第19話 エルフ三人の異能

 とりあえず、三人の異能について少し検証をさせてもらった。

 どの異能も有用かつ、とても強力だ。


 まずはエルティアの『鑑定』について。

 言わずもがなの超有名な能力だ。


 まずは鑑定できる範囲について調べることにした。

 結果として分かったのは、『だいたいなんでも鑑定できる』というものだった。


 しかし生物については名称などが分かるだけで、死んで肉や毛皮などになった状態なら、詳しく鑑定することができた。

 生きている動物には鑑定の効果が薄い、と知ったエルティアは驚いていた。


 鑑定するごとにマナを消費するらしいが、一回ごとの消費量自体は少ないらしい。


 そしてフィアナの『転移』。

 離れた場所に一瞬で移動することができるというと、現代においてもチートといえるその能力には当然の如く制約があった。


 まず、転移するには『杭』を打つ必要がある。

 『杭』というのはフィアナの言葉で、要はマーカーだ。


 しばらくその場に滞在し、『杭』を打ち込まなければ転移できない。

 転移したい場所に一度は行く必要がある、ということだ。


 そして転移には距離に応じて必要なマナが増減する。

 つまり、遠くに転移しようと思ったらそれだけ大量のマナを消費する。


 今のフィアナにはこの森の外まで出るようなマナは持っておらず、せいぜい数百メートル移動するのにしか使えない、ということだそうだ。

 いつかマナを大量に獲得することが出来たら、国から国をまたいで転移することも可能になるかもしれない。


 そして『転移』は自分だけでなく他人も一緒に転移させる事ができる。

 だがその場合は密着している必要がある。


 盗賊に襲われたとき『転移』で逃げなかったのはこの条件があるからだ。

 便利だけどマナの関係で使える場面は限られているようだ。


 最後にシェリスの『隠密』の能力。

 姿を隠すことができる能力だが、最初は背景に同化したり透明になったりするのかと思っていた。


 しかしそうではない。

 認識ができなくなる、というのが隠密の能力だ。


 だが、昼間に開けたところで『隠密』を使ってもバレやすくなる、という弱点がある。

 反対に物陰に隠れていたり、暗い場所だったりすると『隠密』の効果は倍増するようだ。


 隠れている最中はマナが減っていくとのこと。

 弓で攻撃するタイプのシェリスにはピッタリの異能だな。


 いや、異能に合わせて攻撃スタイルを習得したのか。

 何にせよ三人の中だと一番攻撃に向いている異能だろう。他にも諜報や偵察などの情報収集をするときにも役に立ちそうな能力だ。



***



 それからまた一ヶ月が過ぎた。

 魔力は二ヶ月前までの二倍程度まで増えた。


 言葉もかなり流暢になってきて、三人との意思疎通がやりやすくなってきた。

 最初は良好とは言えなかったフィアナとシェリスとの関係も、時間が経つにつれて少しずつ関係が良くなってきたような気がする。


 特にフィアナの関係が良くなってきた。

 初めて俺がここに住み始めた頃、明らかにフィアナは俺を避けていた。


 一言声をかけただけでも肩をビクン! と跳ねさせて、青い表情で目を泳がせていた。

 理由はわかる。普通に怖かったのだろう。


 俺の顔はハエと兜を合わせたような見た目だ。

 通常兜は怖いように作られてるものだ。それに加えてハエという虫の顔。


 虫は嫌いな奴は本当に嫌いだからな。

 男の俺でも、今の俺のような威圧感のある奴に話しかけられた怖いと思う。それが気の弱い少女であるフィアナならなおさらだ。


 最初の頃は話しかけるだけでかなり怖がっていたが、時間をかけることで少しずつ態度が柔らかくなってきた。

 以前まではあちらから話しかけられることは一切なかったが、最近は俺にしかできないことをお願いされるようになってきている。


 前までは俺に頼まないといけないことがあるときは、おっかなびっくり話しかけてくるか、頼み事をそもそも我慢して飲み込んでいた。

 完全に心を許している、というわけではないが、それでも俺に対する壁は少しず無くなっていると言ってもいいだろう。


 人間関係も一歩ずつ。信頼は積み重ねだ、という言葉の意味が今らなら身を以て理解できる。


「あ、あの……グレン様」

「フィアナか。どうした」

「その、少し頼み事が……」

「なんだ」

「その、小屋をもう少し広くして欲しいのです」


 そうか、最初に立てた石の小屋は一気に四つ小屋を立てた関係で、マナの量的にどうしても小さくせざるを得なかったんだ。

 短い間ならまだしも、数ヶ月の間ベッドと少しのスペースしか無い小屋で暮らしていたら手狭に感じてくるだろう。


「分かった。どれくらい拡張して欲しい」

「す、少しでいいので……」

「分かった」


 こう言ってるがフィアナは控えめな性格なので、今の部屋から三倍くらいまで大きくしておこう。

 『土石』を使ってフィアナの小屋を大きくする。


 小屋を脱出して、家くらいの大きさになった。

 大きくなった自分の部屋を見て、フィアナが驚いたような声を上げる。


「こ、こんなに大きくしてもらって良いんですか……!?」

「ああ、構わない」

「あ、ありがとうございます……!」


 フィアナが深くお辞儀をしてきた。

 大層なことはしてないから、そんなにありがたがる必要はないんだが……いや、それは違うな。


 彼女らからすれば自分の力で家を建てることが出来ないんだから、自分には出来ないことをやってもらえる、というのはありがたいことに決まっている。

 謙虚は美徳だが、謙遜しすぎてお礼すらまともに受け取らないのは、相手に対してただ失礼だ。


