第18 言語の習得

 それから、エルフの三人との生活が始まった。


 数日三人の関係を見ていて分かったのは、


 エルティア→三人のリーダー。恐らく敬称つきで呼ばれている。

 フィアナ→エルティアの補佐係。エルティアのお世話が仕事。

 シェリス→唯一の戦闘職。近くに魔物が現れたときの対処の他にも力仕事などをこなす。


 という情報だ。


 上下関係は上から、エルティア、フィアナ、シェリス、という感じだ。


 俺の予想では恐らく、ここに来る前はエルティアは村か街の中でも一番かそれに次ぐくらい、地位が高かったのだろう。

 といってもまるっきりお姫様のような扱いを受けている、というわけでもなく身の回りの用事は普通に自分でやるし、料理だって自分でする。


 今までは三人でも協力して暮らしていたのだろう。

 俺もそこに四人目として加わる事になったのだが……色々と気まずい。


 フィアナとシェリスとたまに目が合うが、ふいと逸らされる。


 ……完全に俺を避けてるな。

 まあ、当然の反応といえ当然だな。


 いきなり現れた変質者を警戒しない方がおかしいというものだ。

 逆になぜかエルティアはお互いに言葉は通じないものの、何かと俺へと話しかけてくる。


 なんで出会ったときからこんなに好意的なんだ? まったく意味が分からん。


 エルティアたちの一日はシンプルだ。

 食料を探す、水などを川から運んでくる。それを使って料理する。

 川にいくときはついでに水浴びをする。


 基本的に三人で全部用事を済ますことが出来るようだが、俺だけ何もしないのは申し訳ない。


 なのでエルティアたちが食べれそうな木の実や果実を探して結界の外に出ている日中は、俺は魔物を取ることにした。


 周囲に少しだけマナが漂うようにマナを放出する。


 マナに釣られて目の前に現れた魔物を、泥の沼と土の槍のコンボで素早く仕留める。

 この狩りの方法にも慣れてきたな。


 一応魔物を食べるか、とジェスチャーで聞いてみたが、エルティアたちはブンブンと首を振った。

 エルフは肉食ではない、というのを人間だったときに見たことがあるが、どちらかというと魔物の肉を食べたくない、って感じだな。


 俺がこっちに来たときかこれしか食べてないせいで違和感がないが、エルフからしたらゲテモノ料理を食べてる感じなのだろう。


 たとえば大体なんでも食べられる日本人である俺からしても、トドの肉や猿の脳なんかは食べられない。


 三人のためにも普通の動物を捕まえたいのだが、生憎、この森で普通の動物に出会ったことがない。すべて魔物ばかりだ。


 仕方ない。自分で焼いて食べるか。

 適当に置いた木の枝に、『劫火』を使って火を起こす。


 そして魔物の肉を捌いて枝を刺し、肉を焼こうとしたとき。


「「「……」」」

「うおっ、びっくりした……」


 ちなみに、『劫火』で焚き火を起こしていたらエルティアたちが、肩越しに焚き火を眺めていた。

 ああ、そうか。なんとなく特殊能力を使って焚き火を起こしていたが、森の中の暮らしでは火を起こすことすらも重労働だったな。


 見たところ、ここには火打ち石もない。恐らく原始的な方法で火起こしをしているのだろう。

 俺は焚き火の方を指さして、ジェスチャーで示す。


「(コクコクコクコク)!!」


 シェリスがすごい勢いで頷いていた。いつもはシェリスが火を付けるのだが、火打ち石や火を付ける道具が無いせいで、一度火が消えるとつけるために枝を使って摩擦で火を起こすという、とても疲れる方法を取っていたからだろう。


