第16話 『劫火』の威力

「この村は……」


 その村には、破壊の跡が広がっていた。

 家は殆ど半壊し、人の気配がまったくない。


 柱が真ん中から折られていたり、家ごと吹き飛ばされている壊れ方を見るに、人間が壊したというよりは魔物がこれをやったのだろう。


 まるでここだけ竜巻でも通ったかのように荒らされている。

 突然のことだったのか、放置されたままの家具やスープが入っていたのだろう器が散乱している。


 とある家の中を見てみると、中からツンと何処かで嗅いだような薬品臭が漂ってきた。


「この臭いは……」


 その薬品臭に、俺は覚えがあった。

 以前、俺がこの臭いを嗅いだのは確か……エルフの三人の集落があったところだ。


 まさか、あの三人はもともとこの村に住んでいたのか?


 その村がなにかの魔物に襲われて壊滅したから、逃げてあそこで暮らしていたんじゃないか?


 そういえば、あの三人はどこからか逃げてきたような生活をしていたな……。

 目の前の村の荒れ具合から察するに、この村が壊滅したのはそれほど時間が経ってはいないはず。


 しばらく考えて、俺は頭を振った。


「……いや、まだ推測の段階だな」


 まだ推測の域をでない。俺は村を後にすることにした。



***



 一つ、俺は重要なことを忘れていた。


 新しい身体の身体能力の検証だ。


 恐らくあの神殿の中のマナと黒い骨を使って作られたと思われる俺の身体が、どれくらいの身体能力を有しているのかを試す必要がある。


 見た目は頑丈そうだが、実際は弱かったなんてことがあったら目も当てられない。

 せっかく新しい身体を手に入れたんだから、不注意で失ってしまうようなことは避けないと。


「まずは腕力の測定といくか……」


 ウサギとオオカミの魔物の死体を持ち上げたときに、ある程度腕力があることは分かっているが……。

 手近なサッカーボールほどの大きさの石を持ち上げる。


 簡単に持ち上がった。

 これだけですでに人間だった頃の俺の腕力を超えている。


 毎日オフィスで座りっぱなしなうえ、コンビニ弁当ばかりで栄養もスカスカな貧弱な身体だったからな。

 腕力を測るため、少しずつ岩を大きくしていく。


 そして自分よりも多きい岩を持ち上げたところで、それ以上大きなものを発見出来ず、それ以上腕力を測定するのは諦めた。


 自分より大きな物を持ち上げてもまだ余裕はあったので、「腕力はかなりある」、と結論づける事になった。


「これだけ重い岩を持ち上げられるってことは、頑丈さも相当あるんじゃないか?」


 試しに目の前にある、自分よりも大きな岩を殴ってみることにした。

 腕を引いて、打ち出す。


「ふんっ……!」


 打ち付けられた拳は岩を粉々に砕いた。

 岩の破片が周囲に飛び散る。


 もちろん、拳には傷一つ無い。

 ただの人間だったらこんなに力強く岩を殴れば拳を痛めるか、骨が折れているところだ。


「……えぇ」


 俺は自分の身体能力の高さにドン引いていた。

 薄っすらと「せっかくだから高いほうが良いな」と思っていたが、ここまでだと逆に引く。


「全体的に身体能力は劇的に上がってるのか。ということは走る速度も上がってるのか?」


 地面に記憶の中の見様見真似で手とをつくクラウチングスタートの状態から、走ってみる。

 ドンッ! という音と共に走り出す。


 脚を踏み込んだら、土がめり込んだ。

 目にも止まらない速度で森の中を駆けていく。


 その速度はハエだったときとは比べ物にならない速さだった。

 俺の身体能力が上がっているということは分かった。


 検証も終わったし、一旦帰るか……。

 そう考えて神殿の方角へと踵を返したとき。


「ッ!」


 背後から殺気を感じて振り返る。

 するとそこにはオオカミの魔物が俺に対して飛びかかってきていた。


 反射的に腕でガードする。

 するとオオカミは俺の腕に噛みつき……。


 ガチィンッ……ボキッ。


「キャウンッ!?」


 鉄に石が当たったような音の後に、牙が折れる音がした。

 俺に噛みついてきたオオカミの魔物の牙が折れたのだ。


 俺の腕には傷はまったくついていない。


 オオカミは悲鳴を上げて地面に転がり、立ち上がる。

 すると茂みの中からもう三匹オオカミの魔物が出てきた。


 三匹は俺へと向かって低い唸り声を上げながら威嚇してくる。

 なんでコイツは俺を狙ってきたんだ? と疑問を感じて考えて、すぐに「ああ、そうか」と納得する。


「俺からマナが出てなかったから弱いと思ったのか」


 ハエのときならただのハエとして目立たないし、俺を狙ってくるやつもいなかった。

 けど今の俺は森の中では目立つ大きな身体で、マナは閉じた循環で外に漏れないようにしている。


 オオカミたちから見れば、俺はさぞ弱そうな生物に見えるのだろう。


「残念だが、俺は弱いわけじゃないぞ」


 オオカミたちは俺の言葉を理解しているのかしていないのか、声に反応して低く唸り声をあげた。


 仲間を傷つけられたことに怒っているのかもしれない。

 逃げる気配はまったくない。


 せっかくあちらからやって来てくれたんだ。

 俺も、新しい能力を使ってみることにしよう。


「ガウッ!!」


 三匹のオオカミが一斉に俺へと噛みついてくる。

 それに合わせて、手のひらから炎を振るった。


 炎の波がオオカミたちを包む。

 炎が収まった後……そこには真っ黒に焦げた四つのオオカミの死体が転がっていた。


「……威力が高いな」


 普通の攻撃のつもりだったが、オオカミたちを丸焦げにしてしまった。

 これじゃろくに『劫火』に関しては「火力が高い」以外は何も分からない。


 というか、流石に森の中で火を使うのは軽率だったな。

 ちょっとした失敗で火事に発展する可能性がある。


 森一帯が焼けてしまえば、彼女たちも困るだろうからな……。

 俺は三人のエルフのことを思い出す。


「……それよりも、コイツは食えるのか?」


 俺は目の前の四つのオオカミの死体を見下ろして呟く。

 食料を無駄にしないために食べるつもりだが、この状態でマナが残っているのか……。


 一応神殿に持ち帰って食べてみると、肉はかなり炭になっていたがマナは問題なく吸収することができた。

 オオカミからマナを吸収し終えた俺はその夜、玉座の前の階段に腰を掛け、焚き火を静かに見つめる。


 そして一つ決断を下した。


「……エルフの集落に、行ってみるか」

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