第14話 特殊能力『劫火』

「あれ、死んでない……?」


 俺は目を見開く。

 てっきり普通にそのまま死ぬ感じだったのに、俺は生きていたようだ。


 てか、ちょっと待て。

 今、俺…………声を出さなかったか?


 試しに声を出してみる。


「あ、あー……」


 うわっ、本当に声が出た。

 なんで急に声が出るようになったんだ?


 それになんだか目線も高いような気がする。

 まるで、人間だった頃と同じような感覚だ。


「え……?」


 視線を落とすと、そこに信じられないものがあった。

 手だ。人間の手がついていたのだ。黒くて鎧のようなガントレットをはめられているが、この手は間違いなく俺から生えている。


 もしや俺の手じゃない無いのではないか、と思って動かしてみる。だけど手は俺の思うように動く。

 試しに自分の顔を触ってみたが、手に伝わってくる感触もしっかりとある。



「な、なんだこれ……」


 それに今気がついたが、俺、人間の身体になっている。

 立ち上がって自分の身体を確認する。


 何故か全身に鎧を来たような姿になっているが、形は人のそれに近くなっている。

 腕についているガントレットが取れないか……と思ったが取れない。というか、そもそも腕と一体化しているって感じでもなく、腕そのものだ。


 ということはこの真っ黒な鎧のような胴体も、脚も、顔もすべて俺の身体であるということだ。


「なんで急に人間……って言って良いのかは分からないが、人型の身体を取り戻したんだ?」


 新しい体を手に入れたことにいろんな感情があったが、まず俺が感じたのは困惑だった。

 身体がこうなる理由があったはず。


 俺はこうなる前の記憶を掘り起こす。


「そうだ。俺は巨大グモに追われてここに逃げ込んで、穴の中を進んでる最中に前足と中足がもげたんだよな。そこで死にかけたから『マナ吸収』を使って生きようとしたけど、強烈な眠気が襲ってきて……」