 サバイバルにおいて火は生命線。

 そう考えると好きなタイミングで道具もなしに火をつけられるのって、本当に恵まれてるな。


 焚き火に火をつけてやると、シェリスはとても感動していた。


 日中の生活は特に問題なかったが、夜には問題が起こった。

 俺がどこで寝るのか、という問題だ。


 草や葉っぱで作ったテントは三つしかない。

 エルティアのテントで寝よう、とジェスチャーをされたが、俺は断固としてそれを拒否した。どう考えても俺が入るスペースが無いし、流石に一緒のテントはまずいと思います。


 代わりに『土石』を使って簡単な小屋とベッドを作っていたら、めちゃくちゃ驚かれた。

 エルティアたちに「自分も!」とジェスチャーすると、こっちが驚くぐらい喜んでいた。


 やっぱりあの簡単な草のテントは居心地が悪かったらしい。


 俺と、エルティアたち三人の小屋を作ったせいでマナがだいぶ枯渇気味になったが、喜ぶ笑顔を見れたならお安い御用だ。


 エルフの三人と一緒に暮らしながら、俺は言葉も学ぶことにした。


 せっかく時間があるんだ。彼女たちの言葉を話せるようになった方がいい。

 意思疎通ができるようになれば、もっと暮らしやすくなるだろうし、俺がこの世界を知る事もできるようになる。


 俺が言葉を学びたい、とジェスチャーで伝えるとエルティアは嬉しそうに協力してくれた。


 言葉を学ぶ方法はシンプル。


 ものを指さして、その単語を教えてもらう。


 地面、草、鍋、火、太陽、空。


 身近にあるものを指さして、単語をエルティアたちに教えてもらう。

 教えてもらったらしっかりと暗記する。


 暗記のコツは何度も繰り返しアウトプット──つまり外に出すことだと聞いたことがある。

 何度も繰り返して口に出しているうちに、単語は覚えられるようになってきた。


 ある程度身近な単語を覚えられるようになってきたら、簡単な意思疎通が言葉でできるようになった。

 そこからは文章を教えてもらうようになった。


 学ぶ方法は単語と同じだ。

 短い文章を教えてもらって、それを何度も反復する。


 とりあえず文法は意識しない。

 文ごと覚えて、暗記する。


 そしてアウトプットのためにできるだけ覚えたフレーズを使って、エルフの三人と会話するようにする。

 言語の習得も、マナの制御と同じ。何事もコツコツと積み上げていくことが大事だ。


 毎日魔物を狩ってマナを増やしながら、同時に新しい言語を覚えていく。

 それから一ヶ月間、マナの吸収と言語の習得を繰り返しながら過ごしていた。


 俺のマナはかなり増えて、まだ拙いながらもだいぶ言葉を話せるようになってきた。

 リスニングに関してはほとんど完璧に近くなってきた。


 多分だが、俺は言語を覚えるのがすこぶる早いと思う。

 人間だった頃は英語に苦戦していたので、この新しい身体の覚えが良いのが原因かもしれない。


 すると、驚くべきことが発覚した。

 エルフ三人組がいつも食料を取ってきた後、エルティアが木の実や草のより分けをしているのを見て、ふと疑問に思った俺は尋ねてみた。


「エルティア」

「グレン様、どうかしましたか?」


 エルティアはなぜか俺のことを敬称をつけて名前を呼ぶ。

 どうして俺のことを敬称付きで呼ぶのかと尋ねてみたことはあるが、頬を赤く染めて「尊敬する人だから」とはぐらかされた。


 エルティアは恐らくは地位が高い人物なはずなので、俺もエルティアのことを敬称をつけて呼ぼうか、と尋ねたのだが固辞されてしまった。


「どうして、エルティアは草と木の実を分けてるんだ?」


 まだ拙い言葉で質問すると、エルティアは胸に手を当てて答えた。


「これは、私がより分ける『目』を持っているからです」

「目? 経験ということか?」


 俺の質問にエルティアは首を振って答える。


「いいえ、そうではなく……そうですね、私は毒がある草や木の実、キノコなどを見分けることができる能力を持っているのです」

「能力……?」

「そうです。私たちはその特殊な能力を『異能』と呼んでいますが……私は、『目の前のものがどんなものか識ることができる』という異能を持っています」


 なるほど、俺が特殊能力と呼んでいるのは、この世界では異能と呼ばれているらしい。

 特殊能力は元の世界の言葉だから、これからは俺も異能と呼ぶようにしよう。


 いや、それよりも目の前のものがどんなものか識ることができる……それってまさか、Web小説では鉄板のあの能力じゃないか?

