第12話 巨大グモとの遭遇


 あ、やばい。

 そうだ、俺は特殊能力を使って自分の位置をバラしてしまったんだ。


 盗賊が俺の位置に気がついたということは、当然エルフたちだって俺の位置に気がついたということでもある。

 金髪のエルフと、その後ろにいる青髪と銀髪のエルフが俺を見つめている。


「**************?」


 俺に向かって疑問形の言葉を投げかけてくる。

 しかし俺はエルフの言葉がわからない。だから何を質問されているのかが分からない。

 俺は首を傾げた。


「**、***************……」


 だが金髪のエルフはなぜか感動したような声を漏らしている。

 すると銀髪のエルフが俺を指さした。


「***、**********?」

「******。**************?」

「*************……」


 三人のエルフたちは俺を見て何かを話し合っている。

 多分雰囲気から察するに、


『本当に、このハエが助けてくれたのですか?』

『間違いないわ。あなたもマナを感じたでしょう?』

『にわかには信じがたいですが……』


 みたいな会話をしているんだろう。


 えーと、どうしよう。

 逃げたほうが良いのか?


 ハエが人間を助けたなんて信じられないだろうし、そもそも俺はなにかお礼が欲しくて助けたわけじゃない。


 というか、本当にエルフは俺のことを「自分たちを助けてくれたハエ」として認識してるのか?

 エルフが友好的に接してくれるなんてただの俺の妄想の可能性だってあるんじゃないか?


 ハエなんて人間にとっては単純にうざい生物でしか無いからな。

 実は俺の想像は全部勘違いで「マナを感じるハエがいるけど潰したほうがいいんじゃないか」って会議を開いてたらどうしよう。


 いくらマナを吸収して身体が強くなったとはいえ、何度も叩かれた絶対に死ぬしな、俺。

 そう考えるとなんだか急に怖くなってきた。


 このまま急に飛び出して逃げたほうがいいんじゃないか。

 うん、それがいい。いっせーので逃げよう。


 いっせーの──おわっ!?