 そうだ、俺が座っていた玉座には真っ黒な骸骨が座っていたはずだ。

 しかし振り返ってみても、そこにはもう黒い骸骨は存在しない。

 骸骨が消えた原因は『マナ吸収』くらいしかないはず。


「『マナ吸収』で一緒に吸い込んだのか? いや、でも吸い込めるのはマナだけだしな……」


 考え込んでいると、ふとあることに気がついた。


「そういえば、ここにあったあの膨大なマナはどこに行ったんだ?」


 あれだけ部屋にあったはずのマナが全て消えている。

 考えられる原因は一つだけ。


「まさか……あのマナを使って俺の身体ができたのか?」


 半信半疑だったが言葉にした瞬間、すごく腑に落ちた。

 あの異質かつ膨大なマナが消えた原因はこれくらいしか考えられない。


 ここに封印されていた存在のための埋葬品なのか、置いてあった鏡で姿を確認する。


「なんか、仮面のライダーみたいな見た目だな……」


 というのが、全身を見たときの第一印象だった。

 全体的に西洋の鎧を着込んだような身体に、中二心をくすぐる漆黒の姿。


 あっちのヒーローのような見たとは違い、明らかに悪の存在側だ。

 嬉しい点を上げるとするならば、人間だったときよりもガタイが良くなっていることだろうか。


 完全に人型ではない点が少しだけ残念だが、ハエの身体を脱しただけでも嬉しい。


「そう言えば、ステータスはどうなってるんだ……?」


 ステータスも確認してみた。



ステータス

 名前:鈴木透

 種族:ハエ

 称号:蠅の王

 特殊能力:『マナ吸収』『ステータス管理』『土石』『解毒』『劫火』



「蠅の王……?」


 まず一番最初に目がいったのは称号の部分だった。

 蠅の王。そう書かれている。


 今までの『ハエ』とは違い『蠅の王』、と書かれていることからステータス的に見ても、ついに俺はただのハエから脱したということだろう。

 それにしても蠅の王……なんとも中二心をくすぐる響きだ。


 俺も中学生の頃は悪魔とか天使とか、色々と調べたりしてたなぁ……。


 いや、そんな物思いにふけっている場合ではない。

 特殊能力の欄、そこに新しく増えているものがあったのだ。


「『劫火』の能力と蠅の王……これは狙ってるのか?」


 蠅の王とはベルゼビュートやベルゼブブと呼ばれる大悪魔のことだ。

 そしてその蠅の王は地獄の悪魔の中でも最強の存在を目されており、かつ炎を操るという能力を持っているということで有名なのだ。


 称号が蠅の王で、手に入れた特殊能力が『劫火』というのは実に作為的なものを感じる。

 まあ、実際のところは、俺がこの身体と『劫火』の特殊能力を手に入れた後に、記憶か何かから称号がつけられる事になった、という順序なのだろうが。


 称号についてはちょっと臭くてむずむずするが、まあカッコいいの範疇で収めることにしよう。

 それよりも新しい特殊能力だ。


「『劫火』ってのは……文字通り炎を操る能力だよな?」


 能力名が単純な『火』や『炎』でないということからして、それよりも強力な能力なのだろうが。

 試しに小さく手のひらの中での力を使ってみる。


 すると手のひらから炎が勢いよく天井へと向かって飛び出した。

 ……なるほど、良く分かった。


 『劫火』は炎の威力が他の炎系の能力よりも強くなっているのだろう。

 あとで細かく能力の検証はしたいが……それよりも、今はもっと気になっていることがある。


「これは……なんだ?」


 玉座の前に対になるようにして置かれている台座と、その台座に突き刺さっている剣。

 明らかにここに封印されていた存在が使っていた剣だろう。


 絶対に強力な剣だ。

 マナが空っぽになったこの神殿の中でも、異様なオーラを放っているから間違いない。


 しかも台座に刺さっているし。


「台座に刺さってる剣……エクスカリバーみたいだな」


 もしエクスカリバーなら、もともとの持ち主だった存在のマナが混じってる俺にも抜けるはずだが……。

 剣の柄を握って引き抜こうとする。


 しかし剣はびくともしなかった。

 手応えからして台座に固定されているのではなく、剣自身が俺に対して応えない意思を持っている、という感覚だった。


「まだ俺じゃ抜けないか……」


 台座に刺さっている剣とか格好いいと思ったのだが、抜けないなら仕方がない。

 新しい体を手に入れたものの、マナの量はほとんど増えていないし、そこが主として不適格だと判断されたのかもしれない。


 マナを増やしたら抜けるようになるのかもしれない。

 気になるところは大体終わった。


 最後に、一番気になっているところを解決しなければ。


「さて、最後は……ここからどうやって出るかだな」


 俺は文字が刻まれている石の扉へと目を向けた。

 ここは恐らく、封印するために作られた場所だ。


 扉に刻まれている文字や、神殿の中にある様々なもの、雰囲気から察するに、相当強い存在だったはず。

 つまりは存在が出てこれないようにするために超強力な封印をかけているはずだ。


「…………俺、ここから出られるのか?」


 もしハエの身体のままだったら、ここに逃げ込んだときに空けた穴からまた戻る事もできただろう。

 しかし人間サイズまで大きくなってしまったこの身体では、入ってきたときに使った穴から出ていく不可能。


 ということは他の方法を考えないといけない。


「うーん……どうやったら出れるんだ?」


 このままだとここに閉じ込められることになる。

 生物離れした見た目の身体ではあるが、流石に食事が不必要ということはないだろう。


 つまりここから出ないといずれ餓死する。いやその前に水がなくて死ぬかも。

 とりあえず扉を押してみるか。


 石の扉を押す。

 すうと……すーっ。


 普通に扉が開いていった。


「えー……」


 開くんかい。

 空いた理由を考えるなら、俺にマナを吸収されたことでここに封印されていた存在はいなくなったと判断されて、封印が効力を失った、というところだろうか。


 なんにせよ外に出られるならそれでいい。

 人間の目線で見る森は、ハエだったときとはとまた違った景色として見えた。


 外にはあの暴毒の足跡と思われる地面のひび割れがあった。

 扉も爪で引っかかれた後がある。


 その光景を見て、俺はまじまじと昨日のことを思い出した。


 ああ、そうだ。

 俺はアイツに追われてここまでやって来たんだ。「俺も、もっと強くならないとな……」


 あのときはなすすべがなくて、ただ逃げることしかできなかった。

 今だって、新しい身体と特殊能力を手に入れたとはいえ、あいつに勝つのは厳しいだろう。


 もっと、もっとマナを吸収する必要がある。

 次にあの巨大グモと遭遇しても生き残れるようなマナがいる。


 強くなろう。

 決意を新たにした俺は、森の中へと歩いていった。

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