 という疑問が出てきた俺は更に質問する。


「識るって、どんなことだ?」

「そうですね……そのものの状態だとか、名前とか、どういう用途や効果があるのだとか、そのものについての大抵のことは識れるかと」

「どんな感じで分かる?」

「頭の中にぼんやり浮かんできます」


 ……やっぱり、それは『鑑定』の能力だ。


「私の異能がどうかしたんですか?」

「いや、知りたかっただけだ。どうして三人とも毒に当たらないのか、と」


 なるほど、どうしてキノコや草を食べていても大丈夫なのかと気になったが、『鑑定』の能力持ちがいたからなのか。

 そりゃ毒なんか当たらないわけだ。


「私に異能があるといっても、もともとみんな森の中で育ってるので、何が食べれるかはたいてい知ってるんですけどね。私は単に、最後の確認をしているだけなのです」


 エルティアは照れたように頬を朱色に染めて笑う。


「私の他にもフィアナとシェリスも異能を持ってるんですよ?」

「えっ」


 思わず声が出た。

 三人とも異能持ち?

 驚いた声を上げた俺にエルティアがほほ笑みを浮かべた。


「ふふっ、驚かれましたか? フィアナは『離れたところへ移動する』異能。シェリスは『どんな場所でも姿を隠す』異能を持ってるんです」

「……三人とも異能を持っているとは、驚いた」


 俺が素直に驚いた声をあげると、エルティアは口元に手を当てて微笑んだあと……暗い顔になった。


「……でも、異能を持っている貴重な人間だから、と私たちだけ逃げることになってしまって……」


 エルティアの言葉にフィアナとシェリスが暗い顔になった。


「……」


 俺はそれに深く踏み込んで聞くことはしなかった。

 今はまだ、踏み込めるほどの関係ではないし、そんな俺があれこれと聞くべきではない。


 聞くにしても、彼女たちから話してくれたときだけだ。

 気を取り直して俺は別のことを考える。


 それにしても能力の名前がちょっと長いな。

 エルティアは『鑑定』でいいとして、もう少し短い名前をつけることにしよう。


 二人の異能に対する短くて良い名前は……。

 異能の名前を考えていると、自然と独り言が口からこぼれていた。


「ふむ、それぞれ名前をつけるなら……『転移』と『隠密』か」

「えっ」

「ん?」


 エルティアが急に驚いた声を上げたので、俺は首を傾げる。


「今のは……二人の異能に名前をつけてくださったのですか?」

「そ、そうだが……」


 いったいどうしたんだ。

 なんでそんなに不満そうに頬を膨らませているんだ。


「…………私はつけてもらってません」


 そう呟いたエルティアが頬を膨らませ始めた。


「え、えぇ……」

「どうして私だけ名前をつけてくれないんですか」

「ま、待て。ちゃんとエルティアの異能の名前を考えている。『鑑定』だ」


 俺が慌ててエルティアにそう言うと一転、エルティアは満面の笑みを浮かべた。


「素敵な名前ですね!」

「……それなら良かった」


 それにしても、『鑑定』と『転移』と『隠密』か。

 能力の検証をさせてもらおう。





ステータス

 名前:グレン・ベルゼビュート

 種族:鎧蝿がいよう

 称号:【蠅の王】

 異能:『マナ吸収』『ステータス管理』『土石』『解毒』『劫火』

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