第17話 エルフの集落へ


 翌日、俺はエルフの集落があったところへと向かっていた。

 会って話をしたいとか、そういうわけじゃない。


 ただ一目、遠目からでも構わないから彼女がどうなっているのか見たかった。

 集落の近くまでやって来た瞬間。


「ん?」


 目の前の草むらかがガサゴソと揺れて、何が出てきた。

 出てきたものを見て、俺は目を見開いた。


 なぜなら出てきたのは金髪のエルフ──エルティアだったからだ。


「え?」


 エルティアは草むらの向こう側にいた俺を見て目を見開いた後、その瞳に怯えたような色が混じった。

 ──ああ、これだ。俺が遠目から見よう、と思った理由。


 彼女たちに恐怖の目を向けられるのが、怖かったんだ。

 俺がこれ以上ここにいても怖がらせるだけだ。

 神殿へと戻ろうと、踵を返そうとしたとき。


「****っ……!」


 いきなりエルティアが俺へと抱きついてきた。


「えっ、ちょっ?」

「*********************……!」


 エルティアが俺の胸に頭を押し付けて、感動したような声で何かを喋ってる。

 何を言ってるのか全くわからないぞ。


「い、一旦落ち着いてくれ」


 俺はエルティアの肩を掴んで一旦引き剥がす。


「*********……っ」


 するとエルティアは俺の顔を見て、また嬉しそうな顔で涙を浮かべる。

 なんだ、この生き別れの恋人と再開したような表情は。


 だが俺と彼女が会ったのは、ハエの身体だった頃だ。

 まさか、彼女は俺があのときのハエだと理解しているのか?


 ……いや、そんなまさかな。だって、今の俺とはぜんぜん違う見た目だし、そもそもただのハエを覚えているはずない。


「*、*************」


 エルティアは俺の手を引っ張って、集落の方を指差す。


「俺が行っても良いのか?」


 俺が尋ねると、エルティアはニコニコとした笑顔を浮かべて何度も頷いた。

 エルティアが手を引いて集落へと連れて行く。


 そして透明な結界を通り抜けると、久しぶりに見るエルフの集落が見えた。

 鍋で食事の用意をしている青髪のエルフと銀髪のエルフ──フィアナとシェリスに、エルティアが声をかけながら手を振る。


 するとフィアナとシェリスはエルティアと、エルティアに手を引かれている俺──真っ黒な異形の人型生物に目を向け、ギョッとした目を向けた。

 そこからの反応はそれぞれだった。


 まず青髪のエルフのフィアナは俺の姿を見て恐れるように一歩引き、銀髪ポニーテールのエルフ、シェリスは手元に置いてあった弓と矢筒を手に取り、素早く弓を構えた。


 フィアナの目に映るのは恐怖、シェリスの目に映るのは敵意だ。

 シェリスは弓を引き、俺をへと矢を放とうとした。


「******!」


 しかしその直前、エルティアが俺の目の前に出て、庇うように両手を広げた。

 今のは「やめなさいっ!」みたいなことを言ったんだろう。


「エルティア*……っ!」

「****、***************!!」


 エルティアはシェリスに向かって何かを怒っている。

 するとシェリスは納得できないような表情になりつつも、弓を下ろした。


 一応戦闘態勢は解いたが、敵意……いや、これは警戒だな。シェリスの瞳には警戒の色は残っている。

 まあ、シェリスのほうが正しい反応だ。


 俺のような異形の存在がやってきたら、俺だって警戒する。

 見た目から判断すれば、どう見ても悪って感じだしな。


 エルティアは気を取り直して、俺をフィアナとシェリスへと紹介するように手を向ける。


「****……」


 そこでエルティアは言葉をつまらせた。

 そして困ったような笑みを浮かべて、俺を見つめてくる。


 フィアナとシェリスの視線も俺へと向けられている。

 ……え、俺?


 なんで三人とも俺を見つめてるんだ。

 ちょっと気まずい雰囲気に俺が困惑していると、ふと頭にひらめくものがあった。


 この感じ……もしかして、俺に名前を尋ねてるのか?

 そうだ。まずは出会ったら自己紹介が人間としての基本だ。


「そうだな、俺の名前は……」


 一瞬、人間だった頃の鈴木透、という名前を名乗ろうかと思った。

 けどすぐにそれは違う気がした。


 今の俺は、この世界で生きている俺だ。もう元の世界に住んでいた鈴木透とは違う。

 名字に当たる部分は蠅の王から拝借することにしよう。


 そうだな、俺の名前は……。


「……グレン。グレン・ベルゼビュートだ」


 紅蓮の炎、から取ってグレンだ。

 悲しいかな。日本人の俺には西洋系のカッコいい名前は思いつかなくて、日本語の名前しか思いつかなかった。


「グレン、ベルゼビュート……」


 エルティアは俺の名前を反復する。

 良かった、名前は伝わったようだ。


 しばらくその余韻に浸っていた彼女は、シェリスの咳払いで我に返る。

 そして自分を指さして自己紹介をした。


「**エルティア*****」


 途中、何を言っているのか分からなかったが、名前はすでに分かっている。


「エルティア」


 言葉を話せない代わりに、名前を理解したことを示すために名前を反復する。


「……フィアナ」

「…………シェリス」


 エルティアに続いて二人も俺へと名前を名乗った。


「フィアナ、シェリス」


 俺もそれぞれ名前を反復して頷く。

 自己紹介も終わったところえでエルティアが笑顔で両手を合わせた。


「******************」

「*****? *************……」

「***********……」


 エルティアが二人にそう言うと、フィアナとシェリスは難色を示した。

 三人は俺から離れたところでしばらく話していた。


 言葉は聞こえてくるが、何を話しているのかは全く想像がつかない。

 そしてお互いに納得したのか、エルティアが俺の方へと戻って来る。


「******************?」


 エルティアは俺と地面を一緒に指差す。

 これはもしかして……「一緒に住んでくれませんか?」ということか?


「お、俺が一緒に住むのか?」


 言葉が通じないので俺と草のテントを交互に指差す。

 すると俺の言いたいことが通じたのか、エルティアは嬉しそうに「うんうん」と頷いた。


 え、まじで?

 俺がこのエルフの美少女三人と一緒に住むの?

 いやいやいや、それは無理だろ。


「いや、さすがに俺がここにお邪魔するのは……」

「*****……?」


 俺の声色から否定を読み取ったのか、エルティアが俺の手を取って悲しそうな表情になった。

 その表情が俺の罪悪感をこれ以上なく増幅させてくる。


「エルティアが良いと言っても、他の二人がだな……」


 俺がフィアナとシェリスに目を向けると、フィアナは目を逸らして、シェリスは肩をくすめた。

 これは……説得したということか?


「****、***********?」


 エルティアがニコッと笑みを浮かべて首を傾げる。

 いかん。知らぬ間に俺がここに住むような雰囲気を作られている。


 二人に反対してもらおうと視線を向けるも、二人とも「仕方ない」という顔だった。

 エルティアは実質的なリーダーなのだろうか。


「****、********?」


 再度エルティアが尋ねてくる。

 どうやら、エルティアはその優しそうな雰囲気とは裏腹に計算高く策略家な一面を持っているらしいな、と一つ学びを得た。


「分かった、分かったよ……」


 俺が降参したように両手を上げるとと、エルティアは嬉しそうな声を上げた。

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