当てない限り、トドメに使うマナまで使い果たすことになる)


 その時、コカトリスに動きがあった。

 腹の中から何かを吐き出すような動きを取ったのだ。


 咄嗟にその吐き出されたものを回避する。

 緑色の液体のようなものが俺がさっきまでいた地面へとかかった。


 するとその液体のかかった部分がジュゥゥゥ……、と溶け始めた。


「これは、毒か……」


 そう言えば、たしかコカトリスは毒を使うというのを聞いたことがある。例に漏れず、中二病をこじらせていたころ、インターネットで魔物について調べていたときに仕入れた知識だが。


 俺には『解毒』があるが、かかった瞬間に戦闘に大きな支障きたすダメージを負うことは必至。

 もし毒キノコの経験を経ずに『解毒』の能力を過信して、ぶっつけ本番で使っていたら、大惨事を引き起こしていたことだろう。


「やはり、能力の検証は大事だな」


 改めて能力検証の大切さを実感すると、コカトリスを倒すための道筋を思い描いていく。

 コカトリスを倒すためには、少なくともあの硬い皮膚を突き破る必要がある。


「悪いが、新しい技を試させてもらうぞ」


 今まで試す機会がなかったんでな、とコカトリスに予め断っておきながら、泥の沼をコカトリスの足元に作る。

 コカトリスに絶対に当たるように、二本の脚の真下に二つの沼を作った。


 沼に脚が飲まれた瞬間、泥を固める。

 身動きできなくなったところで、無造作に手を振った。


 すると炎の波が激しく荒れ狂いながらコカトリスを包んだ。

 コカトリスの背後の木は今の一瞬で炭になるまで燃え尽きている。


 炎が収まった後、俺はポツリと呟いた。


「流石にただの炎じゃ焼ききれないか」


 炎の中から現れたコカトリスは……まだピンピンとしていた。

 俺の体当たりで何十メートルも吹き飛ばされてほとんど無傷だったくらいだし、ちょっとやそっとでは倒せないみたいだな。


 コカトリスへと一気に距離を詰め、掌底を叩き込む。

 同時に手のひらから炎を爆発させた。

 手のひらから大砲を撃ったときのような炎にも似た爆炎がコカトリスを包む。


「ギシャアッ!!?」


 コカトリスは悲鳴を上げた。


 確実に効いている。このままあと何回か撃てば、コカトリスを倒すことができるだろう。

 続けざまにコカトリスへともう一度爆炎を打ち込もうとした。


「!!」


 しかしその時、炎に包まれていなかった方……コカトリスの尻尾が動いた。


 尻尾の先がヘビの頭になっており、ヘビがこちらを向いて毒を吐いてきたのだ。

 完全に奇襲。しかし……俺はそれを予め読んでいた。


「すまんが、それは知っている」


 ヘビの頭を握ると毒を吐き出す直前にコカトリスの身体へと口を向ける。

 するとその猛毒はコカトリスの身体へと吐き出され、猛毒はコカトリスの身体を溶かした。


「ギジャアアアアアアアッ!!!!」


 自分の毒を食らったコカトリスが暴れる。

 逃げようとするコカトリスを、俺はヘビを掴んだまま逃げないように固定し。


「じゃあな」


 手のひらの中の凝縮した炎を──解放した。

 熱線がコカトリスの身体を貫き、空に向かって斜め上へと一直線に走っていく。

 レーザーが消えた後、コカトリスは絶命していた。


「……まだ、マナが足りないな」


 今の一戦、俺にマナがあればもっと早く決着をつけることが出来た。

 マナを増やすことは攻撃の威力を上げることでもある。


 あとは奥の手であるレーザーはやっぱり強力だが、使用するとマナをごっそりと持っていかれる。

 とりあえず、喫緊の課題はマナを増やすことだな。


 さて、戻るか。

 俺は地面に倒れているコカトリスの死体を担ぎ上げる。


 マナが遮断される結界の中でマナを吸収するためだ。

 それに、今回の俺はコカトリスを食べることに対して少し期待している。


 魔物だが見た目は鶏だ。

 毒の部分を取り除けば、鶏肉のような味がするかもしれない。


 コカトリスを担ぎながらエルティアたちの方へと戻ると、三人はひとかたまりになって俺を待っていた。


「グレン様っ……!」


 エルティアとフィアナがこちらへと駆け寄ってくる。


「結界の中に戻っていなかったのか」


 危ないぞ、と注意しようとしたとき。


「グレン様のことが本当に心配でっ……」


 エルティアとフィアナの、本当に心配そうな表情を見て、俺はそれ以上何も言えなかった。


「俺は無事だ。怪我もしていない」


 俺が無事であることを伝えると、エルティアとシェリスはホッとしたような表情になった。

 ふと気がつくと、シェリスが俺を凝視していた。

 いや、これはコカトリスを凝視しているのか。


「本当にコカトリスを狩ってくるなんて……」


 シェリスは俺が担ぎ上げているコカトリスを見て、驚愕したように目を見開いている。


「苦戦はした」

「無傷は苦戦したとは言わないよ。私たちだって数人がかりで、けが人を出しながらやっと狩れるくらいなのに……」

「そうなのか?」

「グレン様、コカトリスを狩っていただきありがとうございます」


 シェリスがいきなり頭を下げてきた。


「本来ならコカトリスを倒し、エルティア様を守るのは戦士である私の役目です。その役目すら満足に果たせない不甲斐ない私の代わりに、コカトリスを斃していただいたこと、本当に感謝申し上げます」

「気にするな。俺はしたいことをしただけだ」

「……」


 驚いたように顔を上げる。

 シェリスの俺を見る目が少しだけ変わったような気がした。

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