 それに、相手にお礼を受け取ってもらえない、というのは結構怖いものなのだ。

 しかし、まだ言葉が完全とは言い難いから、どう返せばいいか分からないな。

 ふむ、そうだな。どう返すべきか……。


「グ、グレン様……?」


 俺が考えていると、フィアナが不安げな声で尋ねてきた。

 しまった。フィアナが「自分はなにか失礼なことを言ったんじゃないか」みたいな表情になっている。早く否定しないと。


「いや、どう返すべきか迷っていた。これからもなにかあれば頼ると良い」

「は、はい! ありがとうございます……!」


 その日からフィアナの態度が少し柔らかくなった。



***


 三人と暮らしていると、決まった時間にある方角に向かって祈りを捧げていることに気がついた。

 もしかしてエルフの文化的なものなのだろうか。

 異世界の文化に興味があったのでエルティアに尋ねてみた。


「それは何をしているんだ」

「これはとある方に祈りを捧げてるのです」

「とある方?」

「そうですね……私たちエルフにとっての神様、みたいな方でしょうか。もう今は亡くなってしまわれたのですが、ちゃんと静かに眠り続けられるよう、祈りを捧げているのです」

「エルティア様はその神様に仕える巫女で、私はその補佐をしているんですよ」


 フィアナがエルティアの言葉を補足する。

 俺はちょっと驚いていた。こんなふうにフィアナから話しかけられたの初めてだったからだ。

 目を合わせるとフィアナは微笑みを浮かべた。


「なるほど、教えてくれてありがとう」


 お礼を述べるとフィアナは照れたように頬を染めて笑った。


 それにしても神様か。

 確か、どこかで聞いたような話だな。


 記憶の中に刺激されるところがあり、俺は何だったかと思い出す。


 ああ、そうだ。

 話というか場所だ。


 俺がこの身体を手に入れた神殿、あそこも恐らくは神か王様の亡骸を納めている場所だった。

 そういえば、エルティアたちが祈っている方向は、神殿の方角だな。


 …………まさかな。

 俺は頭に思い浮かんだ考えを打ち消した。



***



 その日は、いつも通り結界の外へと食料を取りに出かけていた。

 キノコや木の実を探していると、ふとエルティアが不思議そうに森を見渡しながら首を傾げた。


「?」

「エルティア様、どうかしましたか?」


 フィアナがエルティアに尋ねる。


「なんというか……いつもより森が静かな気がして」

「確かにそうですね。いつもより生命の息吹を感じません」

「まるで息を潜めているみたい……」


 エルティアの言葉に対してシェリスが肯定を返す。

 俺もエルティアたちと同じことを感じ取っていた。


 といっても彼女たちエルフのように自然から何かを感じ取るような能力はなく、単純に「魔物が取れない」という結果からそう感じているだけなのだが。

 いつもなら周囲にマナを漂わせたらすぐに魔物が近くにやって来るが、今日はその魔物が一切やってこないのだ。


 明らかになにかおかしい。


「気のせいかもしれないけど、必要な食材は集まったことだし、今日は早めに帰りましょうか。結界の中なら魔物も寄ってこれないでしょうから。グレン様はそれでよろしいですか?」

「それで構わない」


 エルティアの質問に俺は首肯で返す。

 今日は魔物が取れていないが、一日くらいマナを吸収できなかったところで問題はない。


 三人の安全のほうが大切だ。

 俺達がいる場所にかかっている結界には、魔物避けや、マナを隠匿する効果のほかに、悪意のある存在から護ってくれる効果もある。


 そのおかげで俺達は夜安全に過ごせるというわけだ。

 その結界の張り方を習得したかったが、エルフにしか習得できない秘術だったので諦めた。


「この森に何かがいるのでしょうか……?」


 フィアナが森を見渡し呟く。

 ──その瞬間、猛烈な怖気を感じた。


「っ!」


 俺は瞬時にフィアナを抱きしめた。


「グ、グレン様っ?」


 俺は地面を強く蹴り、その場から離れた。

 間に合え……っ!


 俺がフィアナを抱えてその場から離れた刹那、空から降ってきたのは──巨大な鶏。


 尻尾にヘビが融合している魔物、コカトリスだ。

 コカトリスはさっきまでフィアナがいたところに着地していた。


 あのままだと確実にフィアナは……。

 フィアナもそれを理解したのか、青い表情になっている。


 突然の魔物の登場にシェリスが行動を起こした。

 コカトリスに対してシェリスが弓を手に持ち、矢をつがえる。


「コカトリ……っ、」


 シェリスが身体を押さえて蹲る。


「駄目よシェリス。あなたはまだ戦えないんだから」


 苦しそうに呻くシェリスに、エルティアが手を添える。

 前に傷を負ったところを見てから三ヶ月は経っているが……そうか、まだ傷は完治していなかったのか。


 そう言えばシェリスが戦っているところを一度も見ていないな。弓を持っているのに動物を狩らないのは、身体が万全の調子ではないからだということかもしれない。

 シェリスは今は戦えない状態のようだ。


「大丈夫だ。俺に任せろ」

「ギシャアアアアアッッッ!!!!」


 コカトリスが咆哮を上げる。


「ひっ……」


 その威圧にフィアナが悲鳴を漏らした。


「フィアナ、下がっていろ」

「グレン様……っ」


 俺はコカトリスを睨みつけたまま、フィアナを地面に下ろすとこう告げた。


「アイツは俺が倒す」

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