 その瞬間、視界が真っ黒に染まった。

 そして伝わってくる温かい感覚。


 不意に背中を何か柔らかい壁のようなものに押された。

 そして押されるがままに進んでいると、視界に光が飛び込んできた。


 目の前に現れたのは金髪のエルフの顔。

 どうやら視界を黒く塗り潰したのは金髪のエルフの両手が俺を包みこんだからで、柔らかい壁に押されたのは金髪エルフの手だったらしい。


 俺を自分たちの胸元くらいの高さまで持ってくるのが目的だったようだ。


「**************……」


 何を言っているのかは分からないが、感謝されていることはなんとなく伝わってくる。


「**********……」

「********……」


 青髪と銀髪のエルフも俺に向かって感謝の言葉? のようなものを向けてくる。

 それに対して俺は言葉も喋れないし、どうやったら返答できるのか考えた末……片手を上げて返事することにした。


 こっちの文化とかは全くわからないが、少なくとも片手を上げる行為には敵対の意味はない……と思いたい。


 片手を上げた俺を見てエルフたちは微笑みを浮かべる。


 少なくとも返事の意味は伝わったみたいだ。

 金髪のエルフが俺を乗せた両手を上げる。


 いつでも飛び立ってください、という意思表示だろう。

 さて、挨拶も済んだことだし帰るとしよう。


 金髪のエルフの両手から飛び立ち、森へと帰っていく。

 マナも体力もかなり消費したが……まあ、あの笑顔を見れただけで助けた価値はあったかな。



***



 小さな油断だった。

 傷を追っていたシェリスがやっと歩けるようになり、食料を集めるために森の中を歩いていた。


 そこで運悪く盗賊に出会ってしまったのだ。

 そして更に運が悪いことに、一番最初に捕まったのはシェリスだった。


 私たちの中で戦えるのはシェリスだけ。

 もしシェリスじゃなく私かフィアナが捕まっていれば、シェリスが弓で攻撃することもできただろうが……今のシェリスは脇腹に負った傷でまた万全の状態とは程遠い。


 普段ならあんな盗賊程度蹴散らしてしまうシェリスだけど、今はあの盗賊の拘束を逃れることはできない

 エルフの魔法を使って攻撃しようとしても、盗賊とシェリスが密着しているせいで巻き込んでしまう。


「エルティア様、私のことは見捨てて──!」

「黙ってろ!」


 自分のことを見捨てるように叫ぶシェリスに、盗賊は刃を深く食い込ませた。

 シェリスが苦痛に顔を歪める。

 私たちに抵抗する術はない。


「フィアナ、投降しましょう……」

「…………」


 フィアナは悲痛な表情で俯いた。

 だらりと腕を落とした私を見て抵抗する気力が失せたことを悟ったのか、盗賊たちは歓声を上げた。


 盗賊たちはじりじりと私たちへと近寄ってくる。

 下卑た欲望の眼差しは私たちを恐怖へと駆り立てた。


 私は心のなかで二人に謝罪する。

 ごめんなさいフィアナ、シェリス……。


 そしてその手が私へと触れる……その直前。


「ぎゃっ……!?」


 いきなり盗賊の一人が悲鳴を上げた。

 そちらを見ると、心臓を土の槍で一突きにされていた。


 誰かから攻撃されたのだ。

 そこからは一瞬だった。


 その『誰か』は盗賊たちを一瞬で壊滅させていった。


「なんだよ! 何なんだよ……ッ!!」


 シェリスを人質として捉えている盗賊は虚空にシミターを突きつけて叫ぶ。

 その時、異様なマナを感じた。


 空中にマナが集まっている。

 それを感じた次の瞬間にはシェリスを捕らえていた盗賊の頭は何かに撃ち抜かあれ、盗賊は死んだ。


 今のは一体何……?

 私は異様なマナを感じた方向を凝視する。


 するとそこにはハエがいた。

 ………………ハエ?


 もしかして、盗賊たちを倒したのはあのハエなの?

 私の頭は混乱した。


 けど、すぐに頭の中に引っかかるものがあった。

 マナの波長に覚えがあったのだ。


 このマナを感じたのは確か……シェリスを看病していた時。

 そうだ、思い出した。


 このマナの波長は……あのときのハエのものだ。

 以前に私が逃がしたあのハエが、私達を盗賊から助けてくれたのだ。


「もしかして、あなたが助けてくれたのですか?」


 私は目の前のハエに質問しだ。

 しかしそのハエは首を傾げて「何を言ってるのかわからない」ととぼけるような仕草を見せた。

 それを見た私は……感動した。


「ああ、なんて謙虚なひとなんでしょう……」


 私達を助けてくれたことは確実なのに、それをあえて主張したりしないなんて。

 ますます彼? のことが気になってきた。

 その時、銀髪のエルフ……シェリスがハエを指さして尋ねてきた。


「本当に、このハエが私達を助けてくれたのですか?」

「間違いないわ。あなたもマナを感じたでしょう?」

「にわかには信じられませんが……」


 フィアナもシェリスもハエが私たちを助けてくれた、という事実には信じがたいようだった。

 けど彼のマナは、私達を助けてくれた魔法を全く同じマナだ。


 マナには敏感な種族である私達がそれを間違えるはずがない。

 私は彼を両手で包むと、目の前まで連れてきた。

 両手を開けて、彼にお礼を述べる。


「私たちを助けてくれてありがとうございます」

「助けてくれてありがとう……」

「ありがとうございます……」


 シェリスとフィアナも彼にお礼を述べる。


 すると彼はそれに応えるように……手を上げた。


 ぴん、と小さな手を上げる彼が可愛くて、つい私たちは微笑みを浮かべてしまった。

 本当は一緒に来てほしいけれど、彼をこれ以上留めておくわけにはいかない。


「また気分が向いたら、私達のところへ寄ってくださいね!」


 私は飛び去っていく彼の背中に声をかける。

 次に会ったときはきっと……。



***



 エルフの三人と別れた俺は森の中を飛んでいた。

 日も暮れてすっかり夜だ。


 そこでとあるものを発見した。

 魔物の死体だ。


 それも以前俺が倒したクマの魔物の死体だ。

 森の中に急に現れた木々が倒された場所に放置されたクマの魔物の死体が、月光に晒されている。


 クマの死体には腹に大きな穴が空いており、一撃で仕留められていることが分かる。


 ああ、これはきっとあの巨大グモの仕業だ。と見た瞬間に理解した。

 以前放置されていたゴブリンの死体と全く同じ手口だ。


 クマの死体にはマナが放置された状態で残っていた。

 せっかくマナを放置されているのだから、吸収しないともったいないな。


 俺はクマの死体に近づいてマナを吸収しようと、『マナ吸収』を発動した。

 どうしてこんなところに死体が転がってるのかを考えずに。


 ──その瞬間、怖気が走った。


 俺は反射的にクマの魔物の死体から飛び退いた。

 するとその瞬間──ドンッッッ!!!!


 空から巨大な塊がクマの死体の上に降ってきた。

 割れた地面が周囲に飛び散り、衝撃で俺の身体が流される。


 暗闇に光る赤い八つの目と、鋭利な爪がついた八つの足。

 そして膨大なマナのオーラ。


 巨大グモだ。

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